第3話 頭を悩ます複雑さ

 日々追われるよう時間に支配され続けてきた七海。いや地球上で暮らすほとんどの人たちは時間を気にして生きているはずだ。しかしこの狐耳メイドの女神にはそんな雰囲気をみじんも感じない。常にマイペースだし、なんなら時間を止めてまで自分の話を続けたい人なのだから。


 それでも一応時間の概念は持っていたらしい。


「お疲れさま、よく随分頑張ったねー

 だいたい八時間くらいかかったんじゃない?

 さすが仕事熱心で真面目な七海ちゃんだ」


 いやいや、そこでかわいくウインクされても嬉しくはない。それにしてもやっぱり相当の時間をかけてしまっていたようだ。時間は無限にあると言っても、人を、いや、女神を待たせたのは悪い気がした。


「大分お待たせしてしまってごめんなさい。

 やればやるほど悩んでしまって……」


「そんなの気にしなくていいんだよ?

 時間をかけたことを気にするよりも、楽しめて後悔しないことを気にすべきだからね。

 これからの長い人生、まずは自分に正直に、そして楽しめるかどうかを考えるようにしてほしいな」


 七海は女神の言葉に対し大きく頷いた。


「それじゃ次は色々な能力を決めていこうか。

 戦ったり何か作ったり、ペットを飼うとかもそうだけど、すべて専用の能力が必要になるの。

 その能力のことは、異世界の住人達も当たり前のようにスキルって呼んでる。

 スキルは全部で六系統三十六種類あって、やりたいことに合わせて選んでいいよ」


 女神が七海の前の画面を覗き込むと、キャラクター作成画面の最下部に表示されている『NEXT>>』を押した。すると画面が切り替わり、空欄の選択スキル欄とその他にスキル一覧が現れた。


 それぞれには簡単な説明が添えてあるが、直感的に理解できるものとさっぱりわからないものとがあって、どれを選ぶべきかまた悩んで時間がかかりそうである。


「書いてあることだけじゃわからなかったら遠慮なく聞いてね。

 ペット飼いたいなら調教が必要で、調教使うなら演奏が必須になるよ。

 一緒に戦ったりしてペットが怪我をしてしまった場合に治療をするなら生体研究もいるかなー」


「ペットと一緒に戦うって? 犬猿雉でも連れて鬼退治ですか?」


「イメージとしてはそんな感じかな。

 たとえば強い生き物の代表だとドラゴンとかペットにすることもできるよ。

 もしそう言う強い動物、いわゆるモンスターを捕まえるなら自分もある程度強くないとだけど。

 だからなんらか攻撃スキルが必要になるかな、無事で生きていくうえでもね」


「なるほど…… 適当に選ぶんじゃなくて相関関係を考える必要があるんですね。

 難しそうですけど頑張って選んでみます」


「最初に選べるのは七つまでよ。

 スキルには熟練度と言うものがあって、スキル値って呼んでる。

 当然高い方が有能ってことになるね。

 普通の人たちは産まれた時に割り当てられたスキルを三、四種類持ってて10から始まるのね。

 でも転生者は好きなスキル七つを40からスタートで超お得!

 他にもいろいろ違いはあるけどまあそんな感じ」


「なんだかそれってズルくないですか?

 得するのは嬉しいかもしれませんけど、そのせいで疎まれたり恨まれたりしないんでしょうか」


「気にしすぎだよー

 転生者は世界に八人しかいない特別な存在なのは説明したでしょ?

 そのことは異世界の一般人もわかってる。

 だからもちろん特別視はされるけど、どちらかというと敬意をもたれるって感じかな。

 ちなみに転生者は神の人って書いて神人(しんじん)って呼ばれてるよ」


 新人の神人だ、とオヤジギャグを思いつき一人でにやけて恥ずかしくなってしまった……


「スキルは後からいくらでも変更できるから違うことしたくなっても安心だよ。

 熟練度合計に余裕があれば何種類でも覚えられるの。

 上限は熟練度が100、全スキル合計で700、これに種族ボーナスが上乗せされるよ。

 スキルは覚えたくなくても行動によって勝手に上がっちゃうことがあるから注意してね」


「何となくわかってきました。

 スキル値はどうやったら上がるんですか?

