2話 勇者であり王であり、父親である


私は強くはない。

だけど、弱くもないと思っている。


私はこの、バーンアストラル王国の王の子。それなりに苦労して、頑張ってきた。


口で語れるのは、それだけ。


御代七国のうちの一国の王の娘として数多の責務を成しただけ。


でも、私独りの力で成しえなかったことだけは知ってほしい。


父様がと和平の条約を結んだのち。国々の中継となる自国。


を作り。


それぞれの国の中央国となった。


そのことを母様から聞かされたとき。


私はどこか誇らしくも。

同じ人間なのかと幼いながら思っていた。


実際は勇者だったけど、同じ人間である。


父様とは、なかなか一緒にはいられなかった。


小さい私はそのことに不満を感じるより、私に時間を割いて無理しているときの顔を見るのが辛かった。


小黄金色に近く。黒くも炯々と耀く瞳を濁らせるのが嫌だった。


でも、何もしなくても父様は私を見ると感極まったようで泣きそうになって。


いつも結局泣いていた。


そうして、笑うのだ。


───どんな思いなのか。


今の私には少しだけ分かっているつもりだけど、心中まではやっぱり理解できない。


けれど。


私を本当にということは理解できた。


一度。


父様が病で倒れてしまったことがあった。


私は11歳で、少しは自由をもらえ。

父様に駆け寄ることを許された。


私が王室に入ると父様はすでに笑っていた。


「来なさい…」


喉を痛めていたのに普段の威厳ある声が残る。


強い人だ。


私と全然違って。


「父様は、弱っているけれど、すぐに……強くなれる。それは───」


それは────今なら判る




       *   *   *




なのに───。


父様が守りたいもの。

それを私も守ろうと誓ったのに。


この、地獄はなんだ。


黒々しく枯れ木になった、父様とこの国を繋いでいこうと誓い合った偉大な樹。


塵となっていく、かつての学舎だった場所。


瓦礫の残骸しか残っていない、母様と一晩中父様のことを話し合った宿舎。


襲撃されて跡形もなくなった、仲間たちが日夜晩酌する近衛団宿このえだんしゃ


もう、土地じたいが消え去っていた、唯一、王女の身でありながら遊びにいけた離れの鮮堂教会せんどうきょうかい


そんな──私たち、父様の国はどこにもなくなっていた。


「スワラちゃん……スワラ──ちゃん!!」


「……くっそ……────なんだよ──これ」


「スワラさん!!……待って!」



 ……間に合わなかった。

 

 間に合わなかった。


 間に合わなかった。


 間に合わなかった。

 間に合わなかった。

 間に合わなかった。


 ま、に、合わなかった───!


 私が、私が──私────。


「しっかりしてください」


パァン。と、渇いた皮膚に衝撃がはしった。


血がかよう。まぶたが軋みながら、戦場跡を目視する。


生きていると苦しみながら鼓動を再開させる。


灰が喉の奥をつんざく。


「わた、しはなんで?」


「意識をしっかり保ってください!!我々の今できることは、錯乱することじゃないはずです。生存者の確認と──」


「──いないわよ、そんなの」


ノドが熱い。呼吸が神経を断絶させようと灰を取り込む。


冷静であれるはずがない。声は、ただ灰を吐きだそうと毒を吐くだけだ。


「……見ればわかるでしょ。何もない。跡だって、数えられるほどしかない。唯一、残っている城だって国土結界こくどけっかいが破られていて、崩壊寸前。これ以上、何を見ろと言うの、───!」


