第17話 レイ簡製作④硯を作ろう

 朝起きてみると、墨はしっかり固まっていた。竹を軽くたたくとポロっと外れ、かまぼこ型の全身を現した。

 私が知っているような隅に比べると黒の色味が薄いが、これは煤の量を増やせば解決できそうだ。その前にこれが墨として使えるかどうかだが、如何せん硯がない。暇を見つけて河原に行き、平たい石を探さねばならない。


「そんなの、土魔法で作ればいいじゃない。その後焼き上げれば固くなるだろうし」

 シャーリーに見せた後、硯の話をするとそう云われた。確かにその通りだ。

 私はよく魔法の存在を忘れてしまうが、さすが16年で暮らしているパイセンだ。魔法を使った解決策をすぐに出してくる。

「それぐらいだったらわたしたちの基礎魔法でできるんじゃないかしら」

 早速今日の放課後に作ってみることにした。

「でもさ、擦る墨がなければ硯を造っても意味がないんじゃない?」

「ふっふっふ。勿論、そこに抜かりはない」

「え、まさか。作ったの、墨?」

「まあ、試作品だがな。実際に使ってみないと分からん」

「……あなた、一体何者?」

「失礼な。昔から――転生前からいろんな本を読むのが好きだったんだよ」

「それを全部覚えていることに引くわ……」

「何で引くんだよ!? そこは褒め称えるところだろ」



 魔法の修練の時間は特に土魔法に比重を置き、終わった後はシャーリーとともに男子寮の中庭に行った。正確には男子寮の門前で1回別れて、シャーリーが着替えてくる間に、部屋から必要そうな道具や竹筒で作った水筒などを取りに行った。中庭に行くと、シャーリーが既に硯の形を作っていた。色は当然茶色のままだ。

「形は何とかできたけど、土なら何でもいいわけじゃないよね?」

「そうだな。粘土質が一番だろうな」

「じゃ、変性よろしく。土魔法はあなたの方が上手でしょ」

 土の成分を変えるなんてことは、到底基礎魔法だけでできるものではなく、上級魔法でも難しい方だ。わたしでも一発でできるかどうかは分からない。

 羊皮紙に術式の魔法陣を描いて土の硯に載せる。意識を集中して10語くらいの呪文を詠唱し、魔力を魔法陣に注いだ。

 ――

「あちゃー。やっぱ難しそうだねぇ」

「初めてやってみたからな。リトライしてみよう」

 3度目のリトライでようやくそれっぽくなったが、魔力も相当消費した。魔力量が人より多い私ですら消費感が激しいから、一般の人がこの魔法を使うと、ギリギリ1回できるかどうかだろう。もしかしたらもっと効率的な方法があるのかもしれない。

「焼き上げは頼むよ」

「でもいきなり直火もダメだよね?」

「それもそうだな。まず軽く炙って水分を取り払ってくれ」

「りょーかいー」

 気が付くと、いつの間にかギャラリーが増えていた。魔法学院の授業も終わったのだろう。ギャラリーの1,2割はまたあの先輩が妙なことをしている、と思っているかもしれないが、残りはシャーリー目当てだ。美人の伯爵令嬢と誼を結びたいと思うが、おいそれと声もかけづらい、というところだろう。普段あまり目にする機会がないシャーリーの私服姿を見たいという者もいるだろう。

 そういう視線にも慣れているのか、シャーリーは気にする風もなく作業に集中していた。

 教わった呼吸法を使って魔力を少し回復させると、私は窯を作ることにした。窯の細かい構造なぞ分からないから、取り合えず半球形を作ってみた。その後に壁の一部を変形させて薪を入れて燃やす部分を作った。

「今日はもうここまでにしようぜ。さすがに疲れたわ」

「薪も拾ってこないといけないしね――今更だけど、こんなもの造っちゃって大丈夫かしら」

「そう云われると、ちょっと微妙かもな」

 やっぱり石を探したほうが速かったかもしれないが、口には出さないでおいた。なんだかんだ云ってもモノづくりは楽しい。


 翌日、薪を拾いに行こうとしたら、寮監に呼び止められた。

「中庭に置いてあるものは何だ?」

 と云う、至極当然な質問だった。恐れていたことが現実になったのだ。

「窯です」

「窯? 焼き物を作るのか?」

「はい、そうです――まずいですか?」

「中庭は公共の場所だぞ。あんなでかい物で一画とはいえ占有させるわけにはいかないだろう。それに焼物だったら何日かかけて火を燃やし続けるんだろう? よしんばここに置くならほかの生徒が近づかないよう、ずっと張り番をしなければいけなくなるぞ。無論、夜もな。知っている者ならまだしも、窯を知らない生徒が迂闊に手を出したら大惨事にもなりかねんぞ」

「まあ――そうですねぇ。分かりました、今日中に片付けます」

 張り番は盲点だった。立札でも立てて置けば良いかなと思っていたが、まぁ確かに公共の場にあれは邪魔だな。

 シャーリーが来たところで事情を話し、土魔法で窯を崩し、地面を平らかにした。

「さてどうするか」

「とりあえず薪は拾いに行こうよ。歩きながらの方がいい案が出るかもしれなくてよ」

 

 徒歩30分の所にある雑木林で薪はそこそこ集めることができたが、窯の置き場所については、シャーリーも私も良い案は浮かばなかった。アーシア領は遠いし、かと云って王都にあるアーシアの別邸は本を収めた倉庫が立ち並んでいるため、庭はそんなに広くない。

 ノイエシュタイン領はアーシア領よりはもちろん王都には近いけど、それでも片道2日はかかる。王都の別邸はそもそも屋敷自体がさほど大きくないらしい。ノイエシュタイン家が伯爵になったのはほんの30年前のことで、そのころには広い敷地を獲得できるスペースは殆ど無かったためだそうだ。郊外にはまだ広いスペースはあるが、伯爵は広さよりも王宮への近さを優先したとのことだ。


「中庭の窯、無くなっちまっていたけど、どうしたんだ?」

 寮に戻ってあれこれ思案しているところにカイルが帰ってきた。

 でと事情を話すと、うーん、とちょっと考えた後に云った。

「実はさ、ヴァーキン侯爵家うちって王都にもう一つ別邸があってさ、普段はろくに使っていないってところなんだが――」

「うってつけじゃないか!」

「だからほとんど使っていないから使用人も置いていなくて、荒れ放題なんだよ、庭は。整地するのは骨が折れるぜ」

「ふふっ、おれの土魔法を甘く見るなよ」

「おお、そうか、お前ってば風魔法のイメージしかなかったが、土魔法もいけるんだったな」

「魔法局に入って、さらにパワーアップしたゼ」

 カイルの口調を真似てみるが、見事にスルーされた。

「じゃあ、今夜にでも早速書状を作って明日本邸に届けさせよう」


 さて、次は整地か。

 図書館に就職したらしばらく忙しくなるだろうから、この竹簡作りは教生でいる間にある程度目途をつけられるところまで持っていきたい。

 問題はやっぱ書写だよなぁ。なるべく薄い本を見つけておこう。



                           第17話 完







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