第5話 それぞれの未来≪ゆめ≫
図書館の状況は、思いのほか私の心に残った。
井上巧だった時は月に2、3冊、様々なジャンルの小説を読んでいたので、図書館もよく利用していた。
アーシア家の代々の当主は書籍の有用性を理解していたので、領内には王立に次ぐ規模の図書館がある。書庫には世界中から集めた、計り知れない量の蔵書があり、今も年々増えている。そんな環境で育ったケイロスも本が好きだったが、子供が読める本はごくわずかだった。
つまり、どちらの人生も本に深く関わっていたから、図書館が気になるのも当然なのかもしれない。
15歳の成年の儀では、ある程度就きたい職業の方向を決めるのだが、この時点でもうほぼ決まったようなものだった。
それにしても、風魔法はいろんなことに使えるけど、闇魔法の素質があったところで、少しも嬉しくなかった。光を奪う魔法だの影を操る魔法だのは、私が目指すものには何の役にも立ちそうにない。
しかし、学院の生徒からは良く羨ましがられた。発現する者自体が少ないそうだ。カイルにもしょっちゅうどれかと交換しろと無理なことを云われた。しかし闇魔法を何に使うのか訊いても答えてくれなかった。
そうして、成年の儀を明日に迎えた日が訪れた。
カイルに誘われて学外に出て、屋台で昼飯を食べた後、ぶらぶらと歩いて噴水のある広場まで来た。ここに来るまで、珍しく言葉少なだった。
「ケイロス、すまないが遮音してくれないか」
私は風を操って、私たちの周りを球状に囲んで風が流れるようにした。空気の断層を作ったので、球の中の物音は外へ伝わらない。
「どうしたんだ、改まって」
「おまえはこの国の現状をどう思う?」
「現状? 他の国を知らないから比べられないけど、治安はいいし、物資も豊かだし、いいところだと思うよ」
「おまえは王都と自領しか知らないから、気が付かないかもしれん。それにやはり貴族の目線だ」
「何を云いたいんだ?」
「国王陛下のお膝元であるこの王都では、汚いものや悪いことなどは隠されている。
「そうなのか――」
「この国の貴族の半数以上は腐っている。下手すると、その上に立っている者もな」
「おい、言葉に気を付けろ。不敬罪で捕まるぞ」
「だから、遮音してもらったんだ。――おれは成年の儀で、魔法騎士を希望する。魔法騎士団の中で実力を磨いて近衛騎士団を目指す。その上で家督を譲られれば侯爵だ、朝政に参加できる。侯爵で近衛騎士であったら発言力も増すだろう。おれはこの国を正しい方向に導きたいのだ」
驚いた。カイルはそんなことを考えていたのか。まだ、14歳なのにたいしたものだ。
アーシア領にはいないが、他領では奴隷を使っているところがあるらしく、それには疑問を持っていた。そういえば、
「ケイロス・アーシア」
フルネームを呼ばれて顔を上げると、カイルの目が正面から私を見つめていた。
「おまえも、一緒に来い。二人でこの国を変えるんだ」
確かにカイルの云うとおりなのだろう。世の中に奴隷は確かに存在しているし、不当な境遇に落とされた者もいるだろう。官吏たちには賄賂が横行し、国王は大貴族の傀儡と化しているという噂もある。
だが、私はやりたいこと、いや、すべきことを見つけてしまったのだ。
「ごめんな、カイル。一緒に行くことはできない。僕は進むべき道を決めてしまったんだ」
「それでも、頼む!」
「君のやりたいことは、この国を変えることだったな。ある意味、僕がやりたいことも結局は同じことだ」
「なんだ、それは」
「君は貴族たちなど、国の上層にいる者を変えたいんだろう? 僕は下級貴族や平民など、下層にいる者の意識を変えたい。それは、結果的には国がより豊かになるはずだし、奴隷制など間違った制度をただす力にもなり得る」
「それが図書館と関係あるのか?」
「なんだ、バレてたのか」
「おまえは分かりやすいからな」
「図書館をもっと使いやすいところにして、もっと多くの人に本を読んでほしい」
「だが、文字を読める者は限られているだろう」
「そう、だから学校も創りたい」
「ガッコウ?」
「誰でも、身分も関係なく、学べるところだ。そこで、読み書きに留まらず、算術や歴史、各国の情勢や暦の使い方など、君らが家庭教師から習うことを誰でも学べるようにする。そうして学んだ人が国が豊かになる政策を考えたり、文化や技術の発展に寄与したりするんだよ」
本当は貴族制や君主制もどうかと思うけど、民意が育つまでは今の貴族制がベターだと認めざるを得ない。いきなり民主主義、と云ったところで、混乱するだけだろう。それはこの3年で学んだ。理想としては立憲君主制だな。
「魔法学院でもそういう授業はあるだろう」
「魔法学院だって、誰でも入れるところじゃない。平民でも、というか、平民にこそ学校で学んでほしいんだ」
あ、そうか!
「アーシアン領内から始めようと思っていた。もちろん兄さんたちの許可と協力はいるだろうけどな。だけど君が政治の中枢にいるなら、国家規模で学校を建てられるな。カイル、頑張って早く朝政に口出しできるようになってくれ」
「おまえ、おれを利用する気だな」
「いま、気付いた。でもお互い様だろう。君も闇魔法を利用したかったんじゃないのか?」
「いや――ああ、そうだな、確かにそれもあった。だが、おまえが闇魔法を使えなかったとしても、おまえは誘っていたぞ」
「ありがとう。誘ってくれたこと自体は嬉しいよ。闇魔法も僕には必要ないから、あげられるものなら君にあげたいくらいだ」
「ままならんものだな。でもこんなことはこの先いくらでもあるんだろう。闇魔法が無いなら無いで、それに代わるものを探したり創ったりした方が建設的だな。基礎魔法は使えることだし」
こいつは本当に14歳なんだろうか。さすが侯爵の長男と云ったところか。
「わかった。おまえはおまえの道を行け。おれはおれの道を行く。だが、たまには飯とか付き合えよ」
「君が偉くなっても屋台にしか連れて行けないかもしれないぞ」
「望むところだ」
そして成年の儀の日を迎えた。
第5話 完
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