第4話 講義にグレイが現れた後の話

唯のグレイはインパクトがあった。

できるなら、もう一度近くで見てみたいと思った。

だが、他の学生の注目を浴び、友人たちに取り囲まれた俺はすぐに唯の後を追うことはできなかった。


グレイをもう一度見ようと、あわよくば中の女性の顔をみたいと思ったのだろう。

教授室に数人の男子学生が向かうのが見えた。


だが、教授室に行ってもグレイには会えない。

俺は未確認生命体研究部の部室へ向かった。

ノックをすると返事が返ってきた。

声の主は俺のよく知る唯の声。

「浩太だけど、開けてくれないか?」


「浩太、ちょっと待ってね」

俺はその言葉に、もう唯はグレイの着ぐるみを脱いでいるのではないかと、少し不安に思った。

かなり時間を置いて部室の扉が開いた。


部室の中からグレイの手が伸びて来ると、俺の腕を掴んで部室内へと引き入れた。

グレイ、いや唯はすぐに部室の扉に鍵を掛けた。


まだ、グレイのままで居てくれた事を嬉しく思いながらも、ここまで来たものの特に用事がある訳でもない。

「どうしたの浩太、こんなところまで」


やはり、そう聞かれるよな。

そう思いながらも、何も思いつかないので正直に伝える。

「グレイがあまりにリアルだったからじっくりと見てみたくて」


俺の言葉に唯からの返事はない。

唯の顔を見ても、今はグレイ。

表情からは何も読み取れない。

怒っているのか、呆れているのかも声を出してもらわないと分からない。


沈黙に耐えられなくなった時、唯が笑い出した。

「浩太、私が怒ってると思ったでしょ!」

いつもと変わらない唯のからかい口調に俺はホッとした。


「どうぞ、思う存分見て頂戴!少しくらいなら触っても良いわよ」

俺は自分では分からないが、満面の笑みだったと思う。


「あと、質問もどうぞ、実は先週分の講義のノートも借りたいから、よろしくね!」

俺は大きく頷いた。


さあ、まずはグレイとなった唯の周りをゆっくりと一周しながら眺めてみる。

だが、どこから着たのだろうか、ファスナーどころか切れ目すら見つからない。

まるで本物のグレイに思えるほどの着ぐるみだ。

しっかり、見て気づいた事は手の指が4本ということ。


早速、唯に質問してみる。

「このグレイの着ぐるみってどうやって着たんだ?」

その質問に唯は答える事なく、春海と書かれたロッカーへと向かう。

そして、ロッカーから何かを取り出して俺の所へと戻ってきた。

持ってきたものを部室の中央にある長机に広げた。

それは人の皮、顔や髪の毛は唯に似ている。

「えー!」


グレイが俯き加減で話し始める。

「浩太、ゴメンね、ずっと隠してて、私、実はグレイだったの」


俺は言葉を失った。

グレイは着ぐるみだとばかり思っていたが、実は唯の皮を被ったグレイと俺は過ごしてきたのか。

そんな事、今の今まで全く気づかなかった。

小さな頃からの唯との思い出が脳裏を駆け巡っていく。


“唯がグレイなら、唯の両親もそうなのか?それとも洗脳されて、グレイに唯という名前をつけて育てさせられていたのか?“

俺の頭の中は混乱している。

話そうにも言葉が出てこない。


「じゃあ、ここで唯に戻るね」

グレイは唯の皮を手にすると、足を通し始めた。

唯の皮を着るグレイをただただ黙って、その様子を眺めていた。


唯の皮に腕を通したグレイ、指は4本に分かれている。

唯とずっと一緒にいたけど、指が4本か5本かなんて気にしたこともなかった。


腕を通し終えたグレイが唯の頭を被る。

映画なんかでは、グレイの顔に唯の顔がフィットし違和感なく定着するのだろう。


そう思って見ていたが、頭を被るのに苦戦している。

「ちょっと、浩太、手伝ってよ!」

俺はグレイに呼ばれるまま、グレイの背後に周り唯の皮の頭を被せるのを手伝う。


俺もグレイの言葉に操られているのだろうか。

そう言えば、昔から唯の言葉には逆らえずに従ってきたような気がする。

そんな事を考えていると涙が溢れてきた。

涙をこらえながら唯の皮をグレイに被せていく。


「浩太、背中のファスナー閉めて」

俺は腰の辺りにあるファスナーのツマミを引き上げていく。

背中を縦に走るファスナーは唯の長い髪で完全に隠れた。

そういえば、唯は昔から髪が長かった。

それは背中のファスナーを隠すためだとのだろうと今さらながらに気づいた。


なぜ、今まで気づかなかったのだろう…… 。


唯となったグレイはしきりに顔をいじっている。

目と鼻、口の位置を調整しているのだろう。


そして、今度は下着を着け始めた。

目の前には唯の裸の背中が見えているのだが全く欲情しない。

中身がグレイだと分かったから。


呆然と立ち尽くす俺に背を向けて唯は下着をつけると、次に服を着始めた。


俺はそんな唯の背後に立って、涙を流していた。


唯となったグレイが着替えを終えて、こちらを向く。

辛いが俺も唯としっかりと向き合う。


「え!?」

グレイの顔に唯の顔が定着していない。

涙を流しながら呆然と立ち尽くす俺を見て唯が言う。

「浩太、あんた何泣いてるの?」


俺は唯の皮を被ったが、ズレて化け物の様になった唯から目を逸らせるように俯いて言う。


「だって、唯がグレイだったなんて今の今までで知らなかったから」

泣きじゃくる俺の頭をポンポンと叩く唯。


「浩太、ゴメンね、ずっと秘密にしていて… 」

「グレイである事が人間にバレると、その人を殺めて食べないといけないの、だからずっと黙ってたの」

「でも、もう黙っておくのが辛くて、もう食べてもいいよね、浩太」


俺は唯の言葉を聞きながら涙が止まらなかったが、恐怖はなかった。

唯ならいいと思った。


「じゃあ、浩太、いただきます!」


化け物の様に崩れた顔のグレイが迫ってくる。

俺は食べられる覚悟をして、ゆっくりと目を閉じた。


『チュッ!』

俺の頬っぺたに柔らかいものが触れた。


ゆっくり目を開けると、唯の皮の下のグレイの口が開いて、ピンクの唇が覗いている。


チューをされたことと、グレイの中に唇があった事に動揺する俺。

そんな俺を見て唯が言う。


「浩太バカじゃない、私がグレイなわけないでしょ、着ぐるみよ、着ぐるみ」


「でも、着ぐるみなら脱着する所が分かるはずだけど、どこにもなかったし… 」


俺の言葉半分で理解した唯が返す。

「このグレイは特殊な着ぐるみで一回着るとそう簡単には脱げないのよ」

「でも、グレイの姿のままウロウロできないでしょだから、私そっくりの皮を作ってもらって、それを着てウロウロするのよ、分かった」


俺は半分程しか理解していなかったが、ウンウンと頷いた。


「まだ、上手く皮を被れてないから浩太も手伝ってよね」

唯の言葉に涙を拭って、俺は笑顔で唯の皮を着せるのを手伝った。




講義にグレイが現れた後の話 完







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未確認生命体研究部 ごむらば @nsd326

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