殺された

@tonari0407

流れ続ける涙と絶望の中に……

 私は人間に生まれた。


 好きよりも嫌いの気持ちが大きい。

 得意よりも苦手が多い。


 どこにでもいる平凡な人間だ。



 ◇



 私は殺された。

「あんたなんか生むんじゃなかった」

 汚いものを見る目でさげすまれる。

 ズタボロになった心は、

 固く、かたくなに入口を閉じた。


 私が立つ地面は凸凹デコボコで常に不安定。

 ただ、真っ直ぐ足をつけて立つこと。

 それがどれほど難しいことなのか、

 写真や鏡を見て笑える人には

 わからないかもしれない。



 私は殺された。

「え~無理だよ。バッカみたい! 」

 本心で言った言葉かは

 全く関係ない。

 言った本人はとうの昔に忘れただろう。

 でも私は忘れない。


 夢に『無理』という烙印らくいんを押されたこと。

 決して忘れない。

 願うこと、目指すことは自由なのに、

 それさえも許されない現実は残酷ざんこくだ。



 私は殺された。

「これくらい出来るのがだけど」

 多くの人間が生きるこの世界では

 大多数を占める人の基準がある。


 平均、当たり前、そして普通。


 人を下に見て自分を上にあげるクソ野郎。

 自分らしさの正当性を主張するには、

 世界は多分大きすぎる。

 私は自分を見下す社会から逃げた。



 私は殺された。

「仕事よりも何よりも自分を大切にして欲しい」

 優しい言葉をかけてくれた人が

 悩みを告げずに、自らを殺した。

 それと同時に、

 私の心も死んだ。


 慈愛じあいに満ちたあの人でさえ、

 絶望したこの世界には

 希望などない。

 たとえあっても、もう見えない。



 私は自分自身を何度も殺した。

 きることなく

 自分を、責めて責めて責め続けて

 生きることを放棄ほうきした。


 残ったのは傷だらけの心と

 どこにもいけない臆病おくびょうな自分。


 そんな自分は死ぬことさえ許されない。

 やがて私は右手をあげ――






 私は殺された。

 長い年月は私の身体をゆっくりと殺した。


 自分の本当の気持ちを押し殺すこと。

 何度殺されても

 それだけは私にはできなかった。


 流れた涙は

 つむがれた言葉に変化し、

 今は自由にどこかを羽ばたいている。


 私の肉体が死んでも

 私の魂は作品の中で生き続ける。


 この世の果てのどこかで

 私は命よりも大事な右手を空高くあげる。


 ――我が生涯しょうがいに一片の悔い無し


 私の心の中にも

 こんなにイキイキと

 先人の心が生きている。



 作家にとって無駄なことなど一つもない。

 休んでもいい。やさぐれてもいい。


 ただ、どうか筆を折らないで。

 書きたい心があるかぎり

 生みたい世界があるかぎり


 あなたの心は生きている。


 時を超えてもずっとずっと生き続ける。

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