 普通の人が10で神人が40、それがどのくらいの差なんだろうって」


「それは単純な話で、スキルにあった行動をすれば上がって、勝手には下がらない。

 細かいことは計算で決めてるらしいけど、私はそう言うの詳しくないんだよね。

 数字とか計算式とかは無の神が担当してるからさ。

 でもスキルが低ければ上がりやすくて、熟練度が高くなると上がりにくくなるのは間違いないかな」


「じゃあ上げるのが大変だから、最初に覚えておいた方が良さそうなのってありますか?

 今選んでおかないものは0からスタートなんですよね?」


「そうそう、物わかり良いじゃないの。

 上げにくさナンバーワンは調教と魔導機工に窃盗かな。

 特に魔導機工は強力なスキルだけど、上げるのには鉄とか木材とかの素材が大量に必要になるの。

 ちなみに魔導機工ってのはマナで動くロボット的な? いやロボットとは限らないか。

 たとえば風車とか水車を動かして、その力で石うすを回して穀物を挽くのってイメージできる?

 その機構をマナで動かすための機械を作るスキルってこと」


「全然わかりません…… ちょっと無理っぽいかも……

 機械とかすごく弱いんです、私……」


 説明を受けてはみたものの、頭の中が沸騰するんじゃないかってくらいにさっぱりわからない。とりあえず難しそうで七海には不向きだけど、自動で何か出来るものが存在するのは確かだと言うことだ。


 それよりも現実的なことを考えてみると、調教スキルもあげるのが大変らしいしやっぱり最初に覚えておいた方が良さそうだ。窃盗は文字そのままの意味だろうか……


「窃盗も上げるのが大変なら最初に貰っておいた方がいいんですか?

 私泥棒とかしたことないですけど……」


「盗みを働くことに興味があるならそれも悪くないね。

 あとは鍵を開けるのも窃盗スキルだから、家屋侵入とかにも役立つよ?」


「いや、やっぱりいらないです……

 それよりも、剣と魔法の世界って言うくらいだし、それを選んだ方がいいのかなあ」


「剣になじみがあるならそれでもいいけど、獣人は爪や牙って武器をはじめから持ってるからね。

 戦闘スキルを選ぶなら素手で戦うためのスキル、体術がいいよ。

 あと魔法は四種類あって、変身できるのは妖術ってやつね。

 これも獣人なら種族補正が20もつくから超お得よ~」


「なるほど、体術ですか。

 中学生の頃に護身術教室で合気道習ってたので体術良いかも。

 そうなると結構簡単に決まっていきますね。

 体術、妖術、調教、演奏、生体研究を選んであと二つ、どれにしよう。

 他のおススメってありますか?」


「そうだねえ、あんまりガツガツするんじゃなくてのんびり過ごしたいんだよね?

 それなら生産系から選んで、それを主軸に生活するのも悪くないかも。

 畑仕事とか牧場とか興味ない?」


「すいません、下町とは言え一応都会生まれなのでそういうのまったく想像できないです……

 そういえばこの召喚術ってところに書いてある精霊って言うのはなんですか?」


「精霊って言うのは七海ちゃんが元いた世界で言うところの分子みたいなものね。

 酸素とか水素とかあるでしょ? アレと似たような物と考えたらいいかな。

 召喚術を使うと、手元に水を出したり火を起こしたりできるからあれば便利だよ。

 魔法とはちょっと違う分類になるけど、使う分には大きな差があるわけじゃないかな」


「じゃあ召喚術にしようかな、便利そうだし。

 あと一つはなににしよう」


「すぐに役に立つかは微妙だけど、世界を旅して周りたいなら瞬間移動の呪文がある書術がいいかも。

 世界中にある神柱っていう柱があるんだけど、そこへ一瞬で移動することができるんだから。

 呪文の巻物を作って売ることもできるから、在宅勤務もできちゃう。

 しかも書術を極めてる人はかなり少ないレアスキルだからきっと儲かるよ?」


 在宅勤務がアピールポイントになるのかは疑問だけど、瞬間移動が使えるならきっと便利だろう。それにレアスキルという響きにも魅かれる。気持ちの中で、スキル選択最後の一つは書術が最有力候補になった。


