「よしきくん、お父さんとお母さんはいらっしゃらないの?」

「そんなところに隠れてちゃ危ないぞ」

「まったく、ヨシ坊はヤンチャだなあ」

 うわ言じみたことを口々に呟きながら、彼らはこちらへやってきた。まるで、壁の向こうからこちら側を見通しているかのように。

 俺達は顔を見合わせた。

「や、やべえよ、逃げなきゃ!」

「それは同感だが、どこに逃げる。連中は私達を壁越しに補足している」

「ああそっか……どうしよオタクくん~!!」

 幼馴染に泣きつかれる。いつものことだ。わかっていたので、俺はすでに思考を巡らせ始めている。慌てるな。考えろ。なんとかして突破口を見つけ出すんだ。

 奴らは、なんらかの手段でこちらを補足している。正確に言うと、 "長谷川さん家のよしきくん" ではあるが。

 待てよ。

 補足されているのはよしきくんなる人物のみ。対して俺達は三人だ。

 つまり、実際に見つかったのは一人だけなのではないか?

「三人でバラバラに逃げましょう。見つかってるのは一人だけのはずです」

「……なるほど、確かにその可能性はあるな」

「補足されていない二人が合流し、一人が逃げて時間を稼いでいる間に改めて作戦を練りましょう」

 先生は頷いてくれたが、バカには理解できていないらしい。

「よくわかんねえけど……オタクくんが言うなら!」

 首を傾げた後に、トイレを飛び出し走り去る。判断が早い。

「あ、ヨシ坊!? どこ行きやがる!」

 村人達は血相を変えてバカを追う。答え合わせが早い。

「十分な時間を稼げるだろうか」

「あいつは逃げ足早いんで」

「そうか……なら私達はアレをなんとかしよう」

 再び隙間を覗き込みながら、先生が言う。

 促されるままに隙間の先に目をやる。


 ……目を疑う光景だった。

 棒切のように細い、かろうじて人間のような形をしたものが、カラカラと音を立てながら台車を押し、集会場にを運び込んでいる。

 それは――強いて言うなら肉塊が近いだろうか。

 湿っていて、ぶよぶよとした、赤と緑と紫の塊。つやつやしていて時折鼓動する様は、内蔵のようにも思える。

 しかし……それを肉塊とも内臓とも明らかに違う物体たらしめているのが、浮き沈みしている複眼のような物体の存在だ。

 蛾や蝶々の複眼を巨大化させ、濁らせたような物体が、肉と肉の隙間から姿を現し、またすぐに潜り込む。鼓動ともまた異なるペースで繰り返されるそれは、時たまテンポを崩してみせ、あるいはぎょろりと周囲を見渡す。……その濁った視覚器官で、なにかが見えているとも、思えないが。


「あいつの言っていた変な塊というのは、恐らくあれだ。祭りの……つまり連中の目的は、あれを部外者の腹に入れることだろう」

「ですが、あれだけ大きな物体を、どう始末するんですか?」

 先生は不敵な笑みを浮かべた。汚れた白衣の胸ポケットから、古びたオイルライターを取り出す。

「こういった手合は燃やしてしまうに限る」

 再び隙間を覗き込む。

 どこから現れたのだろうか。棒切のような怪物は、肉塊を切り刻む一体に加えて、部屋の四隅に一体ずつがそれぞれ陣取っている。見張り番だろうか。今にも折れそうな首を左右に振りながら、周囲を警戒しているようだ。最低でもあれをなんとかしなければ、肉塊には辿り着けないだろう。

「露払いを頼むよ」

「頼まれました」

 村人達はバカを追いかけている。上手いこと逃げているようだ。こちらも早く済ませなければ。

「私は右から行く。お前は左だ。ぴったり十秒で飛び込めるようにしろ私は三秒遅れて入る」

「わかりました」

 銀メッキのメリケンサックを指にはめて、俺はトイレを飛び出す。

 一、二、三、四、五、六、七、八、九、


 十。


 左回りで集会場に飛び込むと、見張りの四体は一斉にこちらに背中を向けた。

 何事か? 思考を乱された矢先、奴らは後ろ向きのままこちらに突撃してきたではないか。

「なんて――名状しがたい!」

 気に留める必要などない。奴らは後ろ向きに走るというだけのことだ。

 二コンマ七秒間で、俺は完全に包囲されてしまった。メリケンサックを構える俺を、壁際に追い詰める化け物共。だが――

「よくやった!」

 三秒経った。

「安全靴キック!!」

 飛び込んできた先生は、そのまま肉塊を切り刻む化け物に蹴りを入れた。化け物はくの字に折れて、壁に叩きつけられる。

 小さな容器に入れた灯油をばら撒き、肉塊に火をつけようとした――その瞬間。

「――――~――~~――~~~~――~――~~」

 音になるギリギリの周波数。超高音で発された未知の言語が室内に響き、蹴られたままぐにゃりと折れ曲がっていた化け物が、全身を伸ばし先生の両腕に絡みつく。

「な!? くそ、なんなんだ――」

 引き倒された先生に、包囲を離れて一体の化け物が近づく。それは刻まれた肉塊の内の一欠片をつまむと、おもむろに先生の口に押し付けた。

「んぐ!? むぐぐ……!」

 口を閉ざし、先生は必死に身を捩る。しかしあの細い化け物は、見た目から想像されるよりも遥かに力が強いようだ。少しずつ、小さな口が押し開けられていく。

「させるか――」

 一か八かだ。俺は捨て身で一体に体当たりを仕掛け、転びそうになりながらも走り出す。そのまま、先生に肉塊を押し付ける化け物をメリケンサックで殴り飛ばした。

 間一髪――いや、危機一髪か。

 俺は二体の化け物に拘束され、口をこじ開けられる。立ち上がった化け物は、今度は俺の口の中に肉塊をねじ込んだ。


 吐き出そうともがくも、喉の奥まで手を突っ込まれ、胃袋の奥まで肉塊を押し込まれる。



 視界がぐるりと回転し、シミだらけの天井を見上げる。



 込み上がる吐き気。だが、それ以上に……体の奥が燃えるように熱い。




 肉体を内側から抉られるような痛みが、痺れが、熱さが、けだるさが、徐々に全身を蝕んでいく。そうとも知らず、





 内側の自分からなにかに代わり入れていく覚

 感。


 

 誰だ?


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       お前は。



お前だ。

 




    お前は、



 お前は。



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