Bパート


 巨大な繭に取り込まれた日向斗。それを皮切りに、脈打っていた根のような触腕もまた次々に繭のような中央の塊へと取り込まれていく。繭の表面には雫のような波紋が現れ、不規則な振動を繰り返しながら今まさに変態を遂げようとしていた。


 トイフェルは、動けない。


 ルナが、ルナでなくなってしまう恐怖。そして同時に、これまで自分が苦心して騙し、利用しようとしていたはずの日向斗が、躊躇なく自分たちへ手を差し伸べ続けることへの困惑。

 繰り返すイレギュラーな事態に、彼女の思考もまた、冴えを失っている。


 だが、そんなトイフェルの髪を、ぐいぐいと引っ張る者がいる。丸っこい羽根をバタつかせ、顔を真っ赤にしながら綱引きの様にして髪を引っ張るのは、光の妖精であるカフタンだった。


「なにをボケーっとしてるカフ、さっさとこの場から離れるカフー!!」

 闇の世界から訪れ、自分が見出した魔法少女たちを捕らえた二人に対して嫌悪感と敵対心を常に見せ続けてきたカフタン。だが、日向斗がいなくなった今、眼前の繭が明らかに危険な存在になろうとしている状況で、トイフェルを避難させようとする。


「どういう、心境の変化ですか」

 トイフェルは、その不格好なバランスで重そうな妖精の頭を掴み、髪を引っ張るのをやめさせつつ拘束しながら問う。もごもごと喋りづらそうにしながら、そしてひどく不満そうな視線と表情のまま、カフタンは早口で言った。


「ボクは、アカネやアオバを助けたいんだカフ。お前たちが情報を言えないような状態になったら困るだけ――それだけ、カフ!」

 敵対心と不信感は捨てていない、拭おうともしない。日向斗の行動に関しては未だ反感も多くある。

 だがそれでも。彼が朱音や青葉を助けたいという気持ちに嘘はない。そして、そのために彼の力を借りている身分の自分が、彼の意志をふいにすることはできない。

 それが、カフタンの出した答えだったのだろう。

 

 そうした問答を続けている間にも、繭の膨張と崩壊は止まらない。このまま立ち止まっていれば、本当に間に合わなくなる。


「……わかりました」

 妹を救いたい。だが、今自分ができることなどない。

 あの男の真意がどこにあるのかはわからないが、今は信じ賭けるほかない。


 他者を穢し、堕とし、策謀と暗躍を手柄としてきた自分が、まさか信じるなどと。

 全く、都合のいい話だと思いながらも。


(使えるものを、使うだけ。あの男は不快だけれど、肩入れするなら利用する。ただそれだけ――)

 胸の内に生じた、細い針のような痛みを、トイフェルは確かに自覚していた。



 ◆  ◆  ◆



 ざぶん、と。水の中に飛び込んだような感覚。

 だがその生暖かさと手足に纏わりつくべき水の反発の無さ。

 何かの身体の中。そんな感想がしっくりくる環境だった。


 ただ暗く、一寸先に光も見えない闇の中を、日向斗は未だ手にしたステッキをペンライト代わりにしながら進んでいく。


 道中、闇がぐにゃりと歪んで何かの映像のようなものが見える。電波が入りにくい場所で再生された動画サイトを思わせる音のずれや不定期な停止、場面の跳躍などが何度も起きる。

 内容もまばらで要領を得ず、第三者の視点で撮影されたもののようでもあり、同時に主観的な記憶の一部の様でもある。

 確かなことは、常に不規則に飛び飛びになる映像の中心にいるのが銀髪の少女――ルナであるということ。彼女が何を以て生まれ、何を以て今のようになったかといったものを、途切れ途切れのダイジェストで伝えるものだろうと。


 それらを、足を動かす横目で見ながら音声を脳内で繋ぎ合わせ、内容を推し量りながら。日向斗は舌打ちを零した。


 そうして、どれほど経ったか。時間の経過は定かではない。

 しかし休まず歩いて暫く行った程度の距離に、日向斗はそれを見つける。


 無数の人体が堆く積もった文字通りの「人の山」。

 それらは一糸を纏わず、何かに縋りつくような恰好で見上げる程の高さを築いている。一見すれば気分は悪いが何かのオブジェのようも見えるそれは、黒い世界の中で唯一つ、明瞭な色彩を有していた。それだけで、調べてくれと言わんばかりである。