「へー、瞬間移動ですか、それは便利で楽しそうですね。

 世界中を旅すると言うのもロマンがあってステキ。

 大きさは地球と同じくらいですか? 大陸とかも同じですか?」


「大きさは同じだけど地形は全然違うよ。

 人口も、地球には七十億人以上住んでるのに対して、異世界は現在五十万人位かな。

 東京だと中堅の区と同じくらいかしらね。

 だから未開拓地域もかなり多いんだよ」


「それだけ人口密度が低いならのんびり暮らせそう。

 医療とか福祉みたいなのはどうなってるんですか?」


「ダメージを受けてヒットポイントが減ったら、それを回復できる神術って言う魔法があるのね。

 神術を使うと軽い毒なら解毒もできるし、そういう呪文を活かして治療院をやってる人もいる。

 あとは治療に使う包帯を作る裁縫衛生ってスキルもあるよ。

 でも治療院で治せないほどの毒とか重い病気とかは、神柱へ触れるだけで治っちゃう、スゴイ!」


「えっ!? それは本当にスゴイ。

 それなら病気で寝込んだり入院したりという心配はないんですね」


「まだ文明が進んでいないからね。

 それくらいの恩恵がないと人ってすぐに死んでしまうでしょ?

 どんどん死んでどんどん増えればいいっていうのも手段の一つではあるんだけどさ。

 それだったら今の地球と変わらないじゃない?

 だから 私たちとしてはもっと一人一人じっくりと長く、そして楽しく生きてもらいたいわけ」


 最初は人体実験とか生命への冒涜だなんて思っていたけど、考えていることは案外と悪くない、少なくとも悪意のある考えではないと今は思える。やはりこの女神に足りないのは威厳と風格だろう。


「話がそれちゃいましたけどいろいろわかりました。

 最後の一つは書術に決めます。

 世界を旅するなんて夢がありますしね!」


「うんうん、希望が持てる人生になるはずだからいっぱい楽しんでね。

 じゃあスキルを所持スキル欄へセットするよ」


 女神は画面を覗きこんでタブレットのように操作していく。次に初期設定らしい数値を入力してくれたようだ。そしてまた『NEXT>>』を押すと次の画面へ変わった。


「これがステータス画面だよ。

 一番上が空欄なのはこれから名前を入力してもらうから。

 ここに現在のレベルとか経験値、細かなステータスとスキル一覧が表示されるからね。

 わからない項目あるかな?」


「スキルの他にレベルもあるんですか?

 なんだか数字ばかり…… 私、見積もり作るのも苦手だったんですよね……」


「スキルは固有の能力、レベルは身体能力に直結してると考えればいいかな。

 ちなみにレベルに上限は無いから、上がれば上がるほど強くなると思っていいよ。

 男女差もないからSTR、つまりストレングスが高い方が力持ちってこと。

 あと、この画面は転生後も見られるから安心してね。

 どうせしょっちゅう見るからそのうち慣れるって。

 注意しないといけないのはHP、つまり体力(ヒットポイント)だよ。

 これが無くなると死んじゃうからね」


「死んだら異世界生活もおしまいってことですね。

 なるべく気をつけます……」


「ううん、死んだら勝手に生き返るからそこは大丈夫。

 でも溜めた経験値は無くなるし、レベルが一つ下がるってペナルティはあるよ。

 神人以外は死んでも生き返らないから、一応それは覚えておいて」


 死なない世界!? それならなんで前の神人はいなくなって、七海に交代することになったんだろう。疑問に感じたので女神へ尋ねてみると意外すぎる回答が返ってきた。


「前の神人がなんでいなくなったかって?

 まあプライバシーの問題もあるから詳しくは言えないけど、長く生きて十分満足したからだって。

 不幸だった生前を思い出すことも無くなり、異世界でやりたいことも無くなった。

 だから最後は今の妻と一緒に死んでいきたいって言われちゃってさ。

 もう見送りつづけるのにも疲れちゃったみたいだね。

 本人が満足したって言ってるものを、意思に反して無理に生き永らえさせることはできないじゃん?」


「なんだか切なくてステキなお話ですね。

 じゃあ私も満足したらそう伝えます。

 そして満足できるような人生が送れることを目指したいと思います。」


「うん、いい心構えだね。

 あなたを選んだ私も嬉しくなる言葉をありがとうね。

 それじゃ名前を決めたら大体終わりかな」


 名前はまた悩んで時間がかかるところだ。女神からは神人ならファーストネームをつけるべきと根拠のないことを言われたが、いいネーミングが浮かばずさらに悩むことになった。


 最終的に、元の名前に近い方が愛着が持てやすいと、考えて『ミーヤ・ハーベス』とつけた。もし親しい友人が出来たらミーヤと呼んでもらおう。ファーストネームは豊穣の女神の神人らしく、収穫と言う意のハーベストからもじって付けた。


