第18話 新たな拠点

 次の休日に、私とシャーリーはヴァーキン家の別邸に行った。

 私とシャーリーはカイルが用意した1頭立ての馬車で、カイルは馬に騎乗してだ。馬車には大きな荷物も載せられている。中身はほぼ食糧で、水は現地の井戸が使えるそうだ。

 騎士団の見習いとなったカイルは、馬を1頭与えられていた。乗馬を始めてまだ数ヶ月だが、騎乗姿はサマになっている。聞くと、馬には小さい頃から乗っていて、今でも実家に帰ると遠乗りに出たりするそうだ。

 てくてく馬を歩かせて1時間半程度で別邸に着いたが、なるほど庭は雑草ばかりで地面がほとんど見えない。

「風魔法を使って根元から切っちゃえば速いんじゃない?」

「いや、根が残るといずれまた伸びてくる。刈り取るよりも燃しちゃった方がいいだろう」

「庭中を火の海にするつもりか?」

「まさか。おれが土魔法である程度土を持ち上げるから、二人は根や草を焼き払ってくれ」

 そう云って、目の前の地面の畳1枚分程度を持ち上げる。深さは20センチ程度だ。

 枯れ草もあるが、生きている草の方が圧倒的に多い。生きていると云うことは水分を含んでいるわけだが、カイルとシャーリーは高熱の炎を放っているらしく、草はどんどん萎れ燃え尽きていく。

 ほとんど燃え尽きたところで浮かべた土を地面に戻した。

 これを繰り返していくわけだが、草がこれだけはびこるのだから栄養は元々あるんだろうし、こうして焼き払うことで灰ができる。これって栽培に向いた土になっているんじゃ無いだろうか。焼畑農業と同じことやってるんだもんな。

 カイルにそのことを話してみた。

「なるほどな。野菜を育てられれば、買い出しの手間も減らせるな。いっそのことここを拠点にしてもいいな」

「寮を引き払ってか?」

「あそこは基本的に魔法学院の寮だからな。いつまでも俺たちで1室を占領しているわけにもいくまい」

 勿論、教生を修了する頃には寮も出なければならない。

「使用人を何人か雇う必要があるな。今度兄上に相談してみよう」

「そうしたらおれは寮の自室を広々と使えるわけだな」

「何云ってんだ。おまえも来いよ」

 心底驚いたような顔をしてカイルが云う。私も一緒に住むのはカイルにとっては当然のこととなっていたようだ。

「魔法局まで遠くなるが、風魔法を使いながら行けば――」

 30分くらいで着くかもしれない。前世は片道1時間以上かけて通勤していたのだ。それくらい苦にならないが、自転車があったらもっと便利だろうな。

「じゃあ、そうするか。よろしく頼む。ただ、親父さんにはきちんと挨拶しておかないとな」

「だから、誰も使っていないんだから、そんなのはいいって」

「そうも行くか。こういうことはきちんと筋を通さんといかん」

 やはり社会人としての常識が未だに出てくる。

「わかったわかった。じゃあ、この家はおれがもらうことにするよ。どうせ誰も使っていないんだから、大丈夫なはずだ。おれの家だったら誰を済ませようと勝手だろう」

「むう。そこまで云うのなら――」

「えー、いいなぁ。私も一緒に住みたい」

「じゃあ、君も来るか」

「あんた、伯爵令嬢をなんだと思っているのよ? そんなことできるわけないでしょ!」

「まぁ、シャーリーの部屋は用意しておいてやるよ。来た時に使えるようにな。それくらいの部屋数はある」

「決まったのなら、作業を再開しよう。今日中に半分はカタしたいぞ」



 翌日カイルは親に宛てて早馬で送り、返事は使用人の1人が直接騎乗して持って来た。3日後のことだ。驚いたことにその使用人は若い女性で、ヴァーキンの本邸ではメイドとして働いているそうだ。驚くべき点は、この世界では女性が馬に乗るのも珍しいし、女性の一人旅は聞いたこともない。

 ヴァーキン領はここから馬で1日半ぐらいらしいから、昨夜は何処かで宿を取ったのだろうが、道中は危険じゃないのか?

