第43話:こいつら全員終わってる!

 翌日。終業式を明日に控えた昼休み。


 およそ1週間ぶりに学校へ姿を現した神崎に沸く2年1組を早々に抜け出した俺は、職員室に来ていた。


 昨日と同じように自分の意志で、しかし昨日とは別件でここに来ている。


 今日も今日とて鳴岡先生は机の上でスマホゲーム。覗くに、武器を用いて殺し合うバトルロワイヤルゲームをやっているようだ。


 相変わらずだなこの人……よくもまぁ職員室で堂々とバトロワを、と呆れて注意しようかと思ったが、昨日と違って昼休みなので何にも言えない。


 スマホの中のキャラクターにひと通りの装備を施し、建物の中に身を潜めさせると、ようやくこちらの存在に気づいた。


 「また貴様か。なんだ、そんなに私のことが好きなのか?」


 開口一番にこれである。さすが独身。恋愛脳すぎる。色んな、ほんっとうに色んな意味で生徒に手を出さないでほしい。……この人、俺に手出しまくってくるし。


 手を出されても困るので、俺はさっさと用件を済ませる。


 「ボケたこと言わないでください。これ、部活動への昇格申請書です」


 俺がここに来ていた理由は、研究同好会の存続条件をクリアしたことをこの人に報告するためだ。


 規定の申請書には、俺、神崎、嵯峨山、そして南野の4名の名前とクラス、出席番号。


 これが受理されれば、俺のプライベートスペースは存続し続けることになる。


 「ほぉ、貴様にしてはやるじゃないか。じゃあそこに置いとけ。私の方でどうにかしておく」


 言いながら、建物を飛び出してアサルトライフルで銃を乱射しまくる先生。

 これがこの人に限っては現実世界でもやりかねないと本気で思わせてしまうあたり、とんでもなく末恐ろしい。


 「ちょっと葛岡目障り。さっさと戻れ。……でないと撃ち殺すぞ」


 ……ね? とても生徒に掛けるような言葉じゃない。


 殺されるのは嫌なので、忠告に従って職員室を後にした。

 



           ◇

 



 終業式も終わり、通知表も返された翌日の放課後。


 俺は研究同好会……いや、研究部の部室で本棚の整理をしていた。


 明日から1ヶ月と少しの間、ここに来る用事もない。後々学校に来て未読のラノベを取りに来る羽目にならないよう、今のうちに未読のラノベを整理して持ち帰ろうという算段だ。



 ……しかしこうして整理してみると結構読んでいないラノベばっかだな。



 去年と比べて半分も読んでねぇんじゃねぇのこれ。古本屋で買うペースは去年と変わんないのに。



 ──一体なんでこんなに読書量が減ったんだ?



 そんな疑問がふと頭に浮かんだが、けれどその疑問は部室を見渡せば……いや、見渡さなくても瞭然だった。



 「はっはっはぁーっ! また私が大富豪ですね! さぁーて平民の皆さん、年貢代わりの強いカードを納めてくださぁーいっ‼︎」


 「くっ、さ、嵯峨山、運、良すぎ……イカサマだろ……」


 「おかしい……なんで私が5回も連続で大貧民なの……?」


 威張る巨乳に愕然とする陰キャコミュ障、人格破綻。


 事情が事情だとはいえ、こいつらと関わるようになったことが俺の読書量が減った原因だろう。


 ……つーかここ、俺のプライベートスペースなんだけど。断じて女子生徒が集まって大富豪なんかで遊ぶ空間ではないんだけど。


 次にここに来るのは、2学期始業式がある9月の1日。


 1ヶ月以上も先の話ではあるが、とはいえこいつらに俺のプライベートスペースを侵食されているのはプロのぼっちとして看過できない事象だ。


 今一度、ここは俺の領土であることを主張しておこう。


 「おいお前ら、トランプなんてしてねぇでさっさと帰れ。ここは俺の部室──」

 「──誰が貴様の部室だと?」

 「っ⁉︎」


 とそこに、めちゃくちゃバッドタイミングで理不尽な人間が部室に降臨してきた。


 圧のあるこの声は振り向くまでもなく分かる。我がクラスの担任にして俺にやたらと理不尽な女教師、鳴岡優希だ。


 降臨するなり、鳴岡先生は早速俺に理不尽してくる。


 「聞き捨てならないことを聞いたな。どういうつもりだ? 葛岡」

 「い、いやぁ! 今のは言葉の綾というかですねぇ、ここの部活の部長が僕ってことを言いたくて……つーかなんであんたがここにいるんだよ」


 ここにくる用事なんて何1つないだろ。さっさと出ていって欲しいんだが。


 訝しむような視線をぶつけながら問うと、ハッキリとした口調で、先生。


 「なぜって、そりゃこもんになったからに決まっているだろ」


 ……こ、こもんになった、だと……?


