第19話
カイル邸に引っ越すと云っても、所持品はあまり無かったが、面倒なのが大量の竹の短冊だった。こうと知ってりゃ、引っ越してから短冊を作るべきだったのだ。
引っ越した後も、実家にその旨を連絡したり、生活用品を買いそろえたりしたりとやることが多かったため、窯を造ることができたのは、次の休日になってからだった。しかしその日は窯の製作と大量の土を粘土に変性したため、さすがに規格外の私の魔力も尽きてしまった。
その休日は2連休だったので、次の日に私とシャーリーは幾つか硯を作り、ついでに皿や湯飲みも作ってみた。丸々三日掛けて乾燥させ、その間に窯に火を入れて温度を上げていく。ちなみに焼き物や薪を入れる場所には鉄の扉を据え付けた。倉庫の中を引っかき回した時、鉄鉱石の塊を幾つか見つけたので、土魔法で鉄扉を造ったのだ。カイルに訊くと、おそらく加工して使うために取っておいたのではないかということだった。鍬だの鋤だのが壊れた際の補修用ということか。
農具が多く残っていたが、庭で菜園でも作っていたのだろうか。カイルもその辺までは知らないらしい。カイルとてこの別邸には1度しか来たことが無いそうだ。よく存在を思い出したものだ。
窯を造った次の日、シャーリーに試作品の墨を見せてみた。
「おお、見た目はまんま墨だね」
その場で竹ペン――平たい竹ひごの先を尖らせただけのものだ――を作って渡し、木炭製、竹炭製、それらのハイブリッドの3種類を使ってもらった。と云ってもまだ硯は焼き上がっていないから使えない。膠を減らし、水分を多めにした物を作っていたので、それを入れた竹筒を渡す。
「なるほど、墨汁ってことね」
「墨汁ほど真っ黒にはできなかったけどな」
「インクと混ぜてみたらどうかしら」
「それはいいアイデアだな。今度試してみよう」
少量とは云え膠を入れないとただの煤が入った水でしかないので、市販の墨汁よりは粘度が高い。シャーリーは先ず木炭製の墨を取ると竹ひごでぐるぐる回して濃度を均一にすると、竹簡に書き付けていった。
何を書いたのが覗いて読んでみる
「アメンボ赤いなあいうえお――なんで試し書きが発声練習の言葉なんだよ!?」
シャーリーは私のツッコミを無視してしきりに感心しているようだった。
「少し薄いけど十分書けるわね。でも良かった、まだ日本語の文字も憶えていたわ」
「おれにもちょっと書かせてくれ」
「まだ試してなかったの?」
「この墨汁タイプは昨日できたばかりなんだよ」
「あら、最初に試しちゃって悪かったわね」
「おれが渡したんだから気にするな」
ただの竹ひごだから何度も付け足さないと一文も書けない。
まずは簡単なアルファベットを書いてみよう。
「いーいこーるえむしー2じょう?」
「E=MC²。アインシュタインが発見したエネルギーと物質の等価原理を表す有名な式だ」
次に画数の多い漢字を書いてみる。
「
「おう、よく読めたな」
「最初のこの部分しか知らないわよ。って云うか、あなたも大概よね」
シャーリーの感想はスルーすることにする。
「乾いて水分が抜けたら、定着すると思う」
「じゃあ、強制的に乾かしちゃおう」
シャーリーは指先から小さな炎を出すとバーナーのように吹き出させて文字の上を一往復した。炎魔法と風魔法を組み合わせたのだろう。シャーリーはそういう細かい芸当が得意だった。
「うん、いい感じじゃない?」
教科書で見たような竹簡が出来上がっていた。
他の2種類の墨を使っても大差なかった。
「その時々に入る材料で作ったらいいんじゃない?」
「固形の状態の方を確認してからだな」
少なくとも墨汁タイプの方はもう少し改良すればイケそうだ。後は固形の方が濃さが出るかどうかだ。
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