「気にするな。このマリーは剣も使えるんだ。俺より強いぞ」

ちょうどその日は休日で、私とカイルは朝からこの別邸に来て邸内の片付けや清掃などをしていた。シャーリーはついさっき来たばかりだ。

「お二方にはお初にお目にかかります。マリーベル・シューマンと申します。こちらの生活が落ち着くまで、手伝いに参りました。どうぞご用は何なりとお申し付けください」

 乗馬服を着たマリーベル嬢は優雅に一礼した。歳の頃は20代前半、女性にしては背が高く、170近くあるんじゃないだろうか。カイルとほとんど変わらない。見事な赤毛は肩口で一つにまとめて右胸に垂らしている。そして――

「うわあ、美人さんだー。肌もキレー」

 美少女が美人を見て興奮するという妙なシーンに私はツッコミを入れざるを得ない。

「落ち着け。先ずは挨拶だろう。――私はケイロス・アーシアです。短い間のようですが、よろしくお願いします」

「わたくしはシャーリー・ノイエシュタインと申します。わたくしはこちらに宿泊はしませんが、時折り来ると――いえ、マリーベルさんがいらっしゃるなら、しばしば来ることになると思いますわ。よろしくお願いいたします」

 一瞬で伯爵令嬢に戻ったシャーリーが華麗に一礼する。

「わたくしのことは、マリーベルが長ければ、マリーでもベルでもお好きなようにお呼びください」

「とりあえず着替えてきたらどうだ? シャーリー、すまないがマリーを部屋まで案内してくれないか。1階の奥の部屋だ。俺たちは昼飯の用意をしよう」

「坊っちゃま、食事の支度ならわたくしが――」

「さっきケイロスがかまどを作ってくれてな、それでパンと肉を焼こうと思ってるから、俺らで問題ないよ」

 竈と云っても焚き火台に毛の生えた程度だ。

「マリーさあん、行きますよー」

 手を振るシャーリーに頷き返すと、マリーさんは私たちに「それでは」と一礼して別邸に向かった。

「なんだか彼女、テンションが高いな」

「美人や美少女が好きみたいなんだよ」

 円華がシャーリーの顔に見惚れると云っていたことを思い出していた。

「なら、自分の顔を見ればいいのに」

 実際にそうしていることは、円華の――シャーリーの名誉のために黙っておいてあげよう。

 

 薪はありがたいことに倉庫に大量に保管してあった。竈に薪を焼べ、炎魔法で火を点ける。いい感じに燃えてきたところで金網を載せた。

 実を云うと、竈本体を造るよりも金網を作る方が大変だった。金属とて鉱物だから土魔法の範疇に属する。基本は鉄の加工は鍛冶屋の領分だが、土魔法でもできなくはない。但し非常に難しい。複雑な術式も必要になるのだ。

 私は昨日倉庫で鍬を見つけた。基本木製だが、先端には鉄が使われていた。この鉄を――錆び付いていたので正確には酸化鉄だが――使って加工することを思いつき、昨夜寮に帰ってから魔方陣のような術式を作ってみた。

 そして今朝早速試してみたところ、思いの外上手くいき、ちゃんとした金網を造ることができた。やっぱり私は土魔法とも相性が良いようだ。


 私とカイルでパンと肉を焼く。パンは昨日いちで買ってきたロールパンだ。そのパンをマリーさんが上下に切り分け、肉と野菜を挟んだ。オープンサンドといったところか。シャーリーは竹のカップに柑橘類のジュースを注いだ。

 先に修繕しておいたテーブルと椅子を並べて料理を置くと、店のオープンテラスのようだった。青空の下、四人で卓を囲んで昼食を始めた。

 猪に似ているらしい獣の肉は意外とクセが無くジューシーだった。塩とカイルが振りかけたよく解らないハーブだけの味付けだが、肉に良く合っている。溢れる肉汁が野菜とパンに染みているので、味付けはこれだけでも十分だ。

 隣に座っていた円華がそっと日本語で云った。

「ハンバーガーが懐かしいわね」

「今度似たものができないか、作ってみよう」


そして、その2日後に私はこの別邸――カイルが正式に譲り受けたので、カイル邸と云うべきか――に引っ越した。



                                第18話 完




 

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