 んなばかな。


 「いやいや、あんた全然コモンじゃないでしょ。型破りな奇行ばっかりしてるし」

 「貴様の言い逃れとしてはナンセンスだな。面白みに欠ける」


 えー、コモンって《普通》って意味じゃないのか。これは迂闊、帰国子女の悪い癖が出ちゃった、てへっ☆


 ……とまぁ現実逃避もほどほどにしておいて。


 「えっ、てことはなに? まさか先生がここの顧問になったんですか?」

 「そうだが……なにか問題でも?」


 問題があるから“まさか”と問いただしたんすけど……。


 つーかむしろ問題しかない。もうマジでちょー問題。具体的には俺のことを物理的にいじめてきたり精神的にいじめてきたり理不尽にいじめてきたりしてくるのが問題だ。


 ……ほんと、なんでこの人教員免許取れたんだろう。今すぐにでも教員免許剥奪されてほしい。



 「それはそうと葛岡。貴様、さっき私のことを型破りな奇行に走る普通じゃない人間と言ったな」


 「へ?」


 「悪意しか感じられないのだが、どういうつもりだ?」


 ギロリ、と極めて教育的指導(と見せかけての体罰)のニュアンスを感じさせる鳴岡先生の鋭い視線がこちらを突き刺す。


 こうなっては普通に対応すると死にかねない。すぐさま理論武装を試みる。


 「えっ、いや、普通に褒め言葉のつもりだったんですけど……あっ! そうやって解釈を捻じ曲げてまた僕のことを理不尽にいじめようとしてくるんですね?」


 「あ?」


 「あーもうそれは許せねぇ、顧問が生徒をいじめるなんてもってのほかだ! クビだクビ! 訴えてやる‼︎」


 「捻じ曲がった解釈をしているのは貴様だろ。留年させるぞ」


 「……それを理不尽って言うんだ」


 「なんか言ったか?」


 「……イエ、ナニモナイデス」


 ゴキゴキと指の音を鳴らす先生に絶望的な力量差を感じたので諦めた。分かんねぇけどこの人があと10人くらいいれば第2次世界大戦でアメリカに勝てたんじゃないかと思う。私が女塾塾長、鳴岡優希であーる。


 「んで、先生は何の用です?」


 核ミサイルに負けずとも劣らぬ戦闘力をお持ちの鳴岡先生が顧問になったのは千歩譲って認めたとして、わざわざこんな放課後に何の用だろうか。



 ……まさかとは思うが、またわけの分からないことをほざいたりしないだろうな。



 「そりゃ貴様が展開するプチハーレムに混ぜてもらう為に決まっているだろ」


 そのまさかだった。


 「ちょっと何言ってるのかよく分かんないんですけど……」

 「意味が分からないとはさすがの理解力だな。良い加減学習したらどうだ?」


 先生の説明力がないだけです。つーか理解したくねぇです。


 ……はぁ、もう、とりあえずこの人相手に真面目に耳を傾けるのはやめておこう。早くラノベ整理しないと。

 

 鳴岡先生からのわけの分からん詰問をテキトーにいなしながら、俺は書斎整理を進める。


 と言っても、そこまで本があるかといえばそうでもないので、ものの数分で終わった。


 チラッと腕時計を見る。次のスクールバスまではまだ時間があったので、俺は部室の壁際にあった椅子に腰を掛け、そして鞄の中から読みかけのラノベを取り出す。


 ページを繰ろうとして、ふと眼前に広がる部室の光景が目に入った。



 目の前にはかつての優雅で静かだったプライベートスペース──からは遠くかけ離れた騒々しい空間。



 その喧騒を生み出しているのは4つの人影。



 理不尽に俺を苦しめてくる横暴教師。



 口を開けば「死ね」しか言ってこない、限度を超えた陰キャコミュ障。



 赤点5冠の偉業を達成した、IQ3のアホ女。



 そして好きな人の前であり得ないほど人格破綻する、ストレスフルな隣人。



 ……はぁ、なんでこんなことになったんだろう。いくらこいつらとの関係を望んだとはいえ、俺のプライベートスペースが占拠されるなんて聞いてないぞ。




 もういっそ廃部にしとけば良かった……なんて思っても時すでに遅し。自ら部を存続させてしまった以上、そんな行動を取ることは許されない。




 だが、身の内にわだかまる呆れた感情は吐き出さずにはいられない。




 だから俺は、4人に聞こえるように大きな声でこう叫んだ。



 

 「こいつら全員終わってる!」




 (了)

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