第9話 露崎円華
わたしはね、大学に通うところだったの。2限からだったから、朝ゆっくりしてから出たんだよね。で、○○線に乗ったら、おっきな衝撃が来て、あれって何? 脱線でもしたのかな。とにかく頭をどこかに思いきり打ち付けて、今思えば即死よね。苦しむ間もなかったから、よかったのかな。
気が付くと真っ白な空間に浮かんでいて、ああ、これがもしかして死ぬってことなのかなぁとか考えていると、声が聞こえた。そちらを見たら一匹の犬、たぶん柴犬ね、がいて話しかけてきたの。
死後の世界なら犬がしゃべってもいいか、と思って話を聞いてみた。なんでも、わたしが死ぬのは予定外で、今すぐ地球に転生する空きがないから、いっそのこと異世界に転生しませんか?って。異世界ならすぐ転生できるから、って。
これは考えどころだ、と思ったけど、せっかく頑張って勉強して大学に入ったのに、まだ2年しか行けてなくて、それらの記憶を初期化されちゃうのももったいないと思ったから、異世界転生を選んだわけ。
しかも今転生すると、上級貴族のご令嬢になれるっていうしね。
転生を選んだ瞬間真っ暗になって、その後3歳くらいまでは記憶がぼんやりとしか残ってないけど、自分が露崎円華だということは、物心がつく頃には分かっていて、だんだん細かいことも転生したということも思い出してきた。
今じゃすっかりシャーリーと円華は同一人物よ。
* *
なんか、私より優遇されている気がする。大体、その柴犬の姿をしたものと私があった神もどきは同じやつなんだろうか。
「その、しゃべった柴犬ってさ、どんな声や口調だった?」
「んー、上品な女の人、って感じかな」
うん、違うな。つまり別々のパーソナルを持ったやつが複数いるってことか。そういえば――
「その後、その柴犬と会ったことは?」
「一回夢で見たような気がするけど、内容は全然覚えてなかったんだよ」
手がかりはないか。
「ちょっと考えてみたんだけどさ、おじさんはさ、32歳でこっちの世界にきてそれから3年ってことは、実質35歳ってことだよね」
「30台をおじさんって呼ぶな」
「わたしは20歳で生まれ変わってその後15年だから、やっぱり精神年齢は35歳ってことになっちゃうんだよね。ウケる」
「君のほうが長くこっちにいるんだから、先輩、ってことになるな」
「おっ、いいねえ。よし、円華パイセンって呼ぶことを許す!」
「それにしても、君は本当にあのシャーリーなのか? 性格が全然違うように感じるんだが」
「伯爵令嬢の役を演じるのも疲れるのよ。まあ実際、伯爵令嬢として育てられているから、マナーだとか礼儀作法とかは教わっているけどね。ぼろが出ないようにってあまりしゃべらないようにしてたら、無口キャラになっちゃってるし」
「男子の間じゃ、クールビューティーってことになってるぞ」
「自分で云うのもなんだけどさ、すっごくきれいだよねぇ、わたしの顔。実はね、朝鏡の前で、第三者視点で見惚れてるのよ。こんな美少女になるなんて、転生選んで大正解だったわ」
「君の転生担当者は親切だったようだな」
そこで、気になることがあったのを思い出した。
「そういえばさ、異世界転生に付きもののなんかチートな能力ってもらった?」
たしも気になって調べたことがあるんだけど、特に無さそうなんだよね。強いて云えば、前よりは物覚えが良くなったかな。円華だったらいろいろめんどくさい行儀作法なんて覚えられないよ」
それはただ単に若いからか、脳の構造が違うだけだろう。パイセンには云わないでおくが。
庁舎の方からチャイムが聞こえてきた。そろそろ練習場が閉められる時間だ。私たちは出入り口の方へ歩き出した。
「ま、同郷同士、よろしくね」
と云ってから、あ、と声を上げてシャーリーは口に手を当てた。
「ねえねえ、もしかしたらほかにも同郷の人がどこかにいるんじゃない?」
「いそうだな、こうなると。あの事故で何人の死者が出たのかわからんが」
「それそれ、しゃべり方気を付けなよ。「おじさん」がにじみ出てる」
「アルディシア語の時は気を付けてるよ。君こそ、シャーリーでも素を出したほうが、疲れないんじゃないか」
「うーん、今更キャラ変も難しいなぁ。一応伯爵令嬢だしね」
「カイルはそんなこと気にしてないぜ」
「あの子はすごいよね、いろいろと。大体、侯爵の長男なのに、なんであんなに選民意識が無いんだろうね」
「ヴァーキン家、というよりあれはカイルの個性だろうな」
「ねえ、今度紹介してよ」
「興味が出たかい?」
「興味は前からあったわ。単に侯爵家と
「なんかしっかり貴族の考え方だな」
「そりゃそうよ、15年も貴族として暮らしてればね。あなただって子爵家の嫡子として育った記憶はあるんでしょ」
「まあ、な。でも所詮下級貴族の三男だから今更上を目指してもなぁ。その辺は兄貴たちがやるだろうさ」
「あなたが侯爵家の御曹司と友達になってると知ったら、お兄さん方も驚くんじゃない?」
「たぶんな。でもカイルはそういうコネとかは好きじゃなさそうだ」
「わたしはただのコネじゃなく、あなたたちみたいに本当にお友達になりたいのよ」
「わかったわかった。今度都合を聞いておくよ」
「頼んだわよ、巧サン」
「おれは今はケイロスだ」
「二人だけの時くらい、日本の名前で呼び合おうよ。わたし円華って名前気に入ってるのに、こっちじゃ誰も呼んでくれないじゃん」
「まどかって、
「円一文字だと男性に間違われる場合もあるから、円の後に華麗の華を付けたんだって」
「なるほど。じゃあな、円華パイセン」
「わかった、わたしが悪かった。だからパイセンはやめてよ。また明日ね、巧さん」
そう云ってシャーリーこと円華は女子寮の方へ歩いて行った。
私も寮の自室に戻ったが、同室のカイルに云われた。
「なんか良いことがあったのか? 顔がにやけてるぞ」
本当にそうなら、3年ぶりで日本語で話せたのが楽しかったからに違いない。それ以外には無いはずだ。
新年は実家で迎えるのがアーシア家の習わしであり、私もアーシア領の屋敷に帰った。別にこれはアーシア家に限ったことではなく、ほとんどの学院生は実家に帰ったらしい。
私ことケイロスには年の離れた兄が二人いる。長兄のディルスは27歳、次兄のカウルスは25歳。ディルスとは丁度一回り年の差がある。そして二人の生母は私の母と違う。つまり二人は異母兄ということになるのだ。
ディルスが武に秀でアーシアの近衛騎士団の団長を務めている。一方カウルスは文官としての資質があり、アーシア領の経営は今やカウルス無しでは立ちゆかないらしい。そんな優秀な兄たちがいるから、生業のためとは云え、私も好きなことをめざすことができるのである。
ディルスはすでに結婚しており、アーシア家の近くに居を構えていた。また最下級とはいえ、男爵の爵位を賜っている。一昨年、国を挙げて行われた野党団の殲滅において功績を挙げたとのことだ。
そういうわけで、私はカウルスに図書館就職の件を話し、了承をもらった。これで来年の実習はアーシアの図書館で行うことができるし、魔法局に勤める必要はなくなった。後は無事に教生を修了できるかだけだ。
第9話 完
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