 加えて。その山を形成する人型の全てが、見覚えのある顔つきをしている。


 ルナ。あの少女と瓜二つ、いやそのものと言ってもいい顔。それが今無表情のまま目を見開き、死体のような有様で幾百、幾千という数転がり、重なり合っていた。


 先程の記憶らしきものを投影しようとする映像といい、何かしらの悪趣味がこの空間内で行われているのであろう。そしてそれが彼女を捕らえたのだろうとも。

 考えれば考える程に、彼女の身にはろくでもないことが起きたと考えるのが自然だ。けれど、

 取り敢えず、掘り起こしてみるか。そう思い、山の一部としてへばりつく身体の腕を掴み、引き剥がそうとする日向斗。


 だが、手を伸ばし、指先が触れようかという瞬間に。

 唸るような、すすり泣く様な音が暗黒の中でわんわんと反響する。足を付いていたはずの地面が左右に傾けられたかと思うと、踏ん張っていた硬さが足の裏から消え失せたかと思うと、浮遊感と共に身体が再び落下していく。


「う、お――!」

 叫ぶことも出来ず、ただ落下していく日向斗。体は制御を失い仰向けのような体勢で墜ちていく。

 見えたのは自分と遅れて降り注ぐ、天を覆う星屑の様にしろい身体の群れだった。



 ◆  ◆  ◆



 地響きと共に、咆哮が天を衝く。

 歌声のような、或いはすべてを憎む呪いのような産声は繭から孵り、コンクリート製のビルの天井を砕き、空へ出る。


「め、メチャクチャカフ……!」


 これまで魔法少女の戦いを間近で目撃してきたカフタンですら、そう言葉を漏らした。

 人間の身体が縋り付くようにして形作られた歪な球体から生える、天を覆い隠す翼。羽毛のないなめらかな表面は磁器のようでありながら、静謐な美しさよりも死人の肌を彷彿とさせる。

 天使を模したかのような造詣が、かえって生理的な嫌悪感を誘い――そしてトイフェルには、縋り付く魂のない人形の顔が。慟哭し、血涙と共に建物の残骸を地に降らせながら羽搏く異形の天使の顔が。


 探している妹のそれと重なり、喉の奥が狭まる。

 最悪の結末が過り、温く濃い酸味がせり上がる。


「早くあいつを助け出すカフ、ヒナト……! このままじゃ、あいつが現実に影響を与え始めてしまうカフー!」


 魔法少女と闇の住人とが戦うとき、光と闇の力がぶつかり合い周囲一帯が一種の結界によって覆われる。その中で起きた物への破壊などは戦いの後に時間が巻き戻り、破壊はなかったことになる。

 しかし無理やりその結界を破壊し外に出てしまえば、あの異形は衆目に晒される。

 そして外で何かを壊してしまえば。

 何かを殺してしまえば――それが巻き戻ることはない。


「仕方がないカフ、ここはボクがどうにかあいつを抑え込んで……」

「いいえ」


 頭の上で自身の髪を掴んでいるカフタンを引き剥がし、眼鏡を外す。片目にかかった薄紅色の前髪を退かして、空を睨む。


 ……これは罰なのかもしれない。


 そう思いながら、息を吸った。


「私が、やります」


 現れる黒い鏡。血走った眼を象ったおどろおどろしい紋様を背負うそれは、一斉に空のより高みを目指す天使の羽を狙って、黒紫の熱線を放った。


「Alaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 痛みに身を捩り、耳障りな悲鳴を上げるその胴から、いや正確には腰から下に未だ縋りつく球状の人型から幾つかのからだがぼとぼとと落下し――地面に打ち付けられ、血液のようなどす黒い液体をまき散らしてひしゃげる。


