第15話 レイ簡製作②竹を割ろう
寮の自室に戻った後、持ち込んだ太めの竹を短冊状に割ってみた。鉈を上端に食い込ませた状態で鉈の柄を持って下端を床に打ち付けると、鉈の刃が竹を割り開きながら下に落ちていき、ついには竹が二つに分かれる。
その要領でとりあえず4本の短冊を作ってみた。短冊と云っても当然円みは残っている。内側は白くすべすべしているから、筆があれば書きやすそうだ。取りきれなかった節の内側を削り落とした。
少し思案してから寮監の部屋を再び訪ねた。鋸を返し、鉈はもう少し借りることを伝え、さらに錐を借りてきた。本当は千枚通しみたいなものがあれば良かったのだが、無いのなら仕方ない。
錐を短く持って傷つけるようにして文字を書いてみる。アルディシア国内で使われている文字はアルファベットや仮名と同様の表音文字なので、一文字の画数は少ない。文字と云うより記号のようにも見える。画数の多い漢字などは難しいが、この文字なら錐でも書ける。しかし、白地に傷を付けても目立たない。刻んだ後にインクを垂らしてみたが、案の定竹が吸ってしまった。
そこへカイルが帰ってきた。右手で左腕を押さえている。
「お、レイ簡できたのか」
「いや、まだこれだけだけど。それより腕どうした?」
「いや、ただの打ち身だ」
「怪我をするのは珍しいな」
「団員の中に一人、俺に異常な
訓練時には木刀を主に使っていると聞いたことがある。そんな物で打たれたら痛みも相当なはずだ。
「いつもそんななのか?」
「なに、明日は倍にして返してやる。普段もそうしてるのさ」
どうやら、いじめとかの心配は無さそうだ。おそらくやっかみが混じっているのだろう。
「そいつって、下級貴族の子だったりするんじゃないか」
「よく解るな。男爵家のやつだ」
騎士団の中では親の爵位の上下には斟酌しないことになってはいる。建前上は全員平等で、上下関係は団の中での実力による序列のみに限られる。しかし、実状は有力貴族の子弟が隊長になっていることが多い。
また下級貴族の中には上級貴族に恨みややっかみを抱いている者もいる。理由としては過去に自らや周囲の者が屈辱を受けたというのが最も多い。逆に上級貴族は下級貴族のことなど眼中にないから、どうとも思っていない。
その当たりの差別意識も、カイルの云う腐敗の一つなのだろう。
「うむ、確かにこのままでは読みづらいな。文字の汚さも相まってな」
「文句を云う前に自分でやってみろ。すげぇ書きづらいんだぞ」
「確かに錐じゃ長すぎるが、そこはペンのような長さの物を作ればいい。いっそのこと表に書いたらどうだ。緑地の中に白い文字があるわけだから、格段に見やすいだろう」
「いや、時間が経つと、緑色も褪せてきちゃうよ。薄茶色っぽくなってしまう。やはり
「スミ?」
「ああ、東方ではスミという物を使って文字を書くそうだ。簡単に云うと、木を真っ黒になるまで燃やすんだよ」
「炭のことか。なるほどな……」
「ところで、
膠というのはこの世界でもポピュラーな接着剤で、昔は日本でも使われていた。肉や魚の骨などを煮込んでゼラチンを取り出すのだが、煮込んでいる間の臭いの酷さは相当な物らしい。それを思い出した時はげんなりしたが、膠として売られているならそれを使った方が断然いい。
勿論この世界にはホームセンターなどあるはずも無いから、カイルが知っていルならば探し回る手間が省ける。
「膠か――あるとすれば文具店だろうな。あとは雑貨屋か」
「そうか、ありがとう」
「レイ簡に必要な物なのか?」
「レイ簡に書く時に使う物だよ。作れるかどうかは分からないけど」
「なんだか分からないが、手伝いが必要な時は云ってくれ」
「ああ、その時は頼むよ」
「じゃあ、そろそろ食堂に行こうぜ。もう寮食が食える時間だろう。腹が減ってしょうがない」
翌朝、シャーリーにもレイ簡を見せた。
「あー、なるほどねー」
と云ってから魔法局内にいることを思い出したのか、口調を改めた。
「確かに読みづらいですわね。文字自体が読みづらいせいもあるのでしょうけど」
シャーリーよ、おまえもか。
「わたくしも考えてみますわ。あ、そうそう、今度の休日はお友達と買い物に行く約束がありますので、お手伝いできないわ」
「了解。短冊作りは部屋でもできるから、やれる時にやっておくよ。どうせ鉈はひとつしかないし」
「お願いね」
そして友人たちの輪に戻っていった。見覚えのある顔もあるから、魔法学院時代の友人なのだろう。
円華はシャーリーとしての生活も大事にしているからか、友人も多い。対する私は、途中からこちらの世界に放り込まれたから、周囲に馴染むのに精一杯で、友人と呼べるのはカイルくらいしかいない。私が転生する前のケイロスは館で本を読んでいることが多く、周囲に同年代の子もいなかったため友人らしい子には恵まれなかったが、館の使用人たちとは仲が良かった。
と云うことで、次の休日、久しぶりに一人で商店通りをぶらついていた。商店通りとこちらでは云うが、日本で云う商店街と同じようなところだ。目的は無論あるが、これまで商店通りを一人でぶらつくことは無かったので、この機会にいろいろ物色してみようと思ったのだ。
商店街とは云ってもイメージ的にはヨーロッパのマーケットで、露店が多い。農産物や海産物、獣肉など食料は大体露店を出しており、飲食店は店舗と屋台が半々くらいか。店舗を構えているのは他にペンやインク、羊皮紙などを売っている、日本で云う文房具を売っている店や、鍋などの調理器具や食器を売っている店、そして魔法具屋があった。今日の目的地では無いが、面白そうなので入ってみた。
魔法具とは魔力を注入することによって機能を発揮する道具や魔法を発現させる補助をする道具の総称である。全体的に後者の働きを持つ魔法具の方が値段が高い。作るのにもある程度の技術が必要なのだろう。
安い物は大小様々なランプや、火が無くても熱くなる鍋など普段の生活レベルで使用する物が多い。ランプは光魔法が使えれば必要ないし、炎魔法が使えれば普通の鍋で、事足りるから、扱っている量は少ない。
いずれにせよ、その土台にあるのは、術式の技術だ。高度で複雑な術式が必要な物ほど値段も上がると云うことだろう。特殊な魔法を発現させる術式を組むことは、そんじょそこらの魔法士にできることではない。魔術師レベルの知識と経験が必要であり、そういう人が作る術式は俄然
店内には奥に通じる扉があったが、そこには貼り紙があった。それによると、扉の奥は武器を扱っており、騎士や冒険者など戦闘職の証明書を持つ物しか入れないとのことだった。ちょっと興味が湧いたが、無論そんな物は持っていない。司書には必要ないものだ。
麺類の屋台で昼飯を済ませると、今日のメインの目的地である文具店へ向かった。
第15話 完
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