第3話 魔法学院生活

 アーシア子爵領は、アルディシア王国の東部に位置する。子爵は貴族の中でも下級と見なされるため、王都のアルディアナからは離れている。東部と云うより東の辺境で、東端を流れる大河の向こうは隣国だ。

 王都から離れていることと、領主である代々のアーシア子爵家の気風により、比較的自由な空気が流れている領内の人々は活気に溢れ、経済活動も活発的だ。

 北には稜線を連ねる山々があり、それらの山の恵みと大河カーレルから収獲できる川の恵みがたような料理を生み出し、大通りにはそれらの屋台が軒を連ねている。

 転生だか覚醒だかしてすぐに、私はこの地が気に入った。

 

 しかし魔法学院は王都にあり、全寮制なので、しばらくアーシア領とは離れることとなった。

 学院の生徒はほとんど貴族の子弟だった。それも道理で、貴族は幼い頃から家庭教師がつき、読み書きを教わっている。平民のほとんどは小さい頃から家の仕事や家業の手伝いをしているため時間的にも、そして経済的にも余裕がない。余裕がある豪商の子などが入学しているが、5%もいないだろう。

 つまり平民の識字率は5%程度でしかない。日本のように誰でも義務教育を受けられるわけではないのだ。


 話がそれたが、魔法学院は3年制であり、飛び級は認められている。ただ飛び級のための試験は怖ろしく難しいらしい。

 この世界には魔法学と云うものがあり、魔法の原理や歴史、多様な魔法の体系化などが含まれる。その授業は初めて知ることばかりだったので興味を持って授業を受けることができたが、それ以外のいわゆる一般教養としての数学だの理化学だのは、32歳の知識を持つ私にはとても退屈だった。教師せんせいも12歳に教えてるつもりだから、というかまさか32歳が紛れているとは思っていないだろうから仕方のないことではあるが。


 そして、魔法学院に通ってから2箇月経った秋の日に、いよいよ魔法の実践が始まった。先生の指示に従い、ぞろぞろと中庭に向かっていく。今年の1年生は100人程度だ。

「いよいよだなぁ」

「待ちに待ってたぜ」

「せんせ-い、早く始めようよ」

 級友たちはみな期待に満ちた表情をしているが、私も同じような表情かおをしているだろう。前世ではファンタジーでしかなかった魔法を操れるのだ。胸躍らないわけがない。


 「なあなあ、おまえの属性は何だと思う?」

 級友の一人が声を掛けてきた。侯爵家の御曹司、カイル・ヴァーキンだった。

 カイルは上級貴族である侯爵家の子息ながら、家格を鼻に掛けることもなく、私のような下級貴族の子にも気さくに接してくれる、ケイロスに取っては貴重な友人である。

「僕は炎がいいなぁと思うんだけど、実際はどうかなぁ」

 12歳とし相応の話し方にもようやく慣れてきた。


 学院内では親の爵位に関係なく、同学年は平等に扱われるし、生徒同士も基本的にはタメ口でかまわないのが学院の方針だ。

 しかし実際には、下級貴族の子には気後れがあるし、上級貴族の子は敬われることになれているから、自然と家の爵位が下の子は尊敬語とまではいかなくても、丁寧語になってしまうことが多い。

 大人になって爵位を継げば否も応もなく上下関係が出来上がるのだから、今のうちから慣れておくのもいいのかもしれない。

 だが、カイルはケイロスやグループの仲間にはそれを許さなかった。


 侯爵というのは、臣下の身で得られる最高の位である。公爵となるには王族の血が流れていることが最低の条件になっているからだ。

 家の者も侯爵の長男であるカイルにはうやうやしく接するのだろう。そういう扱われ方に慣れてはいるし、学院内でも彼の「臣下」を自任してカイルを持ち上げようとするものも多い。

 だからおそらく、私や仲間たちとは、身分に関係のない本当の友達であってほしいのだろうと察した。12歳の他の子たちには気づかないことかもしれないが、32プラス12年の経験を持つ私は努めて対等であろうとした。カイルもそれを察し、二人でつるむことが多くなってきた。

 そういえば、侯爵家の、しかも長男が何故魔法学院こんなところに来ているんだろう。上級貴族は高名な家庭教師を雇って子息たちの教育を任せるのが常である。なにか事情があるのだろうが、簡単に訊けることでもない。


「そういうカイルはどうなの?」

「狙っているのは光か闇だな」

「光は分かるけど、闇でもいいの?」

「闇魔法でしか使えない魔法があるからな」

「なるほど」

「もっとも俺はメインが何であれ、全ての属性をある程度は修得するつもりだからな」

 全属性を使える魔法士なんて聞いたことがないが、カイルならばやってのけそうな気もする。


「はい、静粛に」

 先生の声が朗々と響き渡った刹那、中庭はしんと静まりかえった。

「はじめまして。この魔法実践の授業はわたくしことエリザベート・メーテルリンクが行います。わたくしのことはメーテルリンク先生と呼びなさい。長かったらリズ先生でもよくってよ」

 そう云った先生の姿格好は他の先生と一線を画していた。ほとんどの教師は灰色のローブを上に羽織っているが、リズ先生のローブはまっピンクだった。ローブの下は、均整の取れたプロポーションを見せつけるかのようにピッタリした服を着ている。豊かな胸元は大きく開き、タイトなスカートは教師にあるまじき短さだ。

 8頭身の小顔は一言で云えば美しく、特にその吊り目がちの瞳が印象的だった。黄金の髪はゆるく波打ちながら背中の上半分を覆っている。

 12歳の少年少女には刺激の強い姿はまたざわめきを生みかけたが、その強い瞳で一同を眺め渡すと、みな開きかけていた口を閉じた。

「――よろしい。いいか、よく聴け。魔法は便利なものであるが、一方で危険を生むこともままある。他の授業は知らんが、この魔法実践の授業は気を抜いたり巫山戯ふざけてやると、大怪我をしたりさせたりすることとなる。そのことを肝に銘じておけ。良いな」

「はい!」

 約100人の生徒が声を揃えて返事する。

「そして、この3人のOBOGが毎回サポートに付いてくれる。左からシアン、マゼンタ、グリーンだ」

 光の3原色かよ。ではそれぞれ言葉の意味は違うが。

 明るい灰色のローブを纏った3人は揃って会釈した。皆二十歳そこそこの若者ばかりで、真ん中のマゼンタが女性だ。


「さて、それではお待ちかねの魔力検査を始める」

 いよいよこの時がやってきた。今後の人生に関わることだから緊張が高まってくる。



                                 第3話 完




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る