第7話 経過観察

 この日の夜、夢の中で久しぶりにあいつに出逢った。自称「神に近い者」だ。

「やあ、久しぶりだな」

 まさか再会するとは思わなかったよ。

「今回は特殊なケースなので、アフターケアってうやつだ。いわゆる経過観察だ。で、どうかね、セカンドライフは」

 随分早いセカンドライフだな。と云っても、前世の記憶があるだけで人生はケイロスのまま続いているわけだから、セカンドライフ感は無い。

「ふむ。人格の統合も上手くいっているようだな」

 最初は戸惑ったがね。

 それより、この環境はなんとかならないのか。真っ白のなにも見えない世界にぷかぷか浮いてるところに四方八方から声を掛けられるというのは、なんとも落ち着かない。

「面倒くさい奴だな。これでどうだ」

 風景が一変して、私は旅館の和室のような部屋で掘りごたつに入っていた。こたつ布団の上にはテーブルの天板が載せられ、その上に1匹の猫がうずくまっていた。

 なんだ、これは。

「昔にこんな設定を希望した者がいてね。それを引っ張り出してきた」

 目の前の猫がしゃべった。口も動いていたから間違いない。

 でも、なぜ猫?

「この猫という動物は日本人にも人気があるのだろう?」

 嫌いな人もいないことはないが、大方は好きか興味が無いかだろう。

 で、今日は何のご用?

「だから経過観察だと云っているだろう」

 まあいい。私にも訊きたいことがあったのだ。

 普通、かどうかは分からないが、異世界転生した者には、何かチートな能力が与えられるんじゃなかったのか? または、生まれた直後から前世の意識が繋がっていて、小さいうちから鍛錬したせいで実はすごい能力を隠し持っているとか。

「フィクションの読み過ぎだ。そんな能力があるものか」

 転生した人のノンフィクションなんて無いのだから仕方ない。

 じゃあ、なぜ私の魔力は誰よりも多いのだ?

「おぬしの身体と魔力の相性が良かったのだろう。でもそうか、魔力が多く蓄積できるのだな。あまり聞かないパターンだな」

 魔法学院の授業中、魔力の暴走とまではいかないけど、ことはよくあってリズ先生にドヤされたことも一度や二度ではない。

 他の生徒が魔力を多く引き出すことに四苦八苦している時、私は逆に制御して抑えることが大変だったのだ。

「他には何か変わったことはないか?」

 ん――特には無いかな。

「そうか。もし何かあったら次の時に教えてくれ」

 え、次? もういいだろ。

「そうなくするな」

 そう云ってなぜか尻尾を緩やかに振った。

 そして目が覚めた。


 一体あいつは何者なのか。経過観察とか云ってたな。手術後の患者じゃあるまいし。何か目的があるのか。死ぬはずだった私を異世界転生と云う形で生き返らせてくれたからと云って、全面的に信用するのはやめておこう。


     *           *


 一口に司書といっても、図書館司書から、まったくジャンルの違う博物館司書などいくつかある。私が目指すのはもちろん図書館司書だが、もう一人の教生も図書館司書希望だった。そうそう、青年の儀をへて魔法局預かりとなった私たちは、身分としては魔法士見習いとなるが、教官について教わっている間は教生と呼ばれる。

「それにしても珍しいな。司書希望なんて0人の年が多いのに、今年は2人もいるのか。2年後、就職先があるといいがな」

「アーシア領には自前の図書館があるから大丈夫ですよ」

 ギース教官の言葉に答える。

「これだから貴族様は。でもアーシア子爵家と云ったら文化の保護と発展に篤いって有名だもんな」

「そうなんですか?」

 文化活動に熱心だなとは思っていたが、まさか王都にまでその名が響いているとは。

「ノイエシュタイン嬢は――」

「長いですから、シャーリーでよろしいですわ」

「じゃぁ、シャーリーくん、君は就職のあてはあるのかい?」

「自領にはありませんが、隣の領のグレーシア図書館を使わせていただいていました。まずは、そこに打診する所存です。しかしいずれには王立図書館に勤めたいと思っております」

「シャーリーくん、もっとラクに話してくれていいんだよ?」

「わたくしにはこれが慣れておりますので、お気遣いなく」

「まあ、いいさ。さて、さっきも云ったように、司書を希望する者は少ないので、指導は魔法学院の先生に頼むことにした」

 なんとなく嫌な予感がする。

「今日の座学は私がやるが、明日からの実践はその先生に見てもらう」

「あの~」私は手を挙げて恐る恐る訊いてみた。「その先生って?」

「驚かせたいから、名前は伏せておくようにとのお達しだ」

 はい、確定。そんなことを云うのはあの人しかいない。

 絶望に打ちひしがれる私をシャーリーが怪訝な顔で見てくる。きみはあの人の授業を受けたことがないのか?

 座学の内容は半分くらいしか頭に入らず、その晩は復習が大変だった。


 魔法学院の寮は、成績優秀者の上位50人まで、希望すれば卒業後も2年間、つまり教生の間は使うことができる。私は32年分の蓄積のおかげで、カイルは実力で余裕でその条件をクリアしていたので、二人とも寮に残っていた。というか、今年からカイルと同室だったので、授業中では別々だったが、毎日顔を合わせていた。

 早速、ギース先生から聞いた話をカイルに話す。

「え、マジかよ。本当にあの人なのか?」

「まず間違いないよ。僕苦手なんだよなぁ。魔力の制御がなかなかできなくて、いつも怒鳴られていたんだよ」

「おれは別に悪い印象はないな。あのファッションセンスだけは謎だったけど」

「そりゃ、カイルは優秀だったからな」

 と云いはしたが、カイルが人一倍勉強や訓練をしていたことを、私は知っている。

「そんなことよりさ」私にとってはでは済まないのだが、カイルは話題を変えてきた。「おまえ、あのノイエシュタイン嬢と二人で講義受けてたみたいだな」

「よく知ってるな。職種別練習の時だけな」

「良かったじゃないか」

「何が?」

「あの子、目立つタイプではないけど、男子の間じゃ評価高いんだぜ。顔はかわいいし、スタイルもいい。風魔法を自由に操り、家柄も申し分ない。ちょっと愛想に欠けるけど、そこがクールビューティー然としてよい、ってやつも多い」

「僕は別にそんな気は全然ない。ただ、志を同じくするものだよ。そう、同志だ」

「お前って、全然この手の話にのらないよな。告白されても全部断ってるし」

「なんで知ってるんだよ!? そこまで話した覚えはないぞ」

「俺の情報網をなめるなよ」

 32歳以上のメンタルを持っている私には、十五六の子は子供にしか見えない。付き合ってもいつボロが出るかわからない。仕方のないことなのだ。

「そう云う君はどうなんだよ?」

「俺は結婚相手は自分で決められないからな。他人事で楽しむしかないんだよ」

「カイル…」

 上級貴族の宿命というやつか。だからと云って――

「それでも、僕をダシにするな」

「いいな、進展あったら教えろよ」

「人の話を聞け!」



                                第7話 完




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