第12話 王立図書館の仕組み
「さて、と。竹はあるかな〜」
シャーリーは歌うように云うと1冊を取ってめくり始める。私も1冊を開いてみた。思った以上に図が細かく描かれているので、存在するなら見つけやすそうだ。
「お、これは?」
とシャーリーが声を出したのは、通算4冊目を見ているときだ。
「ほら、コレコレ。もう竹そのものだよね?」
そこには
「えーと、レイって云うのか、こっちでは」
「自生しているのは、もう少し北の地方みたいね」
「アルディシア国内には有るかな…」
アルディシア王国は大陸内部にあり、おそらく中緯度に位置する。この世界では緯度を測ることなどできないが、おおよそ多くの人が集まるのは暑過ぎず寒過ぎない中緯度の地帯だ。
ちなみにこの世界が球体になっていることは常識になっているが、それも高度な教育を受けられる貴族や聖職者、豪商などの間でだけだ。海辺に住む人たちにとっては水平線が弧を描いていることや水平線から現れる船の見え方から世界は丸いことを経験的に認識しているだろうが、ふつう平民はそんなことは気にしない。日々生きていくのに忙しいからだ。
カイルのような者が一人でも大臣の中にいたら、もう少しはマシになるはずだ。カイル、頑張ってくれ。
「うちに出入りしている商人がいるから、訊いてみるわ」
「また、実家に戻るのか?」
「日帰りできる距離じゃないから、すぐには無理だわ。しばらく長期の休みは無かったよね…」
「こんな時、メールやSNSが使えれば便利なのにな」
「そうよ、メールよ!」
シャーリーが小声で叫ぶという芸当をやってのけた。
「兄さまに手紙を出すわ。訊いてもらおう」
「兄がいるのか?」
「そうよ、云ってなかったっけ? 兄さまがいなかったら、こんなところで魔法の練習をしている暇なんてないわ。お婿も取らなきゃいけなくなるところだったわ」
「まぁ、そうだよな」
そういえば、私はシャーリーの――ノイエシュタイン家のことは何も知らない。大体シャーリーは何故
魔法学院時代にも上級貴族の家の者はシャーリーだけだったはずだ。いくら娘婿を取る必要が無いからと云っても、いつかは結婚しなければならない。それもおそらくは政略結婚なのだろう。
そんな娘を寮があるとは云え一人暮らしをさせ、魔法を学ぶのも自由にさせているのだ。ノイエシュタイン伯爵という人はとても寛大なんじゃないか?
「――って、ねえ、聞いてる?」
「あ、ああ、すまん。なんだって?」
「だから、竹――レイの入手はわたしがなんとかやってみるから、あなたは書く方法を考えてね」
「墨か、墨に代わるものだな。針みたいなので刻む、でいいんじゃないか?」
「ほかにもいろいろ考えてみてよ」
「了解」
今後の方針が決まったのであとは退館するだけだが、私はちょっと思いついたことがあったので、図鑑を返すために読んだ司書に話し掛けた。
「僕たちは司書になるために魔法局で学んでいる教生なんですが、本の出し入れの様子を見させてもらうことはできませんか?」
「教生の方々には実習があるはずですが」
「実習で地元の図書館には行きましたが、王立図書館のように大きな図書館はまた違う方法があるのかな、と」
「まあ、いいでしょう。この本をこれから戻すので、それを見るとよいでしょう。出す時も手順は同じですから」
そうして台車を押す司書に
書庫は天井が高く、5mくらいはありそうだが、その天井までの高さの半分、2.5mくらいの書棚が列をなして整然と並んでいた。一つの書棚の奥行きは1mくらいか。
中央の通路の両側に書棚があるのだが、すべて扉側を向いており、書棚と書棚の間にはわずかな隙間しかない。人など入る隙間もないが、2列目以降の書棚の本はどうやって出し入れするのだろうか。
「エディさん、5列目の3番をお願いします」
司書が奥に声を掛けた。
「ヘイ」
と応答の声が聞こえ、小柄な男が奥から出てきた。彼は司書が指定した5列目の通路のすぐ横の書棚の横に行くと、両手を地面に当てた。すると驚くべきことが起こった。書棚が少しずつ上にせり上がっていったのだ。相当な重さがあるはずの書棚がずずーっと上に上がっていく。
「そこで結構です」
司書が云うと書棚の上昇は止まった。ほかの書棚より半分ほど上に上がっている。
「土魔法を使って書棚の下の土を盛り上げています」
「なるほど、土魔法ですか」
ふと見ると、シャーリーはもともと大きい目をさらに見開いていた。声も出せない様子だ。
「以前は滑車を使って書棚を持ち上げていましたが、事故もありました。エディさんを雇ってからは土魔法で安全に持ち上げられるようになったのです」
そう云われてみると、地面は土がむき出しになっている。
司書は図鑑を1冊取り上げた。と、図鑑が浮き上がって司書の手から離れた。
「う、浮いてる!?」
シャーリーが声を上げた。
「風魔法です」
下から風を当てて浮かしているのだろう。あの重い本を持ち上げているのだから、かなり強い風を起こしているはずだが、司書の無表情は変わらない。
図鑑は弧を描く軌道で持ち上がっている書棚に向かい、くいっと角度を変えて縦になると、書棚に収まった。
「すごいコントロールだわ!」
この司書は普通のおじさんに見えて、実は優秀な風魔法士だったのだ。あんな精密なコントロールは、我々には全然できない。
図鑑5冊をそうして書棚に収めると、司書はまた声を掛けた。
「エディさん、下ろしてください」
書棚がゆっくりと下がっていく。
「本を出す時は後ろから風を当てて抜き出すのです」
「司書さんもエディさんも凄腕の魔法士だったんですね」
私は感嘆しながら云った。
「エディさんに出会えたのは幸運でした。彼ほど力の強い魔法士はなかなかいません」
礼を云って私たちは王立図書館を辞した。
「いやー、すごかったねー」
シャーリーはいまだに興奮を隠せないようだ。
「エディさんほどの魔法士を探すのは難しそうだな」
「ねー。エディさんが退職したらどうするんだろ」
「いざとなれば国王の
それが王立の強みである。アーシアの図書館では使えない方法だ。
「うちの図書館では別の方法を考えるしかないな」
「そうだね。わたしの行く図書館はしばらく改革とかは無理そうだな」
「まあ、参考にはなった。書棚を持ち上げるという発想はなかったからな」
滑車を使っていたころは事故が起こった。なら、事故を防ぐ機構を備えたシステムにすればよいのか?
「ねー、聞いてる?」
シャーリーの声が聞こえ、私は思索に耽っていたことに気付いた。
「ああ、すまん。なんだ?」
「お腹すかない?」
午後に待ち合わせて図書館に行ったから、もう間もなく五点鐘が鳴るころだろう。食事の時間としては早いが、王立図書館まで徒歩で往復したからか、確かに小腹はすいていた。
「ああ、すいてきたな」
「わたし、屋台に行ってみたいな」
「そんな小綺麗なカッコで行くとこじゃないぞ」
「気にしないで。前世でも行ったことがないから、行ってみたいのよ」
「じゃぁ、市場の方に行くぞ」
「やった!」
こうして私は伯爵令嬢を屋台村にご案内することとなった。
第12話 完
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