 ……光のない真っ黒な目。偶然に目が合ったトイフェルは口から洩れそうになる嗚咽を飲み下しながら、鏡の照準を再び天使に合わせた。


「お、おまえ……」

「トイフェルと、いう名前があるのです。いい加減その無礼な呼び方を止めなさい、妖精」

 驚愕した表情さえ間抜け面になる妖精に、鼻を鳴らしながら。

 喉元でまだ固まっている悲鳴を、苦悶を、毒へと変えて。


「妹を助ける。そのためなら『なんでも』する。それは別にあの男でなくても同じ――いえ、私の方が、もっと強くそう思っているわ」


 だから。そう続けようとしたのと同時に、死体の天使は叫びながら――落下し始める。それは先程の攻撃によって揚力が奪われたという甘い話でなく。

 その巨躯を以て。折り重なった幾百幾千の重力によって、トイフェルとカフタンを叩き潰そうとせんがために。


「く、っ!」

「も、もうダメカフ~~~!!!」


 壁のようにして正面に鏡を並べるトイフェル。

 最期を覚悟し悲鳴を上げるカフタン。


 地面に落ちる影が、暗く、黒く染まった。



 ◆  ◆  ◆



 どれだけ、落ちていただろうか。上も下も曖昧模糊なままで、永遠にも、一瞬にも思えた。けれどその終わりは唐突だった。


 落下の衝撃もなく、気付いたとき日向斗は凸凹とした地面に横たわっていた。


 ぐに、と。体を起こそうと手を突いてその触感を感じた時、この環境の悪趣味さに眉を顰める。一体あの少女の内面には何が眠っていたのか。何が、彼女をここまで追い詰めていたのか。

 知る由もなかったし知るつもりもなかった。

 妹とその友人を拐し、今もなお苦しめる相手。その事実は揺らがない。


 ――だから、さっさと片付けよう。


「いつまで寝ているんだ」


 手を突いていた肉の地面を掻き分けて、その奥にあった細腕を掴み引きずり出す。これまで無限にごろごろ転がっていた人型と全く同じ形状の身体、白い髪。けれど決定的に違う、濁って、くすんで、消えかけているが、確かに残っている――瞳に輝く星の光。


「う、ぁ、」

 呻きながら、身を捩り、逃れようと抵抗する。

 見れば引きずり出したその身体には、まるで締め付けられたかのような青あざがあちこちに刻み込まれている。そのどれもが指、ないし手の形を残し、何かにしがみつかれていたことを表していた。


「さっさと帰るんだ。これ以上お前の姉に心配をかけるな」

「……とい、ふぇる」

 ぼそりと声を漏らす。その元気があるならもう心配いるまいと手を引こうとするが、地面にぺたんと脚を着いた少女からは立ち上がる気力を感じない。眉を顰める日向斗に向けて、いや、うわ言のようにルナは言葉を漏らしていた。

「ぼく、もう、かえれない」


「ぼく、もうたたかえない。ぼくは、もういらないこだから。きらわれちゃう、すてられちゃう。それなら、ぼく、もう、もどりたくない……」

 要領を得ない言葉の羅列であり、何より絶望に塗れた独白。何を見たのか、そして何を考えたのか。完全に心が砕かれたといっても過言ではない様子のルナに、日向斗は……。


 容赦なく拳骨を振り下ろした。


 ごち、と鈍い音が鳴る。けれど、決してそれはアクマーダーを吹き飛ばした時のような威力を持つ者ではなく、聞き分けのない子供に父親が振り下ろす、そういう拳骨だった。


「……いたい」

「だろうな、だが、トイフェルはもっと辛そうだった」

 その言葉に、ゆっくりと。少女が顔を上げた。


「お前が、何を思ってそういう結論になったのかは知ったことじゃない。けど、お前の姉は必死にお前を探した。どうにかして助けようとしていた。俺はお前のように心も何も読めないけど、それは嘘偽りのない本心だとわかる」

 それは確信。妹を想う兄の気持ちが、自分と重ならないはずがなかったから。


「でも、ぼく」

「お前はどうしたいんだ」

 日向斗は言い訳がましい言葉を重ねようとする少女の前に膝をつき、肩を掴んで真正面から目を合わせる。



「後悔してからじゃ、遅いこともある。だから『やる』と決めたら『やりぬく』覚悟を決める。お前にもあるだろう。それすらないやつに、俺の妹が負けるわけがない」



「……そんなの」

 わからない、と。言おうとしたその瞬間にルナの身体は突き飛ばされた。自分のような瓦礫が積み重なる地面のお陰で、すりむくこともない。突然何をされたのかと振り向く。


 そこには、日向斗が今までルナを捕らえていた無数の手に、しがみつかれている姿があった。


「なん、で」

 わからなかった。どうして自分が、日向斗に庇われるような状態になっているのかが。不意に、自分の手の中に感じる僅かな灯りに気付く。それは、あのカフカフと鳴く妖精が日向斗に渡していた、魔法少女になるためのペンライトだった。