辺りに何もないせいで虚しく辺りに響く叫び。


触発される鳥たちさえいない。


のんきにスクスクと成長する花も草も。

木々の影も民のうるさくもあたたかな声も。


みんな。

みんな。

みんな。

みんな。


私の前に在りもしない。


「父様、だって……」


泣けない。

哭けない。

啼けない。


泣いてしまえば、壊れてしまう。


もう、元に戻れなくなる。


地獄より。


私は、あろうことか、夢を見ている。


そう。


まぶたを閉じても変わらない悪夢だ。


──ああ。きっと、夢なんだ。


まぼろしのような幻想。


本当は今、城の中で眠っている私がいるのだ。


私が──


『大丈夫、だ』


夢のなかで声がした。


「父様──」


「スワラちゃん、王様はもう……」


「父様の声がしたの」


「え?」


「──に」


口が痙攣して、声がだせていない。


かまうものか。


こんな夢でも。


父の声はあたたかいのだ。


───行かなくちゃ。


──走る。


もう、何もかも終わりを告げた帰るべきばしょへ。


父様が待っているのなら。


ガレキと██を越えて、城内へ。


足場は、今にも崩れそうで怖かった。


途中で久しぶりに会った仲間を見つけた。


私に何か叫んでいた。


どうせ、憤りだろう。私に向けた精一杯の罰なんだ。


仲間の██を踏み越えて、城の奥にいく。




*   *   *




 ───そこは、火溜まりだった。


炎につつまれた、灰なき鍛治場。


今もなお、炎が生き燃えている。


そして、炎の発生源である場所に人影がある。


その影は灰にも薪にも見えた。


それは、人ならざらぬモノか。

あるいは、人であったなにかか。


「ここまでのようだ。すまんな、この歳にまでなっておいて悪あがきしかできぬオレで」


あたたかい、声がした。


「ふん。……せいぜい、苦しまずに逝きやがれ」


もうひとつ、魂の不明瞭な声がした。


「ハハッ。剱のくせによう抜かすな、相変わらず」


ボロボロと炎につつまれ、優しく崩れていく。


私は、灰へと消え行く者が誰であるか分かる。


分かってしまう。


嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

嫌、

嫌、嫌、

嫌、嫌、嫌、嫌、

嫌、───嫌だ。


イヤだ……。


 「父様───!!」


声が掠れて、潰れて。

血の味がした。


「父様─!!、父さま!!とうさま!!お父さん──!!」


絶叫だ。

炎によって、崩れる音を私は発している。


誰も、誰かを呼んでいるとは分からない声。


「スワラ。そんなに大きな声でなくとも聞こえているよ」


なのに。とうさまは、炎をあたたかく包むように私の声が聞こえていた。


「とう、さま!……わ、たしは──」


言葉にできない。


涙も血も顔もぐちゃぐちゃで、伝えたい、言いたいこともかける声も。


「ふ──。オレもまだまだ、だな」


黒い影が天を仰ぐ。


もう顔も形も曖昧で、私を見ているのかも分からなかった。


「わた、しは。……なにも、とうさまにも、みんなにも──」


だからせめて、きこえているのなら。届けたかった。


ごめんなさい、と───。


「ご、──」


「スワラ」


その言葉を父は遮った。


きっと黒くなければ、灰になっていかなければ。


いつもの笑顔があっただろう。


「スワラとクネリアと皆のおかげだ。オレは……強くあれた」


「め、め、──」


「ありがとう。おまえもな、───」


そう言って、とうさまは完全に灰になった。


灰が炎をつれて、舞っていく。


キラキラと私を残して、夜空みたいに煌々と。


城の最奥。


ぽつんと、佇むしかない私はそれこそ朽ちた灰のようで。


私はあたたかな温もりが抜け落ちた絵画。

私は意味を持たない、下らない、壁画。


謝ることさえ、できなかった。

後悔しか存在しなかった。


あの炎に怖じ気づいた。

父の最期に駆け寄ることも、できなかった。



──ただの、人にすぎなかった。


「スワラさん!」


呼ばれた気がした、誰だろう?


「……!」


「なに、があ──」


後方からこの部屋を見ての一言だろう。


なにせ、もう何もない。


起こったことについて知る者は私しかいない。


事について話す力は私にはもう残っていない。


だから、振り向くことも。


声をかえすこともしなかった。


「スワラ、おまえ……燃えてるぞ」


絶望を声にしたら、その一言だろう。

ああ、だから涙が出ないのか。


枯れたのではなく。

燃えつきたのか。


「は……やく、け、さ……ないと」


声が遠くなる。


「魔力がもう、それに……もう」


告げるのが早かろうが理解したのであれば、すぐに公言すべきだ。


私は、それさえ叶わなかったのだから。


「──間に合わない」


私は、炎の中で死を視て死を受け入れた。


ああ、それでいいのだ。


それが、皆を仲間たちをとうさまを。


助けられなかった私への罰なのだから。














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刃となる 伊勢右近衛大将 @iseukon

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