第4話 ラナルタの見た夢

 ラナたちが展望台に辿り着くと、いつものように老人が絵を描いていた。老人は絵を描く手を止め、立ち上がる。


 「待っていたよ」


 「ねぇ、おじいさん。なんだか街の様子がおかしいの」


 老人は目を閉じ、ヒゲを手で触りながら何かを考えているようだった。


 「レイラも元気がないし……ここに来れば元気になると思ったんだけど……」


 老人が目を開け、うつむいたままのレイラを心配そうに見るラナに視線を向けるとまるで祖父のような親愛を含んだ優しい声で言う。


 「絵が完成したから見ていきなさい」


 「えっ、本当? ねぇやっと完成したんだって、見てみようよレイラ」


 「うん、そうだね……」


 いつもと同じように、いつもと変わらぬように笑ってみせるラナ。そんな笑顔にレイラもようやく顔を上げていつものように儚い笑みで答える。二人は強く手を握り合い、そして前に進む。

 

 そこにはラナルタが描かれていた。二人の知るいつもの街だ。今のように変貌へんぼうしたラナルタではない。ただ、決定的に本当のラナルタとは違う所が一つあった。それは絵の中心に描かれた時計塔だ。その時計盤に存在しない時計の針があった。


 「……どうして」


 ラナは絶句した。絵の時計塔に針が描かれていたからではない。キャンバスの向こう側に存在する本物の時計塔。その時計盤に針が現れていたからだ。時計の針は6時付近を指し示している。


 「終わりの……いや、目覚めの時が来たのだ。キミにもよく分かっているだろう? レイラちゃん……魔王の娘よ」


 老人の言葉にラナは驚き、レイラは口を堅く結び、体を震わせながら拳を強く握った。ラナはレイラと老人に交互に視線を向けてどうしたらいいか分からず困惑していたが、やがて決意したように口を開いた。


 「レイラが魔王の娘……? どういう意味?」


 「それは……」


 「いいよ、おじいさん。私がちゃんと話さないと……」


 言いよどむ老人の代わりにレイラがハッキリとした口調で言う。陽の光か月の光、どちらの仕業か分からないが涙に濡れた頬が小さな星屑のようにきらめいている。


 「ラナにも、みんなにもずっと嘘付いてた。私は人間じゃない。私は人間に害を成す魔王のその娘……」

 

 「レイラ……」


 レイラは泣きそうだった。彼女の痛みが、悲しみがラナに伝わって来た。けれども彼女に向ける言葉が見つからないのが歯がゆくて堪らなかった。

 レイラは時々苦しそうに言葉を詰まらせ、それでも全てをラナに伝える為に言葉をつむぐ。


 「寂しかった、私はずっと1人で寂しかった。友達が欲しかった……人間と仲良くしたかった。だから私はお父さんが……魔王が滅ぼした街を私の魔力でもとに戻した。死んでしまった人の魂を街に縛り付けて……ずっとみんなで楽しく暮らしていける街を創った」


 空がしらんでいく、不思議な魔法は解けようとしていた。


 「だけど私の魔力では維持するのがもう限界で……みんな消えちゃう……ごめん、ごめんね、ラナ。私なんかに無理やり友達ごっこさせちゃって……ごめんね……」


 レイラの瞳からポロポロと宝石のような涙がこぼれる。そんな宝石のようなしずくをラナはその手でぬぐい、太陽のような明るい笑みを浮かべてレイラの顔を覗き込む。


 「ごっこなんかじゃないよレイラ。私とレイラが過ごしてきた今までのことは本物。街のみんなと作って来た思い出は本物だよ」


 涙に視界がにじみながらもレイラは一生懸命に親友の、ラナの顔を見ようとした。しかしレイラが強くそれを望むほど涙が零れてきてしまう。そんな涙を何度でも何度でもラナは拭った。


 「ラナ……」


 「それにもしレイラがこの街を創ってくれなかったら私たちはこんな楽しい日々を過ごすことなんて出来なかったってことでしょ? だったらレイラを恨む理由なんてないよ。むしろかけがえのない思い出をくれたことにお礼をしないといけないね」


 「……私も最初は1人でやってるおままごとみたいでなんだかむなしかった。でも、たとえこの街が仮初かりそめの夢だったとしてもそこにいたラナやみんなは本物で……初めて友達ができて本当に嬉しかった……ラナが居てくれたから私は……」


 レイラを言葉を詰まらせた。友人の姿がけて揺らぎ出していたからだ。街はそのほとんどが廃墟へと姿を戻し、空の不思議な魔法の色は既に夢から醒めた夜明けの色になっていた。