 こうして肉体と能力が作られたので、短剣へ一時保管していた七海の魂と記憶を新しい身体へ移してくれるらしい。その前に今借りている女神のコピーへ短剣を刺して魂を取り出した。


 二度目ともなると焦ることもない。今更あれこれもがいてもどうすることもできないのは明らかだし。不思議とそんな冷静さを持って短剣を刺したのだが、また真っ白な虚無の世界を味わうと気分は良くなかった。


 しかし今度は長く放置されることもなく、新しい身体、フェネックの獣人である『ミーヤ・ハーベス』に魂が移された。背丈は七海よりも少し大きいだろうか。わずかに違和感を感じなくもないが、これがこれから付き合っていく自分の身体だ、すぐに慣れてくれるだろう。


 豊穣の女神は、これから最初の村へ転送すると言った。でもその前に世界の説明をしてくれるらしい。


「それじゃこれから簡単にだけど説明するね。

 その前に転生体の住み心地はどう?

 背が少し高くなったみたいだから、歩いたり動いたりするとちょっと違和感があるかもね。

 でもそれ以外は問題なさそうだからすぐになじむと思うよ?

 ところで異世界は初めてだよね?」


 こういうところ! こういう発言をするところがこの女神のイヤなところだ。死んだのだって異世界へ行くのだって初めてに決まってるんだから、いちいちくだらないことを聞かないでもらいたい。


「そりゃそうですけど……

 まさか二回目ですとか答えてほしかったんですか?」


 七海、いやミーヤは少しむくれながら返事をする。


「まあそんなに怒らないでよ。

 これも様式美みたいなもんだからさ。

 気を取り直して……」


 女神はコホンとわざとらしく咳ばらいをした。


「異世界異世界って言ってるけど、よく考えたら地球みたいな名称はつけてなかったわ。

 それはおいおい考えるとして、現在の異世界は人気ゲームにもよくある世界観なの。

 まあ中世ヨーロッパ的な? 一番人気のアセットだよ。

 金属武器や魔法があって、スキルと言う特殊な力もあるのは説明済みだね。


 いつくか国はあるけど規模は大きくないかな。

 憲法や法律みたいなものは無くって、王や領主の裁量次第って感じ。

 でも人類を作った際に、殺人や窃盗は絶対悪って初期設定してあるから平和的解決が多いね。

 場合によってはお金で解決、なんてことも普通にあるよ」


「王様が統治する国があるんですね。

 比較的平和そうなのは何よりです。

 でもお金で解決って…… 賄賂ですか?」


「賄賂とは限らないよ?

 罰金とか財産没収みたいなこともお金で解決の一つだね。

 でも悪いと考えられることすべてが裁けるわけじゃないから、そこは注意しないとダメだよ?

 たとえば詐欺の被害にあっても、録画や録音が無いと証拠を用意することが難しいでしょ?」


「それは確かにそうですね。

 でも泣き寝入りするのは嫌だなあ」


「まあそこは頭と力を使って解決するか、初めから近寄らないかかな。

 人を全て疑ってかかるのも自衛の手段だしね。

 初めから嫌な話になっちゃったかな。

 次は楽しい話にしよう」


 ミーヤはうんうんと頷いた。ついでに、ついていることにまだ慣れていない尻尾も振ってみる。


「七海ちゃん、違った、ミーヤは今後異世界でどんな生活をしてもいいよ。

 目的を持たなきゃいけないわけでもないし、私からなにか指示することもない。

 勇者よ世界を救うのだ! なんてベタな展開はもちろんないない。

 それでも人には欲があるから、誰に言われなくても冒険したりお金稼いだりしてるのよね。

 モンスターみたいな凶暴な生物もいて、それを倒して名声をえようとする人たちもいる。


 ちなみにお金の単位はゴードルって言うんだけど、現実の貨幣は存在しないよ。

 どういうこと? って思うかもしれないけど、買い物はすべてキャッシュレス!

 想像と違って先進的過ぎでびっくりした?

 昔はコインを使ってたんだけど、お金持ちになるとあまりに重くて動けなくなったりしてさ。

 不便だから大型アップデートで無くしちゃったんだ」


 ずいぶん思い切ったことをしたわりに気楽に話しているけど、大金が消滅した人たちはどんな気分だったんだろう。財産自体がわからなくても、実在したものが無くなったらガッカリしないのだろうか。


「それが四十年くらい前だったかな。

 地球でコンピューターゲームが出来て、能力も財産も全部数値で出来ているわけじゃない?

