第2話 転生と覚醒

 俺の名前は、井上たくみと云う。

 年齢は32だったが、実は1回死んで、12歳からやり直している。異世界転生ものは小説でもマンガでも何冊も読んでいたが、まさか我が身に起きるとは思わなかった。

 

 IT企業に営業として入社して10年。文系の俺でも広く浅くICTの知識は身に付いた。

 その日も商談の予定が入っていた俺は、〇〇線で得意先に向かっていた。

 脱線事故に巻き込まれたのはその時だ。おそらく車両が横転し、俺は手すりの金属棒か何かに頭を強打し、それが致命傷だったらしい。

 気が付いたら真っ白いところにいた。足下もふわふわと覚束ない。いや、そもそも自分が立っているのかどうかも定かでない。死後の世界というやつなのかな。


 とりとめもないことを考えていたら、いきなり『声』が聞こえた。四方八方から聞こえるような気がするが、もしかしたら空間自体が声を発しているのかもしれない。

 いずれにせよ、『声』は云ったのだ。

「ご機嫌よう」

 死んだ人間にご機嫌ようとは、何考えてんだ。

「確かにそのとおりだな。これは失礼した」

 なんだ、こいつは。まさか、神様?

「近いけど、ちょっと違うな」

 ええい、思考を読むな。

「実はちょっと困ったことが起きてな」

 神に近い人でも困ることがあるのか。

「おぬしが巻き込まれた電車の事故な、あれは元々予定になかったのだ」

 は? 予定?

「で、十数人分余ってしまってな」

 余った?

「うむ、あの世にも一度に受け入れられるキャパがあるからな。そこで予は考え、ひらめいた。こんな素晴らしい策をひらめく予はやはり神なのかもしれぬ」

 云ってろ。

「実は人が少ない世界もあってな、その世界で良ければすぐに転生させてやることができる。記憶もそのままでな」

 そうしない場合は?

「まあ、普通の手続きに則って転生待ちになるわけだが、一応今の世界で生まれ変わることはできる。但し、というか勿論、前世の記憶は抹消されるがな。しかもどれくらい待たされるかは分からん」

 まだ32年しか生きていないのに、今まで積み上げたキャリアを活かせずにリセット、というのも納得いかない。いいよ、その世界に行くよ。

「では、早速おくってやろう。覚悟は良いか?」

 ちょっと待ってくれ。覚悟する前に説明が不足過ぎるだろ。どういう人間に転生するのか分かっているのか? 生き返っても貧乏人からスタートというのは割に合わん。

「そこまでは分からんよ。だがその世界は今キャンペーン中だから平民以上は確定らしいぞ。あとは運ゲーだ。じゃ、よいな」

 よくない、まだ訊きたいことはいろいろとあるのだが――

 転生ってそんな簡単に決めていいものなのか?

「後は適当にやってくれ。予にも次の予定があるのだ。では、グッドラック」

 いちいち俗っぽいな。と思う間もなく、声を発していた気配は遠ざかり、俺の意識も途切れた。


          *      *


 僕の名前は、ケイロス・アーシアと云う。

 アーシア子爵の三男で、現在は12歳。魔法学院に通い始めたばかりだ。子爵という下級貴族の、しかも三男だから早々に追い出されるか厄介者扱いされるに決まっている。姉と妹はいずれ嫁ぐだろうけど、男子3人を貴族として養えるほどの俸禄をもらってないことを、僕は知っていた。

 大体そういう立場の子たちは自立するために手に職をつけようとする。僕もそれに倣って今年からこの魔法学院に入学したのだ。


 入学後すぐに属性の判別テストがあり、僕には風魔法の素質があることが分かった。実際風魔法が就職や商売の助けになるのか、今の時点では具体案も出ないけど、とにかく風魔法を磨きつつ、他属性魔法の基本くらいは修めたいと思っている。


 そんなある日――特に何かの記念日や節目になるような日ではなく、風が涼しくなってきて夏が終わろうしていただけの、普通の日。

 僕は奇妙な夢を見ていた。

 僕は、多分30歳は過ぎてそうな男になっていて、僕の知らない言語を使っていたが、なぜか僕にはその言葉を理解できていた。「会社」とか云うところで働いていて、他の人と会って「会議」をしたり、「プログラム」とか「コード」と呼ばれる、表音文字の羅列をみてなにやら同じ「会社」の人と話したりしていた。

 会社が終わった後は自宅らしき建物に入り、筒に入った物を美味しそうに飲んだり、箱に入った見たことのない料理を食べたりしていた。

 細長い物を壁際の黒い板に向けると、絵が映し出され、驚くことにその絵は動いていた。人の姿が描かれた動く絵はすごくリアル・・・だった。そう、これはテレビと云うものだ。

 風呂に浸かる習慣は僕らと変わらないが、とても狭い浴室だった。足をたたんで湯船に浸からなければいけないなんて、僕には「りらっくす」できそうにない。

 だんだん僕にも初めての言葉や初めて見る物の名前や機能を理解していることに気付いた。朝起きたら朝食を自分で作って食べ(トーストとインスタントスープだけだったが)、会社に行くために電車に乗る。こんな鉄の塊がたくさんの人を乗せてすごい速さで動くことにも、全然不思議に思わなかった。

 けれど、いきなり大きな衝撃に襲われた時には、何が起きているのか分からなかった。


 そこで、ようやく目が覚めた。珍しく夢の内容をハッキリと覚えている。いや、あれは夢ではなく、僕自身の体験だ、と理解できる。間違いない、あれは前世の記憶だ。僕、いや私はあの男の生まれ変わりなのだ。

 

 そうか、地球人が異世界に転生することも、その異世界人にとっては前世の記憶覚醒ということになるのか。

 私が読んだ異世界ものには、赤ん坊に転生してそこからずっと意識が繋がっている、と云うパターンもあったが、人生の途中に転生した場合はこんな感じになるんだな。

 なんか、人格も融合してしまってるようだ。私は井上巧としての32歳までの記憶と経験を持っているが、12歳の貴族の子ケイロス・アーシアとして振る舞わないといけない。勿論、ケイロスとしての記憶と経験も持ち合わせている。

 実はこういう所もあの神だかなんだかに訊きたかったのだが、まあ、現状は理解できたから良しとするか。


                                 第2話 完

  

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