 街の住人たちはそれぞれ思い思いの時間を過ごし、1人また1人と姿を消していく。あの小さな黒い影は哀しそうにそれを見送ると自分自身もその姿を消していった。その黒い影は街を覆っていたレイラの魔力の残照だったのだ。


 「やだ……嫌だよラナ! まだ一緒に居たい! ずっと遊んでいたい……」


  「レイラ、私もだよ。……だけど、永遠なんてないんだよ。夢はいつか醒めるんだ」


 「ラナ……」

 

 レイラがすがるようにラナに向かって手を伸ばすと、ラナはその手を優しく握った。


 「でも夢は何度でも見る事ができるんだ。ねぇ、いつか夢ついて聞いたことあったよね」


 「うん。でも結局、ラナは教えてくれなかったじゃん」


 「それはごめん。……私の夢はね、レイラの夢を叶える手伝いをすることだったんだ」


 ラナの体がまるで砂が散っていくようにその形を失っていく。


 「ラナ……」


 「レイラはさ、人間と友達になりたいって夢を叶えてよ。また私にしてくれたようにその子と仲良くしてあげて」


 「ラナ……!」


 「この街が消えても……私が消えてもきっとずっとレイラの傍にいるからさ……」


 「ラナ……! ラナ……ッ!!」


 手を握り合う二人。レイラだけでなくラナも涙に濡れていた。それは悲しみの涙ではない。絶望の涙でもない。それは只々ただただ、友を想う涙だった。


 「約束するよラナ……! 私はきっと、この夢を見続ける! いつかまたきっと……!」


 「うん……うん……!」


 「きっとみんなが幸せに過ごせるようにしてみせるよ! だから私の事、見守ってて……!」


 「当たり前じゃん! ずっといつだって見ててあげるんだから!」


 「だから今は……今だけはさよならを言うよ……また、いつかその日が来るまで……」


 二人は涙を拭い、笑顔で握り合った手をもう一度強く握り、そしてその手がすり抜ける。


 「「バイバイ! また今後!」」


 二人の声が重なり合う。その瞬間、二人の視界は真っ白に塗りつぶされた。




 レイラはいつの間にか閉じていた目を開ける。そこはいつもの展望台だ。大きな海が見える。

 しかし、もうラナルタは無かった。あるのは瓦礫の山と辛うじて面影を残している時計塔の残骸だけだった。

 

 朝と夜が交じる街 生と死が交じった街は終わりを迎えた。


 レイラはラナルタの残照を見つめていた。しかしふと、展望台にあの絵が残っていることに気が付いた。その絵の中にはありし日のラナルタの姿が残っていた。ふと、聞き覚えのある声が聞こえる。


 「やはり、名残惜しいね」


 絵描きの老人だ。彼はヒゲを触りながら寂しさをはらんだ目で廃墟を見つめていたかと思うと、レイラに優しい眼差しを向けた。


 「……ねぇ、おじいさんは何者なの?」


 「ふむ、魔法使いとだけ言っておこうか。役目があってここに来ていたのだが……」


 「それって私の監視?」


 老人はバレたかと言わんばかりにカカカッと笑う。


 「そうだったんだが、ずっとこの街を見ていたら愛着が湧いてしまってな。……きっとラナルタの住民たちは心のどこかで自分たちが既に死んでいることには気が付いていたんだろう。だが、この街での幸せな暮らしの中で気に留めなくなっていったんだろうね」


 老人の手がレイラの頭を撫で、レイラは老人の服をすそをそっと指で掴む。


 「みんなは本当に幸せだったろうね。仮初かりそめとはいえ、こんな良い街で楽しく過ごせていたのだから。これも全部、キミの優しさがあってこそだ。……キミはこれからどうするつもりだい?」


 老人の言葉にレイラは深呼吸をして目を閉じる。そして次に目を開けた時にはラナルタがあったその場所を見つめたまま、力強く老人に答えた。


 「私はみんなが幸せに過ごせる世界を創るよ。ラナとの約束だもん。絶対にその夢を叶えて見せる。ラナに良い所を見せてあげなきゃ」


 「そりゃ、いい夢だ」


 「うん……」


 レイラは拳を強く握り、しらんだ空を仰ぐ。


 「見ててね……ラナ!」


 しらんだ空に色が戻ってくる。地平線から太陽が生まれてくるのが見えた。

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朝と夜の交じる街 ラナルタ 八雲 鏡華 @kaimeido

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