きみがすき。でも、告白はできない。

MURASAKI

一話完結

 私には、好きな人が居る。

 多分、この世で好きになってはいけない相手だと思う。


 同じクラスの中村歩は誰からも好かれるような、所謂いわゆる「陽キャ」だ。クラスの中でも「オール平凡」の私とは全く正反対で人気がある。私が知っているだけでもクラスの中で三人、学年で言えば少なくとも二十人くらいが歩のことを狙っているらしい。


 他の誰よりも普通で目立たない地味な「モブ」の私にも歩は優しい。毎日挨拶をしてくれるし、目が合えば微笑んでくれる。私だけに向けられた笑顔を見ると、紅潮する顔を見られたくなくていつも誤魔化しの愛想笑いを浮かべ下を向いてしまう自分が嫌になる。


 放課後。

 クラスメイトがもう居ない教室の窓を閉めようと手をかけ、そんなつもりはなかったのにうっかり校庭に視線を移した。

 陸上部の歩が走る姿がそこにはある。

 

 目が離せない。


 フォームはいつも通りとても綺麗で、まるで走るお手本のようだ。遠目からでも歩だと分かる。


「告白、できたらなぁ」


 窓のさんに肘をかけ、思わずため息をつく。季節は間もなく冬だ。もう夕方になると、吐く息が白く形を見せて消えてゆく。まるで儚い恋のようだ。

 そんなことを考えている自分に気が付いて、またちょっと自己嫌悪に陥った。


 もう帰ろうと、窓を閉めカバンを取り教室のドアに手をかける。


「おう! お前も帰るのか? 一緒に帰ろうぜ」


 そこには歩が居た。さっきまでグラウンドを走っていたはずの歩は、まだジャージ姿のままだ。


「え……? でも、部活は?」


「ああ、いいんだ。今、終わったとこ」


 嘘なのか本当なのか、歩はまぶしい笑顔を私に見せる。


「しょうがないなあ。待っててあげるから、着替えてきなよ」


 そう答えるのが今の私にできる精一杯。


 私には、好きな人が居る。

 多分、この世で好きになってはいけない相手だと思う。

 陰キャで、人とうまく付き合えない私。同性愛なんてよくわからないけど、歩と私は同性だ。


 私は笑顔の下で自分の気持ちに蓋をする。

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きみがすき。でも、告白はできない。 MURASAKI @Mura_saki

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