俺は俺だ。弁天ヶ浜璃人ベンタンガハマ アキヒトだ。


 かろうじて保たれた意識の中で、俺はその中の無意識を信じた。

 リュックの奥に手を伸ばす。絶対に失くさない、かつすぐに手に取れる隠しポケット。その中にある、貰い物のヘアピンを手に取り、前髪を上げる。

 ボサボサの黒髪を持ち上げ支える、水色のヘアピン。

 これが俺の……だ。

「よく耐えた!」

 立ち上がった俺の腹に、先生が腕を。"ゲート" を開いてねじ込まれたそれは、俺の腹部に陣取っていたを掴み、引っ張り出す。

 俺はうめき声をあげ、その場に膝をついた。先生が肉塊を握りつぶすのを横目で捉え、続いて化け物に目を向ける。

 狼狽?

 なんだっていい。連中に目にもの見せてやるチャンスだ。

 一瞬遅れて動き出した化け物が、再び先生を拘束する。だが――ライターはすでに受け取っている。

 彼女の足元に投げ出されたライターを拾い上げ、俺は肉塊に火をつける。

 燃焼反応。

 ……いや、これは違う気がする。

 火がついた肉塊は、ぶくぶくと泡を立てながら凍りついていく。表面温度は今も上がっているはずなのに、肉塊には霜がついている。この世の理を超えた現象に、俺は言葉を失っていた。

「あんまりジロジロ眺めるな」

 振り返ると、拘束を振り払った先生が腕をぐるぐると回していた。

 その後ろでは、白化した化け物が灰のように散っていく。まるで、燃え尽きるかのように。



 観光客達は、この村に入ってからの記憶を失っていた。


 無論、お互いを親しく呼び合っていた名前など知らず、赤の他人同士のように、積極的に干渉せず、それぞれ家路についていく。

 気づけば門は消えていた。蟻の死骸は一つも転がっていなかったが、季節外れの藪蚊が一匹飛び込んできた。

「結局なんだったんだろうな~、この村」

「さあな。なんもかんもわからずじまいだ」

 河川敷で話し込んでいると、追加調査を終えた先生がため息をつきながらやってくる。何か嫌なことでもあったのだろうか。

「あ~あ、遂に廃車になってしまった」

 ミサを撃退するために突撃した彼女の軽自動車は、そのまま二度と動かなくなってしまったらしい。弁償を提案したが、生徒から高価なものは受け取れないと断られてしまった。

「申し訳なく思うなら、帰り道乗せてくれよ」

 当然だ。殺しても死なないような相手とはいえ、女性を一人でこんなところに放り出しておくわけにはいかない。 

「いいですよ」

「すまんな。世話になる」

「オタクくん太っ腹~。あ、俺も乗せてくれるよね?」

「……仕方がない」

 こいつが居なけりゃなあ。

 と、誰かに肩を叩かれた。居残り組でも居たのだろうか?

 振り返るも、そこには誰も居ない。

「どうした?」

「いや……なんでもないです」

「オタクくんもオバケに憑かれたんじゃないの~?」

「お前みたいなのと一緒にするなよ」

 幼馴染が俺の肩をバンバンと叩き、背中を思い切り蹴り上げた。

「いって!? なにすんだよ!?」

「え、あ、そんな? いや、ごめん……」

 キョトンとして、軽く頭を下げるバカ。そのやり取りを見て、先生は怪訝顔をしていた。

「どうしました?」

「お前……どうした? あいつはそんなに強く叩いてなかったと思うが」

「いや、思いっきり蹴り上げたじゃないですか」

 すると彼女もまた、キョトンとして首を傾げた。

「そんなことしてなかったぞ?」

「え?」

 振り返り、周囲を見渡す。俺達以外は誰も居ないし、車ももう残っていない。無論、人が隠れて残っているような様子もなかった。

 気のせいだろうか? それにしては、あまりにも強い刺激な気もするが。

 俺は再度辺りを見回し、誰も居ないことを確認する。それから愛車に向き直り、スマートキーで鍵を開ける。気の抜けた効果音と共に、車の鍵が開く。

 

 もう一度、誰かに肩を叩かれた気がした。

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ウェーイ! オタクくん見てるー? 君の幼馴染は今、彼女の実家で変な祭りに参加させられそうになってまーす! 助けて!! 抜きあざらし @azarassi

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