第4話 巫女の付き添い


「もうそろそろ説明してくれないか。何が何だか分からなくて頭がおかしくなりそうだ」


 とんとん拍子に進んでいる話にハクハツは完全に置いていかれてた。

 確かに、この仕事を引き受けたのはハクハツだ。不穏な気配を感じた時点で断ることもできたはずだし、早く異変に気づけば引き返すことはできたはずだ。


 危険と報酬を天秤にかけた上で選択したのなら、この出来事は自業自得で因果応報。口をはさむ余地はない。

 でも、あのような危険生物がいる可能性を知ったうえで隠していたのはクロだ、クライアントに説明責任を求めることくらいは許されるのではないだろうか。


「あー、説明、説明ね。どうしようか。」

「……………」


 クロの歯切れが悪い。彼女に何かの事情があるのは分かっている。これ以上問い詰める訳にもいかないので無言で続きを促す。

 途端にブツブツと喋り出す。


「えっと。一応、このことは企業秘密ってやつで、『余人に話すことは厳命する』!!っていわれてるんだよなぁ。ここまで首突っ込んだら無関係ってわけにもいかないし、エフェクト持ちだし、話す方がいいんだけど。でも話したら、ただじゃすまないだろうしなぁ、いやそれは今も一緒か。近くにいてもらった方がいいかなぁ、その方がなにかと楽だし」


 ひとしきり弁明のような、独り言のようなことをつぶやいた後「うーん」とうなったあと、得心が言ったように手を叩いたのち、いかにも大仰にこういった。


「ねえ、ハクハツ。君、私の助手になりなさい」

「……なんでそうなった」


 長考の末に、とんでもなく話が飛躍した結論が導き出されたようだ。


「凄く長い話になるよ。突拍子もない。私の話は信じる?」

「誰の話だから信じる、っていうのはしないことにしてる。でも話を遮ることはしないと約束する。最後まで聞いてから、信じるに足るかどうか決める、不満?」


 問いかけた後、よくぞ言ったと少女が笑う

 「十分」と答えたあと、深い呼吸のあと話し始めた。



「君が先に体験した一連の出来事は、かつて人々に恐れられ、信仰された存在。妖怪、怪異、あるいは神と崇められたものどもによるもの。昔々、様々な手段と犠牲の果てに治められた存在。 それもいま、宗教として形を残すのみに留まり、時代の流れにより忘れ去られつつある。ハクハツも見たでしょう?遺物は観光資源と考古学的価値によって量られ、戒律は自由の名のもとに淘汰されつつある。」


 そこまで言って、クロは一度言葉を止めた。

 こちらを見つめるので頷くと「しかし」といった。


 「でも、忘れさられても、忘れられた側は雌伏の時を過ごし、その牙を研いでいる。一度でも、その脅威が衆目に晒されればどうなると思う?人々が恐怖を思い出すとき、風聞は乱れ、人心は離反し、世界は恐慌を起こすことになる。私は、そのようなことが起こる前に、人々の目に触れることなく、対処することを目的に派遣された。でも、事態は私たちの想定より、ずっと、早く進行している。 _____このままでは間に合わない。」


 そこまで話すとクロは、息を吸った。

 距離を詰め、ハクハツに近づきその手を握る。


 そうすると、また周りに鱗粉のようなものが現れた。

 歩くときは波線に、ジャンプするときは渦巻模様になっていたそれは、いま四角い塊のようになって浮遊している。


「君の周りにある鱗粉のようなもの___エフェクトは”視覚効果の怪物”が起こした事態の収束を握る鍵になる。それを身に宿す君がこれから先、必要になる。だから、傍で私の手助けをしてほしい。」



 どうかな、と。クロが尋ねる姿に、彼女と出会った時の記憶が重なった。


 まあ、なんとなく察していた話ではあった。ここが不思議な場所で、あの異形が危険な存在で、少女がそれを何とかしようとしている。



 そこまでは、いわれてようやく腑に落ちた。



 しかし、ハクハツがそれを手伝うというのは、身の丈に合わない気がした。


 助けてもらった恩義はあった、でもそれだけで頷くのは高尚すぎると思った。

 自分らしくあるべきだと、それ相応であるべきだと。対等であるべきだと思った。


 故にこう言った。


「高くつくぞ」


 うん、これが一番”それらしい”

 クロが満面の笑みと共に、どんと胸を張った。


「まかせなさい!目が飛び出るぐらい色を付けてあげる!」

「まかされた、どこでもいこう」


 毒を食らわば皿までという気分でいこう。

 まだ”視覚効果の怪物”は何処かで跋扈しており、それで苦労することになるのだから。


 立ち向かうことはしない。ただ、引き返さない。

 ハクハツはそう意気込んだ。

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視覚効果の怪物 紺珠 @kanzyu

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