第2幕 夏休み編
0章:プロローグ
プロローグ:葛岡一樹の捻くれた電話応答
『夏休みシーズンといえば……そう、海っ! というわけで今回はここ、神奈川県の有名観光スポット『江ノ島』も近くにある『片瀬東浜海水浴場』にやって来ていまぁ〜すっ‼︎』
7月も最終日、すっかり昼夜逆転生活も板についた昼の14時前。
起きしなテキトーにテレビを点けると、画面に映ったリポーターの女の人が開口一番そんなことを口走った。
確かに夏といえば海の季節だ。ラブコメで夏といえばだいたい海が舞台で展開されていくのが何よりの証拠だろう。
決まって際どい水着姿をして現れる数多ものヒロインたちにどれだけ頬を緩ませたことだろうか。「一生夏でいいんじゃね? 地球温暖化? 知ったこっちゃねーよ」とか思っちゃう日々である。
ちなみに誤解されては困るので一応言っておくと、俺は断じて可愛い女子の水着姿を欲している変態ではない。海なし県たる埼玉出身男性の8割(俺調べ)は海とビキニ姿の女子に憧れるので、至ってスタンダードな思考だ。
まぁそんなことはさておき、このリポーターの言葉はいただけねぇな。
「ばーか、夏休みといえば『休み』だろ。海なわけがねぇ」
あくまで夏といえば海なのであって、夏休みは『休み』であるべきだ。
……だってそうだろ? 休日は読んで字の如く休む日。普段社会に奉仕している人間の疲れを取るための日だ。
そんな日に例えば癒しを求めて温泉とか猫カフェとかに行くならまだしも、わざわざ人の多いところに行って疲れてくる奴らは日本語すら理解することのできない脳内お花畑野郎どもとしか言いようがない。
「……まったく、リポーターもビキニ着ろってんだ」
プチッとテレビを消し、ソファに横になりながらスマホを開く。
スマホの画面には現在の時刻『13時50分』と表記されている。
「……全然朝じゃねぇ」
1人自分の発言にツッコミを入れつつ、スマホをポッケに入れて再び仰向けになる。
視界に映るは白色の天井と、ウォンウォンと音を立てながら回るサーキュレーター。
残念ながら、というほど残念でもないが、我が家の天井は
……なんだよ、全然残念じゃねえかよ。残念すぎて今から武蔵野線で千葉行って
などと脈絡の欠片もない飛躍的発想ができるくらいには暇だった。
しかし暇というのは嫌いではない。むしろ歓迎すべき状態だ。
なんてったって負け組の人間ってのは仕事やら勉強やらで暇じゃないからな。
つーかだいたい、仕事とか勉強に追われる奴らの無能さなんてたかが知れてる。計画的に効率的に物事をこなせば、仕事に追われることも勉強に追われることもないに決まっている。
つまり逆説的に、暇であることは人生の勝ち組の特権であると言えよう。
暇であることはそれすなわち、人生に余裕があることなのだ。
……だから。
こんな休日に電話をしてくる奴はきっと余裕のない、人の余裕を壊すことでしか私腹を肥やせないカスに違いない。
「チッ、うっせぇな」
振動と共に木琴の音色を奏ではじめる俺のスマホ。電話の着信だ。
ぼやきながらもスマホに手を伸ばす。
画面には『非通知設定』の表記。家族以外の番号は登録しておらず、かつ家族とのやりとりは基本的にNINEで行うので、着信はこれがデフォルトだ。
そして非通知設定からの着信の場合、大抵電話口の向こう側にいるのはマルチ勧誘とか詐欺とかで金を騙し取ろうとする社会の底辺である。
この手の電話は無視からの着信拒否が定跡。
だが今、俺は現在進行形でこの電話によって貴重な休日を妨害されている。
被害を被っている以上、電話を掛けてきた奴をみすみす逃すわけには行かない。せめて一言お見舞いしなければ気が済まない。
「この俺様に電話を掛けてくるとは……いい度胸してるな」
だから俺は応答ボタンをタップして、電話口の向こう側にいる奴にこう言ってのけた。
くたばれ、社会の負け組が──と。
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