転生司書~異世界だってハイテクに!

藍河 峻

第1話 異世界図書館

 カランコロン


 入口の扉に取り付けた鐘が、利用者の来訪を告げる。我がバードラン図書館に入館してきた初老の男性は、手慣れた手付きで卓上に置かれた用紙に書き込んだ。その用紙を持って、受付にいる私に近づく。

「こんにちは。エッシャー教授。お久しぶりですね」

「やあ、ケイロスくん。しばらく論文にかかりきりだったのだが、行き詰まってしまってね。今日はこれで頼むよ」

 手渡された用紙には、三つのキーワードが記されている。そのキーワードを脳内でタグに変換している間に、教授は受付卓の術式板エンブレムシートに右手を乗せる。シートは一瞬青い光を放ち、登録者本人であることを確認した。さらに私が「8卓」と告げると、シートは緑色の光を点滅させてその情報を教授の右掌に刻み込む。

「では、8番の個室ブースでお待ちください」

 教授は「ありがとう」と云って階段の方に歩き出した。


 私は伝声管の一つの蓋を開く。

「ナーザ」と呼び掛けるが返事がない。もう一度呼び掛けても無反応なので、風魔法を発動させて伝声管に一陣の風を吹き込んだ。風は伝声管の中で増幅され、突風となって受け手側にいる者の顔に吹き付けたはずだ。それを証明するように、「ふぎゃっ」という悲鳴のような声が伝わってきた。

「こら、ナーザ。寝てないで、仕事だ」

「うー。ご先祖様の血のせいだから、この時期は仕方ないにゃ」

「おまえは年中寝てばかりじゃないか」

 ≪猫人族ワーキャット≫とヒトとのハーフであるナーザは、地球の猫のようによく寝る。だが、仕事中は抑えてほしいものだ。

「エッシャー教授だ。タグを云うぞ。『魔王』『酒』『悪霊』」

「――あの先生、何の研究をしてるのにゃ?」

「僕にも分からん。とにかくさっさとしてくれ、ニャーザ」

「ニャーザと云うにゃ!」

 「魔王」と「酒」と来れば、私が連想するのは焼酎しかないが、この世界に焼酎はない。しかも「悪霊」って――。あまり関わらないでおこう。


 階下の蔵書室ではタグに紐付けられた本の背表紙が発光し、ナーザがスキル【重力制御(弱)】を発動させてそれらの本を昇降機の台に載せている頃だ。ナーザが紐を引っ張ってベルを鳴らすと、1階にいる筋力自慢のゲラフが昇降機に繋がるロープを引っ張って昇降台を引き上げる。利用者が1階の個室にいる場合はそのままゲラフが、2階以上の場合は≪有翼族フェザーン≫のセラフィーが運ぶシステムになっているのだ。

 このシステムを作り上げるのは、非常に大変だった。

 そう、この図書館をこの世界随一の「近代化」たらしめているのは、私、ではない、弱冠21歳の僕、ケイロス・アーシアなのだ。


 と云っても、彼らがいなければ、このシステムはできなかった。まあ、その場合は別のシステムを考えるだけだが。


 まず、≪猫人族ワーキャット≫ハーフのナーザの存在は大きい。彼女のスキル“脚力増加”を使用すれば書棚の高い位置にも簡単に手が届く。何しろ地下蔵書室の書棚は高さ5mを超えるだろう。ナーザでなければ届かないのだ。

 そしてナーザの持つ魔法【重力制御(弱)】は、本を移動させるのに打って付けであった。いくら届いても本を書棚から抜いたり持ったりできなければ意味がない。

 そう、この世界の本はとにかく重い! 紙が発明されていないので、羊皮紙に書かれている。その羊皮紙を束ねて綴じているのだから、紙の本の何十倍も重いし大きい。一度、ナーザが珍しく体調を崩して休み、私が代わりに本の抜き出しをしたことがある。私の風魔法では本を運ぶ際に非常に慎重かつ丁寧な魔力制御が必要であり、昇降台に載せるまでに倍以上の時間がかかった。

 ナーザの存在は実に貴重なのではあるが、その怠惰な性格からあまり尊崇されていないのが現状だ。


 次に昇降機を扱うゲラフは、筋肉の見本市が開けるんじゃないかと思うくらい、各筋肉が発達している。見た目は≪人間族ヒューム≫にしか見えないが、≪熊人族ワーベアー≫の血が混じっているんじゃないかと私は見ている。

 その筋肉に加え、“筋力増加”のスキルを駆使して、重い本が何冊も載った昇降台を上げ下げする。

 もっとも私が前世の知識を活かして定滑車と動滑車を組み合わせて使っているので、引く力はほんの重量の半分になる。

 それでも、私たち普通人には2冊引っ張り上げるのがやっとなので、ゲラフもなくてはならない存在なのだ。

 その体格ガタイに似合わず、口調は女言葉だし、中身もかなり乙女の成分が濃い。それだけなら別にかまわないが、時々私に向かって色目(のようなもの)を送ってくるのには辟易させられる。


 ゲラフがそうして引き上げた本をそれぞれの利用者に運ぶのがセラフィーだ。先にも云ったように1階の個室ブースを使っている人にはゲラフが運び、2階と3階へはセラフィーが1冊ずつ運んでいる。その細腕に見合わぬ膂力を持つ彼女は、館の中央を貫く吹き抜けを利用して2階と3階を自在に飛び回り、利用者の元へ本を配達するのだ。


 誰か一人でも欠けると他の者の負担が倍増するので、健康管理については口酸っぱく云っている。給料ももっと増やしてやりたいが、吝嗇けちな館長はなかなか首を縦に振らない。異世界初の労働組合でも作ってやろうか。


 こうして1日の職務が終わると、週に3回は我々4人で、夕食を食べ葡萄酒を飲むために、近場の居酒屋に行く。1日で一番至福の時間だ。この世界には葡萄酒と林檎酒、葡萄酒に果実を付けたサングリアのような酒くらいしかない。たまにエールビールやピルスナーが恋しくなるが、無いものは仕方ない。

 よくしゃべるナーザ、その話にいちいち頷いているゲラフ、ほとんど話さず次々と盃を空けるセラフィー。彼ら同僚と飲み食いするのは楽しい。明日への活力というやつがいつの間にか湧いて出てくる。まだ飲み足りないと騒ぐ連中をなだめてお開きにするのはいつも大変だが。

 

 あの時はもう死んだ、と思ったが、この世界に転生することができて、本当に良かったと思う。



                                 第1話 完

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