第45話:門番
本校舎昇降口から俺のプライベートスペース・研究部の部室がある図書館までは歩いてすぐの距離にある。しかし今やもう8月。和風月名で葉月、英語でオーガストである。アスファルトの表面には殺気にも似た陽炎が立っており、ちょっと外に出ただけでも身体中が汗ばんでしまう。
人よりも代謝が良い俺なんかはもっと酷い。たかだか200メートル程度の道のりを歩いただけでシャツがびしょ濡れである。できればこの代謝機能は女子に譲りたかった……ブラ透けるし、と思わない日がない。
だがまぁ、別に自分が汗っかきであることにげんなりさせられたことは1度もない。むしろ誇りにまで思っている。
なんせ、発汗というのは上昇した体温を低下させるための防衛機能として働く生理現象。努力とか根性とかでどうこうなる問題ではないのだ。
つまり、発汗作用も一種の才能と言えよう。
あらゆる変化に即座に適応しようとするのはダーウィンの進化論的に最強。すなわち、季節の変化にもつつがなく対応している俺は細胞レベルで勝ち組ということになる。もうね、俺みたいな優秀な遺伝子はどんどん残していくべきだと思う。
そんな死ぬほどどうでも良いことを考えながら、1週間ぶりに部室の目の前に辿り着いた。
夏休みの間1度も来ることはないと思っていた部室。通常時はセーフポイントとして機能していたはずの部屋も、休み期間となるとボス部屋にしか見えないのが不思議である。
しかもご丁寧なことに、部屋の前には門番までついている。
……しかし部室の前に張り付いている門番、弱そうだな。なんか怯えてるし。
弱そうな奴は倒すに限る。俺は先制攻撃を仕掛けることにした。
「おい、何してんだよ」
「うぇっ⁈」
先制攻撃成功。不意を突かれた門番はビクビクしながらこちらを振り向く。
圧倒的な陰キャコミュ障オーラをその身体に纏った小柄な少女は、南野美波。去年俺と同じクラスで、同じ余り者同士ペアワークでよくペアを組んでいた女子生徒である。部員の中では1番顔見知りの期間が長い。
「く、葛岡か……し、死ね」
なので開口一番に死ねとか言われても全然平気。『※彼は特殊な訓練を受けています』で養った鋼のメンタルの前では通用しない。今では一種の挨拶として俺の中では処理されている。
「おはよう。で、お前はそこで何してんの?」
「か、鍵が、掛かってて」
「職員室から取ってくりゃよかっただろ」
「わ、私がソロで、しょ、職員室に入れるわけ、な、ないだろ」
そりゃそうか。こいつに1人で職員室に入れる能力があるわけがない。
「は、早く、開けろ。殺すぞ」
……なんせ、人に会えばすぐ「死ね」だの「殺す」だの吐き捨ててくるのだ。
「はいはい分かったから。ちょっとどいてろ」
剥き出しの殺意をテキトーに去なしながら、俺は施錠されたプライベートスペースの扉を開ける。
中の光景は1週間前と大して変わっていない。唯一部屋の角にノートパソコンが設置されていたが、それ以外の備品は配置も含めてそのままだった。
部室に入り、机の上のクーラーのリモコンを手に取る。設定温度を26度に設定し、それからいつもの定位置に俺は腰掛けた。
南野もパイプ椅子に腰掛け、黙ってスマホを弄り始める。このまま神崎と嵯峨山が来るまで時間を潰す算段なのだろう。
俺もテキトーにラノベでも読んであいつらが来るまでの時間を潰すか。
そう思って鞄の中から読みかけの小説を取り出して──ふと思う。
……あいつら、来るの遅くねぇか? そういや午前発のスクールバスはもうなかったはずだが。
「……なぁ、南野。あいつらがいつここに来るか聞いてないか?」
気になって聞いてみると、南野は携帯をいじりながらさも当然のように言ってのけた。
「あ、あいつらは午前、講習。午後に、来る」
「……マジか」
じゃあなんだ、俺、午後のバスで来ても全然良かったのかよ。
あのおっぱいババァ……俺を苦しめるために朝っぱらに呼びつけたのかよ……。
心の中で鳴岡先生に毒吐き、俺は現実から逃れるために小説の世界にのめり込んだ。
こいつら全員終わってる!〜俺が望んだ高校ぼっち生活は、“終わった”美少女たちによって崩壊させられました〜 岩田 剣心 @kenshin-iwata
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