 見た瞬間これだ! と思ったわけよ、無の神が、だけど。

 それから数年かけて人類の能力数値化と可視化を進めたわけさ、無の神が。

 もちろん価値観とか新しいシステムへの適応とかも同時にやったから混乱は無かったけどね」


「記憶操作ですか?

 またそうやって生命をもてあそぶようなことを……」


「いやいや、やらなかったら世界中で大混乱するし、伝聞で伝えるのも限度があるじゃない?

 とにかく大荷物を持ち歩く必要が無くなって、野外での安全性がグッと増したわけよ。

 荷物を守るのも楽になったから泥棒や強盗も減ったんだよ?


 そうそう、その時一緒に実装したのが個人用の不思議なポケットとスマメなの。

 ミーヤにも腰の辺りに小さなバッグみたいなのがくっついてるでしょ?

 そこには大体なんでも入るし、重さの制限もないんだよ、凄くない?

 だから何か手に入れたら片っ端から入れていけば安全に持ち歩いて保管できるってわけ。

 中には百個までのアイテムが重量無制限で入るんだけど、いっぱいになることもあるでしょ?


 そうしたらサブバッグというのが使えるようになってもう百アイテム持てるよ。

 でもこっちは重量制限があって100ポンまでしか持てないことにしてある。

 あ、ポンっていうのは重さの単位で、どんなものでも最低重量は1ポンだからね。

 大体リンゴ一個で1ポンなんだけど、鳥の羽一枚でも1ポンってことよ?」


 ミーヤは話を聞きながらポケットへ手を入れて中を探ってみた。するといくら手を動かしても何もない。そう、バッグの裏地すら存在しないのだった。アイデア的にいろいろまずい気がしないでもないけど、これは確かにスゴイ機能かもしれない。


「もうひとつのスマメって言うのはステータス&マネー&メッセージ、略してスマメね。

 手のひらを上に向けて『スマメ』って言えば出てくるから試してみて。

 これがまた超便利なものなんだから」


『スマメ』


 ミーヤは促されるままにつぶやいた。すると手のひらにスマホ状の物体が現れたではないか! いったいどういう仕組みなのかとの疑問が頭をよぎったけど、きっと神の力だなと思い考えるのをやめた。


「最初に表示されるのがステータス、さっき見たやつと同じだね。

 画面をスライドするとメッセージ画面になって誰かとメッセージのやり取りができるよ。

 送受信はお互いのスマメを触れさせて登録を同意した者同士だけ。

 通話はできないけど大抵の用事はこれで済ませられるはず。


 次がキャッシュレス決済の画面で、残金が表示されているでしょ?多分1000ゴードル。

 それと金額入力してからスマメ同士をつけると相手に送金されるから、買い物はそれを使うんだよ。

 

 次の画面は移動先、さっき説明した瞬間移動の移動先にできる場所の一覧が表示されるよ。

 今のところ移動できるのは世界各地にある神柱だけで、移動先は任意で指定できる。

 ほかにもログ確認とか日時表示とかあるし、ヘルプもあるから暇なとき見ておいて損はないよ」


「なんか想像していたよりもはるかに現代的というか、先進的?

 こんな便利にしちゃっていいんですか?」


「人類が堕落してしまうような便利さは無いと思うよ?

 どちらかというと生きる助けになるように考えてるつもりだからね、こう見えても。

 そう言えば時間の概念は地球と同じで二十四時間三百六十五日だけど閏年は無し。

 空には太陽と月もあるけど、その他の天体はダミーで、キレイだけどただの背景なんだよね」


「じゃあ星空は一年中動かないんですね。

 特に困りそうにはないけど。

 四季はあるんですか?」


「多少の気温差はあるけど冬は無いね。

 冬の厳しさを乗り切るには、今よりもはるかに多くの人が死んで生まれる世界が必要だから。

 

 そうだ、重要なこと忘れてたんだけど、この異世界には低年齢の子供がいないんだ。

 平和的解決が基本な世の中とは言っても盗賊は存在するし、暴力的な人もいるわけ。

 だから子供を殺すことができる世界にはしたくなくて、子供の概念を作らなかったんだよね。

 便宜上とは言え自分たちでゲームって呼んでるくらいだからコンプライアンス順守? みたいな。


 それと関連するんだけど、全ての動物に生殖繁殖は存在しない。

 ミーヤは生殖行動したことあるんだっけ?

