第11話 王立図書館へ
シャーリーとは魔法学院の門前で待ち合わせた。お互い寮住まいだから学院に近いし、図書館のある方角だからだ。
シャーリーは普段はまとめている髪を下ろしていた。教生は基本的に専用のローブを羽織るし、ローブの下は皆ほとんどがシンプルなシャツとパンツを履いている。なので私服姿は新鮮に映る。
「ふふっ、どう?」
と云って1回転してみせる。
「あー、似合ってるよ」
「えー、それだけ?」
「おれはオシャレはよく分からん」
仕立てのよいワンピースはオーダーメイドだろうし、角度によって青にも紫にも見える生地は高級品のはずだ。デザインは決して華美ではなく、襟元や裾にレースのような装飾が付いているくらいだが、着ている人の素質が良いからそれぐらいがちょうど良いのだろう。いいとこのお嬢さんっぷりを発揮していた。
そうなんだよなぁ。
シャーリーは振り返り、魔法学院の校舎を見上げた。
「ここを卒業してからまだ1年ちょっとしか経っていないのね。魔法の基礎練習をしていたのはもっと昔のように思えるわ」
「それだけこの1年は充実していたんだろう。おれはやっと卒業したと思ったら、相変わらずリズ先生にどやされていたから、あまり卒業した気がしない。寮もそのまま使ってるしな」
「リズ先生には感謝すべきよ。おかげで魔力のコントロールができるようになったんでしょ」
「できるまでは下手くそだのバカだの果ては玉無しだの——おっと失礼。おかげで大陸語の罵倒のボキャブラリーだけは格段に増えたよ」
「いろいろと規格外であったのは確かね。でも伯爵の娘だからといって特別扱いをしなかったから、わたしは心地よかったわ。あのファッションセンスだけは真似できなかったけど」
「真似する必要はないさ。あんなどぎついマゼンタピンクと黒のボンデージがあんなに似合う人は他にいない」
「あはは、確かに似合ってはいたね。ほかの衣装が思いつかないくらい」
その時、この世界では珍しくパンツスーツのような恰好をした女性が視界に入った。シャーリーも見つけたみたいで云った。
「ねぇ、あのパンツスーツの女の人、カッコよくない? 脚長ー」
確かに胸が大きすぎるがモデルと見紛うスタイルで、腰の位置も常人より上にある気がする。
嫌な予感がした。こんなにスタイルが良い人をこっちの世界で一人だけ知っている。
颯爽として長い脚を交互に出していたが、その脚がこちらに向いた。
と思うや、豊かな金髪をなびかせながらどんどんこちらに近づいてくる。
「おー、お前ら、二人揃ってどこ行くんだ?」
え、この声と口調って、やはり——
「やばい、聞かれたかしら」
小声のシャーリーに小声で返す。
「聞かれても日本語だから分からないだろ」
現れたのはほかならぬエリザベス・メーテルリンク先生だった。
「図書館で調べ物をしようと思いまして」
「なんだ、つまらん若者たちだな。せっかく男女がつがいでいるのに、他にも行くところはいくらでもあるだろう」
人を捕まえてつがいとか云うな。胸の中だけで云う。
「いえ、わたくしたちは本当に調べたいことがありまして」
「ふーん。いい若いもんがこんな良い天気の日にあんなカビ臭いところにしけ込むとはな…」
図書館に行くことをしけ込むとは云わないだろう。
「成年の儀を済ませたお前らにはとやかくは云わんが、一つだけ云わせてもらおう。避妊はちゃんとしておけ。たまに教生のうちに結婚して子供を作る奴らがいるが、みな苦労してるぞ」
いきなり何云ってんだこの人!?
「いやですわ先生。私たちは別にそういう関係じゃないんですよ」
「ますますつまらん」
「それよりも先生、今日はまたステキなお召し物ですね」
話題を変えようと私は云った。近づくとよく分かるが、地球のパンツスーツとほぼ同じデザインだ。
「たまにはこういうラフな格好でないと疲れるからな」
普通スーツの方が疲れるんじゃないのか? まあ普段のぴったりしたファッションと比べればマシなのかもしれないが。この先生のセンスは分からん。
「とても良くお似合いですが、どこでお求めに?」
シャーリーこと円華も地球のデザインそっくりの服に興味を持ったらしい。
「いつもの服屋だ。図案集の中にこれがあってな、気に入ったので仕立ててもらった。なんだ、お前も気に入ったのか?」
「正直気になります。なんというお店ですか」
「キムラヤだ。商店通りの真ん中らへんにある」
私とシャーリーは顔を見合わせた。キムラヤ? あまりにも日本的な名前だが、偶然なのか? ほかの図案も見てみたい。
「ありがとうございます。今度行ってみますわ」
「うむ。じゃあな、わたしにも行かねばならんところがある」
「はい、失礼します」「失礼します」
リズ先生は踵を返すとスタスタと歩き去った。脚が長いから歩幅も長いのだろう、あっという間に遠のいていく。
シャーリーが私を見上げてニヤニヤしながら云った。
「ケイロスくん、次のデート先が決まったね」
王立図書館へはシャーリーも前に来たことがあったので、戸惑う事もなく閉架の棚を希望し、植物図鑑を頼む。指定された席に着くと前にカイルがやったように2人の間の衝立を落とし込んだ。
「うわあ、この雰囲気久しぶりだなー」
「おい、あまり大きな声を出すな」
「あ、ごめん、そだった」
と云ってシャーリーはペロっと舌を出した。その舌のピンクにドキッとしたことはおくびにも出さない。
「てへぺろで許して」
小声で云う。
「その言葉も久しぶりに聞いたな」
やがて中年男性の司書が台車を押して現れた。さすが王立の台車は音も静かだ。自ら作ったから、違いがよくわかる。
「植物図鑑は全5巻になります」
と云いながら私の横に積んでいく。サイズはA全判くらいはありそうだ。礼を云うと司書は台車を押して戻っていった。
第11話 完
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