第3話 夜明けの街 ラナルタ

 二人は広場に辿たどり着く。いつものように、いつもの人々が賑やかに過ごしている筈のその場所に。

 そんなラナの期待を裏切るように広場の様子はいつもとは違っていた。見て分かる程に住民たちの人数が少なかった。屋台などの出店もパズルのピースが抜け落ちたかのように閑散かんさんとしていた。


 変貌へんぼうした広場の中をやはりちらほらと立っている影たちに見つめられながら二人は進んでいく。すると、そこにいつもと変わらない人物が居た。

 パントマイム師のパントだ。彼はいつもと同じように空気椅子に腰かけて存在しない本を読んでいた。それがなんだかラナには嬉しく感じられた。


「やぁ、パントさん! 今日も精が出るね」


 声を掛けても当然返事は帰ってこない。やはり、彼は人間ではなくただの置物だったのかもしれない。けれどラナにはそれでも十分だった。彼が何者であろうが、彼のおかげでいつもと変わらない日常を感じることができたからだ。


 更に進むといつも大繁盛だいはんじょうの酒場に辿り着く。オープンテラスが人気の店だ。そこも人の姿は少なくなっていたがそれでも他の場所に比べるとまだ賑やかだった。そこを通り過ぎようとすると、そのテラス席から誰かが声を掛けてきた。


 「ラナちゃんとレイラちゃんじゃないか。ちょっと今いいかい?」


 「げっ、アルコさん……」


 声を掛けてきた相手を見て、ラナは顔を引きつらせる。その相手が有名な飲んだくれアルコだったからだ。彼はいつも酔っ払って誰それ構わずくだを巻いている。ラナも何回か彼によって意味の分からない話を長々と聞かされたことがあった。


 「そんな嫌そうにしないでくれよ。迷惑を掛けてすまんかったね。もっともその時の事は覚えていないんだが……ともかく、今日は酔っていないから安心しなさい」


 いつもの彼は呂律ろれつが回っておらず、顔も赤くさせているのだが今日はそんな様子はない。本当に酔っていないようだった。安堵あんどの息を漏らしたラナはレイラと手を握ったままアルコに近づいていく。

 アルコはラナの顔を見て、疲れたような表情をわずかに優しい微笑みに変化させラナとレイラの頭を交互に撫でた。


 「俺には二人と同じぐらいの娘が居てな。とっくの前に妻ともども出て行ってしまったんだが……俺が酒に溺れないでもっと甲斐性があったらまだ一緒に居られたんだろうか」


 「落ち込まないでアルコさん。お酒ばっかり飲んでいろんなこと忘れてたのに家族のことは忘れてなかったんでしょう? アルコさんの家族への想いはきっと本物なんだからきっとそのうち会えるよ」


 ラナは自分が彼に感じたことを素直に伝えた。アルコはどこか恥ずかしそうに視線を泳がせポリポリと頭をいた。


 「ラナちゃん、ありがとな。なんだかおじさん元気になってきたよ」


 「そうだそうだ、アルコさんがしょぼくれてるとなんだか調子が狂うぜ」


 「飲んだくれられても迷惑だが大人しくされたらされたでなんか気味悪いな、ほら、飲め飲め」


 酒場にいた他の住人たちがアルコの居る席に集まってきて彼のテーブルに泡立つ黄金色のビールが注がれたジャッキを置く。アルコは困ったように笑い、再びラナとレイラに顔を向け微笑んだ。


 「あっはっはっ、悩んだところで俺にできることはもうあいつらの幸せを願うことぐらいだからな。酒を飲まない俺は俺じゃない。まぁ、できるだけ迷惑を掛けないようには努力するがね……さて、お嬢さん達。呼び止めてしまって悪かったね」


 「アルコさんが元気になってくれてよかったよ、じゃあまたね!」


 ラナはアルコたちに手を振って再び展望台を目指す。


 住人達とすれ違うたびにラナは、住人達がみんなどこか物思いにふけっているように感じられた。それぞれが今日に思いをはせている、そんな雰囲気だ。そんな中、子供たちはいつもと変わらず無邪気に遊びまわっているのが今ではむしろ異質に見えた。

 

 広場を抜け、展望台に上がっていく坂道を登っていく。その時、後ろから歌が聞こえた。その歌声にラナは覚えがある。ラナルタの歌姫、ミュジーだ。

 振り返れば広場のステージでミュジーが歌っているのが見えた。いつもは満員の客席も今はまばらだ。ここから見える影たちはまるで観客1人1人に寄り添っているようにも、歌に聞き入っているようにも見えた。

 

 しかしラナはそれよりももっと重大な異変に気が付いた。それはここから見える街……全体を見渡せる訳ではなかったが、それでも街の異変には十分気が付けた。なぜなら街の建物の多くが廃墟となっていたからだ。人が住んでいる筈の建物が、人の生活を否定するように朽ち果てている。

 

 ラナはその光景を目の当たりして息を飲んだ。レイラの様子を伺ってみても俯いたままで何も言わない。ラナは急ぎ足で展望台で向かうことにした。

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