「それを持っていれば帰れる。足元暗いから、それで照らしながら走ればいい」

 あれほど怒り、憎しみを抱いていた男が、自分を庇う。施しを与える。何より、心配と嘆息だけを抱いて、自分に言葉を投げかける。

 気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。

「なんで、なんでだよ。ぼくは、ボクは弱いんだ! 力が強くても強さじゃないってお前が言ったんだ! 強くないボクはいらない子になる、それならいっそ……!」





「なんで俺の言葉なんて信じてるんだ。俺は敵だろう? トイフェルはそんなこと言っていたのか?」

 


 ……その言葉に、ルナははっとする。


 いつからだろう。

 トイフェルの言葉に従っていれば楽しかった。すべてがうまくいった。なのに、自分は今目の前の男の言葉に動揺し、困惑し、そして今こんな状態になるまで追い詰められていた。いつから自分は、自分らしさを見失っていたのだろう?


「早く行けよ、後悔する前に」


 弾かれたように、ルナは日向斗から背を向けて駆け出す。自分のようなものを踏みつけるたびに、それは頑丈な石造りの道となり、彼女を導いた。

 そして、四方を覆っていた暗黒を四芒星形の光の軌跡が切り裂く。その中で、彼女は忘れられた記憶が呼び覚まされて行くのを感じていた。





「――早急に吸収してしまっては如何です? これ以上の利用価値はないでしょう」


 ヨッドに告げられたトイフェルが、静かに腕を組む。それを物陰から見つめる自分。ボクはどうなってしまうんだろう。トイフェルに、かあさまに、嫌われてしまうのだろうか。そんな恐怖心が胸を一杯にしたその瞬間。


「口を慎みなさい」

 鋭い言葉と熱線が、ヒキガエルのような顔を掠めていった。


「あの子は私の妹であり、母様の娘。生まれが歪であっても、その事実は変わらないこと。母様も繰り返し言っていたはずでは?」

 そう言い捨てると、トイフェルはただただ震えながら顔を伏せるヨッドになど目もくれず、その場を去ろうとする。そして、その最中で、廊下の隅にいる自分に近付き、優しく眦の涙を拭ってくれた。


「どうしたのルナ。何か怖い事があったの?」

 その時の自分は、恐怖心でいっぱいだった。だから泣いてしまって、自分を見つめるトイフェルが自分を吸収しにきたのかと怖くて。けれど、思い返せば、そんなはずはなかった。トイフェルの腕は、優しく、柔らかく、そして、あたたかかった。


「あなたは、ずっと私の妹よ。何があっても、絶対に――」



 ◆  ◆  ◆



「ルナ!」

 突如、妖精を庇いながら自身の鏡と怪物との押し合いを行う最中。怪物の膨らんだ腹を突き破る様に飛び出した、銀の髪に黄金の左目を持つ少女。これまでぼとぼとと落下した生気のない残骸とは違う、生気に満ちた姿を認めたトイフェルはその名を呼ぶと、手を伸ばす。


