第13話 カイル参画

「おー、ケイロスじゃないか」

 私はシャーリーと屋台村の中央に置かれた大テーブルの一角で早めの夕食を食べていた。そんな時に声を掛けてきたのがカイルだ。

「ノイエシュタイン嬢もご一緒でしたか――おい、紹介しろ」

 後半はもちろん私に云っている。

「なんだよ、飯を食ってる時に邪魔するな」

「そうでもしないと、お前一向に紹介しないじゃないか」

「いつも忙しい忙しい云ってるのは君じゃないか」

 カイルは私を無視して自己紹介を始めた。

「お食事中失礼いたします。ワタクシはこのケイロスの友人でカイル・ヴァーキンと申します。予てから交誼を結びたいと思いながらも機会がなくて叶いませんでした。これを機に貴女のご友人の一人に加えていただければ望外の極み。何卒よろしくお願いいたします」

 と云って優雅に一礼した。

 シャーリーも口元を拭うと立ち上がって云った。

「これはご丁寧にありがとうございます。シャーリー・ノイエシュタインと申します。わたくしもヴァーキン様とはお近づきになりたいと常々思って参りました」

 と云ってからジロリと私を睨んだ。そういえば、前にそんなことを云っていたな。

「今この機会を得てわたくしこそ光栄でございますわ」

 シャーリーも完璧な例で返す。

 これが上級貴族のやりとりか。

「では堅苦しい挨拶はこれくらいにして。俺もこちらに同席してもいい?」

 カイルがシャーリーに云う。私の意思は無視らしい。

「君も一人で来たわけじゃないだろう」

 私がそう云うと、カイルは大テーブルの反対側に声を掛けた。

「悪いが俺はこっちに移るから、お前らは好きなもの注文してくれ。今日は俺のおごりだ」

「ありがとうございます!」「いただきます!」

 答えたのはカイルの取り巻きたちだ。4人いるようだ。

 カイルはシャーリーが答える前にさっさと座った。ちゃっかりシャーリーの隣だ。シャーリーを真ん中に右手にカイル、左手に私という並びだ。カイルは通りかかった給仕にいくつか注文する。ほんと、自由な奴だ。

「で、二人そろってどちらに出掛けてたの?」

 知っているはずだが、会話の糸口として持ってきたのだろう。

「王立図書館ですわ。調べものがあった――ありましたから」

「――そういうのはいいよ。ケイロスと喋るときと同じにしてくれ。同い年タメなんだし」

「ですが…」

 戸惑った顔でちらと私に顔を向ける。私は頷いて云った。

「できるだけしてやって。カイルはきみとも対等の友達になりたいんだよ」

「あまり本人の前で云うなよな、そんなこと。恥ずかしいハズいじゃないか」

「分かりまし――分かったわ。お父様に知られたら叱られそうだけど」

 侯爵の息子と仲良くなれたら、むしろ褒められんじゃないか? 身分の話は二人とも好きじゃないから言葉にはしないでおく。それよりも訊きたいことがある。

「なあカイル、君はタケ、じゃない、レイのことについて知っていることは無いかい?」

「レイ? レイで作った籠が実家うちに有ったな」

「ほんと? どこで買ったの?」

 シャーリーが身を乗り出して訊いた。

「買ったんじゃない、庭師のジョセフが作ったんだ」

「庭師?」

「器用な奴でさ、庭の竹が増えすぎた時も何本か切り倒して籠だの菓子皿だのを作ってたぞ」

「なに!?」

「庭の竹!? 庭にタケバヤシ、じゃない、レイの林があるの?」

「ああ、林って程じゃないけどな。」

 カイルの家は侯爵だから領地も王都の近くにあるに違いない。この辺の気候では竹は自生していないことは、さっき図鑑で知ったばかりだ。おそらく先祖の誰かが植えたのだろう。

 私とシャーリーは顔を見合わせて頷いた。こんな近くに竹があったとは。

「ん?なんだよ、レイで何かしようってのか? 俺もまぜろ」

「大歓迎だ。なぁ?」

「ええ、もちろんよ」

「で、早速だけど、頼みがあるんだ」

「頼み?」

「レイを1本、都合してくれないか」

「庭の管理は親父がやってるんだよ。これ以上借りを作ると後々面倒を押し付けられることにもなりかねないしなぁ」

 私はシャーリーを肘でつついた。シャーリーは頷いて云う。

「ね、カイル、わたしからもお願い」

 両手の拳を口元に持っていき、上目遣いで見つめる。美少女にこの攻撃をされて抗える男は何人もいないだろう。

「う――分かったよ。1本でいいんだな」

 御多分に漏れず、カイルも堕ちた。心なしか顔も赤らんでるようだ。

 それにしても女は怖い。一瞬でそんな演技を仕掛けるとは。もっとも竹を切望しているのは本気だから、案外シャーリーも素でしているのかもしれない。

「で、レイを使って何をするつもりなんだ?」

 シャーリーは腰に両手を当て、胸を張って宣言した。

「わたしたちで本を作るんです!」



 本とは名ばかりで、実際には巻物のようになるだろう。レイを短冊状に加工して、横に並べて紐で繋げる。しまう時にはロールケーキのように巻けば収納しやすくなる。

「なるほどなぁ。レイの内側に文字を書くのか」

「内側に限る必要はない。表側も緑の部分を平らに削れば書けるよ」

「でも巻いて収納することを考えると、内側に書いた方がいいわ」

「なら、なるべく太い方がいいってことだな。太ければ内側のカーブも緩くなるからな」

「話が早くて助かるわ」

「問題はインクがどれくらい保つもつのかだな」

「そうね、数十年はもたないと本とは呼べないわね」

 そう考えると、千年以上経っても読める墨はすごいな。墨は何でできているんだろう。にかわが必要だった気がする。黒いのは炭かすすか。1回試してみよう。膠ならこの世界にもある。獣や魚の骨などから作る接着剤だ。

「とりあえず俺は竹を1本もらえるよう、明日書状を作って実家に持っていかせよう。2、3日で返事が来るだろう。で、どうするんだ?うちに取りに来るか?」

「無理無理無理!」

 シャーリーは思いきり首を振った。

「侯爵様のお館になんて、招待でもされない限り行けないわよ」

「俺が招待すればいいだろう」

「いいわけないでしょ! お館に行くということは侯爵様にもお会いすることじゃないの。逆にお館に行っていて挨拶しないなんてのはあり得ないわ。あとは、父から侯爵様に竹を賜りたいという正式の書状を渡さないといけないし」

 うーん、相変わらず貴族の世界は面倒くさい。上級貴族なら尚更なんだろう。

「そんなにかしこまる必要は無さそうだがなぁ。いいよ、わかった。誰か屋敷の者に持ってこさせよう」

「それはそれでご迷惑をかけることに…」

「だから、そういうことは気にしなくていいんだよ。俺はあまり手伝える時間がないから、やれることはやらせてくれ。それより本を作るからには、何かしらの本をレイに書き写すわけだよな」

「ええ、そうなるわね」

「1冊だけでも相当な文字数になりそうだよなぁ」

 カイルは私とシャーリーを順繰りに見ながら云った。

「で、本の書写それは誰がやるんだ? 俺は騎士団の入団選抜試験があるからしばらく手伝えないが」

 私はシャーリーと顔を見合わせた。

 実作業の書写のことを忘れていた。1冊作ってみないことには、周囲の理解を得られないだろう。

「文字を羊皮紙からレイにコピペする魔法なんて――」

「無いでしょうね」

 二人そろって溜息をついた。



                               第13話 完







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