 まああってもなくてもいいんだけど、とにかく生殖行動をして子孫を残すって概念は存在しないの」


 なんというか…… 回答に困るようなことは聞かないでほしいとこれほど思ったことは無い。この先誰に聞かれようとも答えるつもりはないし、そんなことは自分だけ知っていれば良いことのはずだ。


「なんで生殖繁殖がないのかというと、人口コントロールのためと欲求の抑制のため。

 必要以上に人が多くなれば養うための資源が必要になるし、住む場所も必要になるでしょ?

 その行きつく先、解決方法は、わかると思うけど、大きな争いだけだね。


 だから人類同士の生殖ではなく、農業や漁業、林業等の生産で特殊なアイテムを得る。

 まあ超強いモンスターを倒しても出なくはないけど、そのアイテム自体が子供になるって仕組み。

 ちなみに十五歳で産まれ、最初からそれなりの知能を持ってて、親子って概念もあるよ。

 この辺りは追々知っていけばいいけど、生殖繁殖がないことくらいは覚えておいたらいいかもね。

 

 ちなみにもしかして気になるかもしれないから補足しておくけど、恋愛自体は存在するよ?

 異性愛も同性愛もあるし、中には自己愛者だっている。

 もちろん生殖行動も可能だから興味があるなら遠慮せずに行動していいんだからね」


 そんなことしないわ! と心の中で叫んでおく。今や獣人になって全身に毛が生えているからわからないが、身体が熱を帯びているような気がする。多分顔の皮膚は紅潮しているのだろう。


「そう言えば使命みたいなものは無いって言ってましたけど、じゃあ何すればいいんですか?

 他の転生者は何をして暮らしているんでしょう」


「だから何してもいいんだよ?

 ミーヤが楽しいと思うことならなんでもね。

 死ぬことは無いから危険なことに挑戦してもいいし、毎日ごろごろしててもいい。

 汗水たらして働いてもいいし、彼氏とイチャイチャするのも自由。

 逆に言うと主体性がないとすぐに飽きちゃうかもしれないね」


「主体性ですか……

 あまり得意じゃないかもしれないなあ」


「そんな深く考えなくても平気だよ。

 最初に送り届けるところには人が住んでるわけだし、困ったら相談したらいいさ。

 ちょっと田舎だけど、私に対して信心深くていい人ばかりだから、きっと力になってくれるよ。

 かといって甘え過ぎて自堕落な生活をしていたら、そのうちそっぽ向かれるかもしれないけどー


 まずはその村で出来ることを探すのがいいんじゃないかな。

 しばらくすれば異世界自体に慣れてきて、自分がやりたいことを見つけられるかもしれないしね。

 たとえば猫を飼ってのんびり暮らす、それでいいんだよ。

 そのために自分とペットの食い扶持は稼がないといけないとか、自分の家が欲しいとか出てくるさ。

 

 ああ、あと他の転生者のことはね、正直言うと知らない。

 それぞれの神は自分の担当している子のことは知ってるはずだけど。

 自分の抱えてる神人について、各々詳しい話をしないのが暗黙のルールみたいなとこがあるかな」


 その他わからないことがあったらスマメのヘルプを見るように、それでもわからないことがあったら女神へコールすることもできるから、安心して楽しんできてと言われた。


「それじゃそろそろ送っていくね。

 いってらっしゃいミーヤ、第二の人生をどうか楽しんで!」


 豊穣の女神がミーヤへ声をかけると視界が白く輝き始めた。なんだかんだ言っても世話になった女神へはちゃんとお礼を言っておこう。


「豊穣の女神さま、ありがとうございました!

 私、この世界でたくさん楽しみたい!

 本当にありがとうございましたー!!」


 叫んでは見たものの、声が届いたかどうかはわからない。すべての言葉を言い終わらないうちに女神は見えなくなっていたからだ。


 段々と意識が遠くなる。視界が白くなっているのか、それとも自分自身が白くなって消えていっているのか、それすらもわからないうちに意識は遠くなっていった。

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『これが神々による異世界創造ゲーム!?:序章』~秋葉原で出会った狐耳メイドな女神に口説かれ異世界へ転生し第二の人生を得たケモミミ少女の前日譚~ 釈 余白 @syakunarou

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