異世界不安だしぃ☆
SHIGRY
第1話 基本的に最初は死ぬ
最近、異世界に転生する小説が流行っているそうなので、駅前の本屋に来てみた。
ライトノベルコーナーに立ち寄ってみると、確かに、多くの作品が賑やかに、所狭しと並んでおり、大きなスペースを確保している。平積みされている文庫の表紙は、勇ましげな戦士が巨大な鎌を掲げて格好良いポーズを取っている。
——しかし、なんで鎌?
あー全然分からねぇ、どれが面白いやつなんだ? どれもこれもタイトルが長過ぎる。寿限無寿限無じゃねぇんだから、いや、そんなには長くないが、長いは長い。それとなく超長い。
例えば『転生したら破産寸前の武器屋だったので立て直しに躍起になっていたらいつの間にか王様に認められて王国一の立場になり、勇者が魔王を倒した剣を購入した時から商売ウハウハで世界展開』とか『無限ダンジョンの深層で目覚めた俺は、煉獄級モンスターと渡り合いながらサバイバルをしつつ天下無双の実力を身に付けながら遥かなる地上を目指す!』とか『猫耳少女とウサ耳少女が二大魔王になり東西征服する世界に転生した俺はどっちつかずの勇者を演じつつ山奥でスローライフをよろしくやっていたところ、どちらも乗り込んできていつの間にか始まる同棲生活!? 世界の行く末が掛かってるとか責任云々言われても、もう遅い。』とか、よく読めば内容が分かりやすいのかも知れないが、長ぇーとにかく長ぇーよ!
いくつか本を物色しつつも、前後不覚に陥った俺は、その三冊を持ってレジカウンターへ向かった。待ち列に並びながらしげしげと表紙を眺めるが、タイトルが長い割に本のデザインは白色が基調でシンプルなんだよな。これにも何か理由があるのか?
「次のお客様どうぞ〜」
呼ばれてカウンター前まで行く。女性店員が俺の差し出した文庫本を手際良くスキャンしていく。
「カバーはお付けしますか?」
「んー、カバーか」
どうだろう。全部に同じカバーを付けてしまうと、どれがどの本か分からなくなってしまうんじゃないか? どれも厚みが近い。出版社も同じだ。カバーがただの目隠しになってしまう。それは困るな——ここまでの思考、約2秒。
店員はたった2秒しか経ってないのに、返答をしない俺の顔を睨んでくる。厳しいなあ、と思いながら俺は軽く会釈しつつ、カバーは不要だと伝えようと口を開こうとしたところ……。
「あれ? ピータンじゃん」
その店員の言葉に俺は絶句、声が喉から出てこなかった。ピータンとはアヒルの熟成させた卵のことではなく、勿論、俺のあだ名である。
よくよく相手を見てみると、眼鏡を掛けていたので分からなかったが、高校の時の同級生、
「ピータン、こういう本読むんだ」
彼女の薄い唇の口角が少し持ち上げられたように感じた。
つまり、笑顔。
眼鏡以外は以前と変わらぬ印象を抱いた。後ろで一つにまとめられた長い髪、意思の強そうな眉、くりっとした大きな瞳、嫌みでないくらいに高い鼻、身長が170cm程度あり、俺よりも少し高い。
「こういう本を読みますが何か?」
俺はそう返答する。本当は読んだことは無いが。
「別に誰が何を読んでもいいんだけどさ。私は本屋だし。それよりピータンが本を読むってことが意外だから驚いたんだよ。えーと、猫耳少女とウサ耳少女が——」
「分かった分かった! カバーはいらないから会計してくれ!」
「はい、ところで仕事は?」
痛い所を突いてくる。昼間だから気になって聞いてきたのだろうが、もう少し気を遣って欲しい。
「昨日、辞めたよ。向いてなかったんだ」
「ええ、勿体ない。同級生の中では一番のところだと思ったのに」
それでなんで昼間から本屋でライトノベルを買っているのか、と連想しているはずだが、それには深いわけがある……。
「ピータンならまた良いところに転職出来るよ」
悪戯っぽい笑みのまま、彼女はささっと会計を済ませて袋に入れた商品を俺に渡して来た。俺も素早くそれを受け取りレジから離れる。
「猫耳少女とウサ耳少女、私も読んだけど面白いよ」
その声に反応して、改めて彼女の方を見ると、両手の人差し指を立ててこちらに向けていた。調子の良いポーズ、そして相変わらずの笑顔だった。営業スマイルは得意のようだが、人を指差してはいけないことは知らないらしい。
俺は彼女に軽く手を振ってから、店を出た。
——交差点の信号待ちをしている際に、早速、袋から本を取り出して捲ってみた。勿論、開いたのは猫耳うんたらかんたらだ。
物語の冒頭、主人公の
基本的に、転生するパターンとしては事故死が多い。あとは、通り魔に刺されたり、自殺をしたり、災害に巻き込まれたり。とにかく死ななければ、その世界にはいけない。きっと、異世界転生装置とかで移動してしまうと、元の世界に戻れる可能性が出てきてしまうから、不可逆性を鑑みての設定なのだろうなと分かるのだけど、どっちにせよ死ぬのは嫌だよなぁ……。
——その瞬間、俺は不意に風を感じ、大きな何かにぶつかった。耳をつんざく破壊音が、悲鳴が、それから身体が浮いていることに気が付いたが、すぐにまた別の何かにぶつかり痛みが全身を駆け巡って、首も動かせないことに気が付いた。
誰かが駆け寄って来る気がするが、視界がぼやけて見えない。その頃には、俺は何かしらの事故に遭遇したことに思い当たった。しかしそれが何なのか。考えても無駄であることを悟った時には既に気が遠くなって来ていた。
「あ、これは死んだな」
声が出せたかどうかは分からない。それが、俺が認識する俺の人生の最期の言葉になった。
異世界不安だしぃ☆ SHIGRY @SHIGRY
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