第14話 レイ簡製作①竹を切ろう

 数日後、レイが届いたとの報告がカイルからあった。寮の庭にあると云うので見に行ってみると、2m前後の竹が数本横たわっていた。太いのと細いのがあるから、1本の竹を切り分けたのだろう。葉は落とされているが、間違いない、地球の竹と同じものだ。

 それらの中で、一番太いもの、つまり根元に近いものは直径20cm近くあるのではないだろうか。

「ずいぶん太いんだな」

「できるだけ太いやつを、と頼んだからな」

「鋸と鉈が必要だな」

「寮監のところにあるんじゃないか。でも、枝は落とされているのに、鉈が必要なのか?」

「竹――レイを割るには鉈が楽なんだよ」

「この前から云っている、そのタケってのはなんだ?」

 しまった。同じものだからついついタケって出ちゃうのは自覚していた。

「あ、ああ、おれが昔読んだ本にはそう書いてあったんだよ。異国の物語だった」

「ふーん」


 実を云うと、カイルには私の正体、というか転生のことを話してもいいかと思うことはある。だがその一方で私が実は32歳と知ったとき、カイルはどう思うだろうか。今までの友誼を続けてくれるだろうか。それを考えると、今のままでもいいかと思ってしまう。

 でもいつかは云った方がいいんだろうな。


 実践魔法の修練を終え、魔法局を出た私は、シャーリーとともに寮に戻った。レイを見てシャーリー、いや円華が声を上げた。

「わぁ、ほんとに竹だねえ」

 私と同じような感想を述べると、ローブを脱いでブラウスシャツとミニスカート姿になった。

「じゃぁ、早速始めようよ」

「その格好でやるつもりか?」

「しょうがないでしょ。今日届くなんて聞いていなかったんだから」

「じゃあ、着替えて来いよ。寮監から工具借りてくるから」

「そんなに汚れる仕事じゃないでしょ」

「自分が伯爵令嬢だということを忘れるなよ。伯爵令嬢の美少女がそんな恰好で動き回ったりしたら、寮生が全員集まってくるぞ」

「う――巧さんのくせに、不意打ちはずるい」

 ずるい? 何の話だ? それより――

「大丈夫か? 顔赤いけど、早速風邪ひいたんじゃないだろうな」

「ひいてません! ケイちゃんはまったく固いにゃー」

 シャーリーはローブを拾うと、女子寮に向かって小走りに駆けていった。


 私は寮監の部屋を訪れ、鋸と鉈、金槌、巻尺を借り出してきた。

 2m前後のレイは長すぎるから、適当な長さに切る必要がある。一番太い1本の傍らに立ち、巻尺を伸ばしてしばし思案したのち、巻尺をレイに当ててみた。

「これぐらいかな。んっと15ミルトか」

 ミルトはこの世界の長さの単位で1ミルトは大体2cmセンチくらいだ。15ミルトだと30cm弱となるが、その長さにしたのには理由がある。

 15ミルトごとに鋸を軽く引いて切るときの目安になる傷をつけていった。

 その作業を3本分済ませた時に、シャーリーが戻ってきた。Tシャツとチノパン姿で上にパーカーを羽織り、髪はポニーテールに結わえている。

 ん? Tシャツにチノパンにパーカーだと?

