1章:俺の平穏な生活を壊すのは、決まって理不尽教師である。
第44話:生徒指導室呼び出し(初)
とうとう8月に入ってしまった翌日、朝の9時頃。
一体何の目を出してここに護送されたのかは知らんが、俺は私立白鷺台高校の生徒指導室に収監されていた。
職員室には幾度となく呼び出されてきた俺だが、生徒指導室に呼び出されるのは初めてだ。とうとうここに来て個室待遇へとグレードアップしたらしい。
なんというVIPな扱い。俺史上1番嬉しくない高待遇である。
「で、どういうつもりだったんだ? 葛岡」
そんなことを思っていると、俺の正面。革張りのソファに深々と腰掛けた女教師がこちらをギロリと睨みつけてきた。
女の名は、鳴岡優希。我が担任にして研究部の顧問。昨日の日中、俺に電話を掛けてきた張本人──そして今日、俺をここに呼びつけてきた元凶だ。
そんな鳴岡先生の特徴を挙げるとするならば3点。
無駄に美人なこと。
無駄におっぱいがおっきいこと。
そして、
「えーっと、どういうつもりとはその、どういう意味で……?」
「理解力の改善が見られないな。東京湾に沈めるぞ」
冗談で言いそうなことマジな口調で言ってくることである。
その殺意たるや、●フィアとかヤ◯ザとかに匹敵する。いやねぇ、この人まじなんだよ。どこぞの陰キャコミュ障の「死ね」とこの人の「死ね」ではまるで重みが違う。なんでこの人教員免許取れたんだろう、そろそろ剥奪されてもいいんじゃないのかな、と毎日思う次第だ。
「まったく……」
とか呟きながら額に手を当てるならまだしも、ゴキゴキと指を鳴らしているあたり、この人の横暴さは見て取れるだろう。
そんな相手に薄っぺらい言い訳が通用するわけがない。俺は速やかに謝罪することにした。
「社会の負け組とか言ってすみませんでした……」
「すみませんで済むなら世の中警察はいらない。だから貴様には罰を与える。自分の過ちを反省しろ」
小学生みたいな言い分で捻じ伏せられた。身体は大人のくせに……くっそ、こんなことなら謝罪なんかしなけりゃよかった。
つーかそもそも、俺にとっちゃ夏休みなのに学校に来させられていること自体が罰なんだけどな。夏休みなのに休めないなんてちゃんちゃらおかしい。俺だけ夏休み1日延長してもいいくらいだ。
……なんてなことを言おうもんならタダじゃ済まされないんだけどな。どうせ俺がこの後何を言おうと、何らかの罰が与えられるのだ。
反論することを諦めた俺は話を先に進める。
「で、今度は何をやらされるんですかね」
「……やらされる?」
ピシッと、鳴岡先生のこめかみあたりから音が聞こえた。
……やばい、言葉のチョイスミスった。慌てて俺は訂正する。
「あ、あぁ主よ。い、一体この迷える私めにどんなお導きをしてくださるのでしょうか?」
「……悪くないな。では迷える子羊には裁きを与えよう」
裁きを与えるのかよ。せめて導きを与えろ導きを。
満足そうな表情を浮かべると、鳴岡先生は数枚に重なった紙を机の上にペシッと叩きつける。
「貴様にはこれを書いてもらう」
どうやら裁きの正体はこれらしい。
「これは?」
「『夏季休業期間中における部活動活動報告書』だ」
「はぁ。で、何を書けば良いんです?」
「貴様には研究部の活動計画とその振り返りレポートを書いてもらう。同好会時代に書いていた活動報告書の上位互換と言ってもいい」
「なるほど……」
言いながら、俺は机の上の『夏季休業期間中がなんたら』とかいう文書を手に取る。
目を凝らして見てみると、『活動計画』や『活動実績』、『実際にした活動や活動の狙い』など、いかにも教育臭いワードの数々が連なっている。確かに、同好会時代に月1で書いていた活動報告書と似たものを感じる。
と、ここで俺は気づく。
「あのー、先生」
「何かね?」
「罪逃れしたいとかそういう打算があっての疑問ではないんですけど、これって生徒が書いて良いものなんですかね……?」
見ればこの書類の左上、宛先のところに『鳴岡優希』という世にも恐ろしい漢字4文字が並んでいる。
しかも送り主は理事長。察するに、これは鳴岡先生が理事長直々に委任された仕事である。
これって、どう考えても生徒に頼んで良い類いの仕事じゃねぇよな……。
訝しむ視線をぶつけると、至極真面目な表情で、鳴岡先生。
「大丈夫だ葛岡。バレなきゃ犯罪じゃない」
……今すぐ教師やめろ。犯罪はバレるから犯罪なんだよ。
「というかだな、そもそも今回の罰は貴様が休日にあくせく働いていたこの私に『社会の負け組だ』とか言ってきたことに起因するのだ。労働罰を与えることは至って筋が通っているだろう?」
「まぁ、筋が通っていないでもないですけど……先生がサボりたいだけなんじゃ?」
「サボりたいとは心外な。むしろ働きたくてしょうがないが生徒の将来を思って貴様に裁きを下しているのではないか。これも教師の仕事の一環なのだよ」
「裁きを下すのは裁判長の仕事だと思うんですけど……」
「良いから黙ってやれ。殺すぞ」
……もう1度言う。今すぐ教師やめろ。
とはいえ、この人相手に人権とか法律とか憲法とかが通用しないのは分かりきっている。諦めてこの罰を受けるとしよう──。
と、思って俺は再び気づく。
……あれっ、今回の罰、鳴岡先生にしてはめちゃくちゃ軽くね?
鳴岡先生は俺をおもちゃにして遊ぶことを喜悦の1つにしている横暴な人間だ。実際、去年の化学基礎の授業なんかは1年間ずっと俺のことを指し続けてきたし、体育祭ではやりたくもない10km走に勝手にエントリーしてきた。
その点、今回先生が罰と称する文書作成はどうしても見劣る。
まして、同好会時代の活動報告書を書いてきた俺だ。タスクとしては余計に負担にはならない。
……絶対なんか裏があるだろ。
視線で鳴岡先生を問いただすと、先生は不適な笑みを浮かべた。
「察したようだな。もちろん、文書作成だけが貴様に与える罰ではない」
やっぱりそうっすよね。文書作成だけが罰な訳がありませんよね。
「で、俺は他にどんな罰を?」
「労働を馬鹿にした貴様はとりあえず今週1週間は毎日登校したまえ。今週中に他の部員と話し合って活動計画を立て、文書にまとめろ」
一瞬にして俺の夏休みが5日も減った。
「文書ファイルの編集は部室にデスクトップPCを用意しておいたからそれで編集したまえ。言っておくが、ファイルの持ち出しは禁止だからな。兆が一外部に持ち出したりしたら……分かっているな?」
「持ち出しませんよ……」
だって先生の脅しってマジだし。
「神崎たちならじきに部室に来るだろうから寄ってみると良い。では、私は3年どもの講習があるので失礼」
そう言い残すと、鳴岡先生は颯爽と生徒指導室を後にしてしまった。
生徒指導室にぽつねんと取り残される俺。室内にはウォンウォンと駆動する空調が低い音を立てている。
その音を耳にして、俺はふと1つのことに思い至り、そして決意した。
……先生の電話番号、着信拒否しておこう。
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