⑥
俺は俺だ。
かろうじて保たれた意識の中で、俺はその中の無意識を信じた。
リュックの奥に手を伸ばす。絶対に失くさない、かつすぐに手に取れる隠しポケット。その中にある、貰い物のヘアピンを手に取り、前髪を上げる。
ボサボサの黒髪を持ち上げ支える、水色のヘアピン。
これが俺の……おまもりだ。
「よく耐えた!」
立ち上がった俺の腹に、先生が腕を突っ込んだ。"ゲート" を開いてねじ込まれたそれは、俺の腹部に陣取っていた異物を掴み、引っ張り出す。
俺はうめき声をあげ、その場に膝をついた。先生が肉塊を握りつぶすのを横目で捉え、続いて化け物に目を向ける。
狼狽?
なんだっていい。連中に目にもの見せてやるチャンスだ。
一瞬遅れて動き出した化け物が、再び先生を拘束する。だが――ライターはすでに受け取っている。
彼女の足元に投げ出されたライターを拾い上げ、俺は肉塊に火をつける。
燃焼反応。
……いや、これは違う気がする。
火がついた肉塊は、ぶくぶくと泡を立てながら凍りついていく。表面温度は今も上がっているはずなのに、肉塊には霜がついている。この世の理を超えた現象に、俺は言葉を失っていた。
「あんまりジロジロ眺めるな」
振り返ると、拘束を振り払った先生が腕をぐるぐると回していた。
その後ろでは、白化した化け物が灰のように散っていく。まるで、燃え尽きるかのように。
※
観光客達は、この村に入ってからの記憶を失っていた。
無論、お互いを親しく呼び合っていた名前など知らず、赤の他人同士のように、積極的に干渉せず、それぞれ家路についていく。
気づけば門は消えていた。蟻の死骸は一つも転がっていなかったが、季節外れの藪蚊が一匹飛び込んできた。
「結局なんだったんだろうな~、この村」
「さあな。なんもかんもわからずじまいだ」
河川敷で話し込んでいると、追加調査を終えた先生がため息をつきながらやってくる。何か嫌なことでもあったのだろうか。
「あ~あ、遂に廃車になってしまった」
ミサを撃退するために突撃した彼女の軽自動車は、そのまま二度と動かなくなってしまったらしい。弁償を提案したが、生徒から高価なものは受け取れないと断られてしまった。
「申し訳なく思うなら、帰り道乗せてくれよ」
当然だ。殺しても死なないような相手とはいえ、女性を一人でこんなところに放り出しておくわけにはいかない。
「いいですよ」
「すまんな。世話になる」
「オタクくん太っ腹~。あ、俺も乗せてくれるよね?」
「……仕方がない」
こいつが居なけりゃなあ。
と、誰かに肩を叩かれた。居残り組でも居たのだろうか?
振り返るも、そこには誰も居ない。
「どうした?」
「いや……なんでもないです」
「オタクくんもオバケに憑かれたんじゃないの~?」
「お前みたいなのと一緒にするなよ」
幼馴染が俺の肩をバンバンと叩き、背中を思い切り蹴り上げた。
「いって!? なにすんだよ!?」
「え、あ、そんな? いや、ごめん……」
キョトンとして、軽く頭を下げるバカ。そのやり取りを見て、先生は怪訝顔をしていた。
「どうしました?」
「お前……どうした? あいつはそんなに強く叩いてなかったと思うが」
「いや、思いっきり蹴り上げたじゃないですか」
すると彼女もまた、キョトンとして首を傾げた。
「そんなことしてなかったぞ?」
「え?」
振り返り、周囲を見渡す。俺達以外は誰も居ないし、車ももう残っていない。無論、人が隠れて残っているような様子もなかった。
気のせいだろうか? それにしては、あまりにも強い刺激な気もするが。
俺は再度辺りを見回し、誰も居ないことを確認する。それから愛車に向き直り、スマートキーで鍵を開ける。気の抜けた効果音と共に、車の鍵が開く。
もう一度、誰かに肩を叩かれた気がした。
ウェーイ! オタクくん見てるー? 君の幼馴染は今、彼女の実家で変な祭りに参加させられそうになってまーす! 助けて!! 抜きあざらし @azarassi
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