「どうしたんだ、その服。地球のとそっくりじゃないか。どこで売ってたんだ?」

「売ってるわけ無いよ。わたしがデザインして作ってもらったのよ」

「懐かしいな。おれも着たくなってきた」

「あなたも頼めばいいじゃない。出入りの商人とかいるでしょ」

「でもおれにはデザインはできないな」

「仕方ないなぁ、わたしがデザインしてあげるわ」

「じゃあ、円華デザイナーに頼むよ」

「任された。ところで、何してたの? これは切る位置?」

「そうだ。15ミルトずつにしてみた」

「約30cmってことね。なんでそのサイズに?」

「コピー用紙とかA4判っていうのは縦の長さが297mmミリなんだよ」

「よくそんなこと覚えてるね」

「昔――って前世な、仕事で仕様書やマニュアルを作ることがちょくちょくあって、それで覚えちまった。で、このサイズの雑誌もあっただろ」

「そうね。これより小さいと文字数が少なすぎるだろうし、ちょうどいいんじゃないかな」

「じゃあ、ちょっと待ってくれ。印付けたとこだけ、先に切っちゃうから、きみは切り分けたレイを割ってくれ」

 私は一番太いレイのところに戻って一つ目の印のところに鋸の歯を当てた。中空の竹はほかの木よりも切りやすい。1分程度で1箇所切ることができる。

「ねえ、全部そうやって切っていくの? 15ミルトで揃えるなら、1本あたり6回切らなきゃいけないでしょ。8本あるから48回切るのよ」

「分かってるがやるしかないだろう。ノコは1つしかないし」

「まったくもう。何のために魔法を習ってるのよ」

 そう云うとシャーリーは竹に向かって右手の人差し指を差し出した。その唇が動いて一言の呪文を紡ぎだす。

 次の刹那、その指先から水が迸り、竹に当たる。その勢いがどんどん激しくなり、水流はどんどん細くなっていく。水流の先の地面がえぐられてゆく。

 勢いが極大に達したところで、シャーリーはわずかに腕を下げた。スパッという擬音が聞こえそうな鮮やかさで竹が切断された。

 そう云えばシャーリーは水魔法も得意だったな。

「おおう、見事見事」

 私は拍手したが、水を止めたシャーリーはじろりと私を見て云った。

「あなたはやらないでね。一つ間違うと寮が切れちゃうわ」

「ごもっとも」

 あわや魔法局局舎を切断しそうになった過去を持つ私はそう云うしかない。水魔法はどうも苦手だ。

「切れる強さは分かったから、どんどん切るわよ」

「おう、頼む」

 私は切り分けられたばかりの竹を持つと、それを基準として残りの竹に次々と印をつけていった。

 

 1時間弱ですべて切り終わった。

「はあ、さすがに疲れたわ」

「ご苦労さん、少し休んでてくれ。割るのはおれがやるから」

  竹筒状になった竹を1本取ると立てて置く。その頭に向かって鉈を振り下ろすと、鉈の刃が竹に食い込む。細い竹筒ならそのまま腕の力だけで断ち割れるが、太い竹はそうもいかない。そこでほかの竹を使って鉈の背――もちろん竹筒からはみ出している部分だ――を叩いてやると、鉈の刃が食い込んでいき遂には真っ二つに割れる。

「へえ、手慣れたものね」

「昔、ボーイスカウトに入っててな、竹を割って流しそうめんを食べたりしたんだ」

「何それ美味しそう。わたし、夏のそうめん大好き」

「竹が豊富にあれば、こっちでもできるぞ。問題は麺だな」

 などと雑談を交わしながら次々と竹を割っていった。

 途中でシャーリーが復活してきたので、節のところにある薄い板状の部分を、水魔法で割り砕いてもらう。

 こうして96個の竹片ができた。辺りが暗くなってきたので、今日はここまでとする。

「もうこんな時間なのね」

「始めた時間が遅かったからな。やっぱり作業は休日にしよう」

「そうね。それにしても二人とも結局〝竹″って云っちゃってたね」

「二人の時はいいんじゃないか。カイルの前では気を付けよう」

「ああ、お腹が空いたわ。でも寮の夕食までもう少しあるのか」

「はは、今日はホントにお疲れさん。でもほかの寮生の前で腹減ったとか云うなよ。評判の美少女の名声が地に落ちるぞ」

「また、そんなことを――。じゃ、また明日」

「おう」

 シャーリーの顔が赤く染まっていた。見上げると西の空が真っ赤に染まっている。

 夕焼けの美しさは地球と変わらなかった。



                               第14話 完



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