 飛び出した少女はその手を固く掴むと、その腕の中に飛び込んだ。

「よかった、よかった……戻ってきてくれたのね、本当によかった……!」

 涙交じりの声で、ひしと彼女を抱き締めるトイフェルに、ただどこか現実味がないようにぼーっとしたルナは、問いかける。

「トイフェル。ボク、いらない子じゃない?」

 目を見開き、緩んでいた眦をむりやり吊り上げるようにして、トイフェルはルナを叱りつけた。クールで冷静な様子などない、波打つ眉と震えた声を張り上げた。

「そんなはずないでしょう!」


 その言葉を受け、ルナは、繰り返し「そっか」と呟きながら、彼女の胸に顔を埋め――。


「なにをしてるカフ! っていうか、ヒナトはどこカフ!!」

 そんなあたりで、姉妹の絆に冷や水をぶちまけた妖精は、怒りのままに叫ぶ。

 姉妹はお互いの顔を見合わせる。そして同時に別の絶叫が周囲を震わせるのはほんの数秒後。

 自身の身体をもってしてトイフェルやカフタンを圧し潰そうとしていたアクマーダーの身体は、核となるルナを失ったことで半ば崩壊しかけている。それでも醜く逃げおおせようと覚束無い羽捌きで浮かんではがくと落ち、浮かんではがくと落ちを繰り返す。


「あわわわわわ、まずいカフ! あのアクマーダーが落っこちたら、いくらこの空間の出来事とはいえ流石に誤魔化せないカフ! 物が壊れるだけならまだしも、ケガじゃすまないことだって起っちゃうカフ……! お、おいそこのお前! はやくヒナトを出すカフ、どこに隠したカフか!!」


 大慌てでまくし立てるカフタンが、ルナの手の中にあったものを見て顎が外れるほど口を開く。


「そのルクスステッキ! ま、まさか、お前ヒナトまで……!」

「わ、忘れてた! そうだよトイフェル! あいつ、ボクにこれ渡して逃げろって!」

 どうしたら。そう言おうとしたルナを、トイフェルが抱き締めた。


「……あなたが無事なら、もういいでしょう。あのアクマーダーが自滅した余波があれば、多くの闇のエネルギーが生まれる。それで私たちも戻ればいい」

「お前っ! やっぱり裏切って……ぷぎゅ!」

 食ってかかろうとする妖精を呼び出した鏡で挟み込むと、再び掛けたメガネのつるを僅かに指で持ち上げる。


「言ったはずです、彼と私たちは利用し合う関係。片方が失われた以上、それを果たす義理もありません。それに、あなただけでは何もできないでしょう?」

 淡々と。ここにきて怜悧で悪辣な顔を見せるトイフェルの言葉。

 ルナはそれを聞きながら、やっぱり流石はトイフェルだと感心した。


 そのはずだった。


「トイフェル」

「どうしたの、ルナ?」

 優しい微笑みを向ける彼女に、ルナは告げる。


「ごめん。ボク、そんなのつまんないや」


 そう言って、ルナは未だ握られていた掌から指を抜き取ると、鏡に挟み込まれた妖精の首根っこをひっつかんで駆け出した。

 後ろで困惑しながら自分の名前を呼ぶ姉の声を振り切って、ビルの壁を走り、ダクトを掴んで飛び上がり、屋上を経由して一直線にアクマーダーの下へと向かう。


「かふかふ! 魔法少女がやってた変身? ってやつ、どうやるの?」

「は、はぁ?! どうしてそんなこと、お前に教えなきゃいけないんだカフ!」

「ヒナトを助けるからだよ!」

 ルナが口にした言葉にぎょっとするカフタン。まさに突然の奇行と言っていいルナの言葉に。そして、こうして駆ける彼女の口元に浮かんだ笑みの意味に。皆目見当がつかないカフタンは開いた口が塞がらない。


 そんなカフタンの疑問を読み取ったルナは、鉄塔の頂点に立つと、ずっと片手に握り締めていたステッキを構える。


「……思い出したんだよ。ヒナトの作った甘いもの、すっごいおいしかったって。だから、今日はあいつを助けてトイフェルと一緒に食べるんだ!」


 彼女の言葉に合わせるように、まるで、相応しいものが現れたことを示すかのような輝きを放つステッキ。カフタンはその様子に更に顎を落とす。


「や、闇の王国の人間が、ステッキを……」


「いっくぞー! 【ルクス・マジカル・ノクス・カロール】!」


 適当な呪文。適当な動き。それに合わせて輝きを放ったステッキが、ルナの身体を包んだ。見たこともない世界、見たこともない光。


 そんな中で、彼女の前に顔の見えない誰かが差し出す、誰かの手。大きくて、優しそうな手。


 それを彼女は平然と無視して駆け出した。追いすがるようにして目の前に現れた黒い影を蹴り壊せば、同時に自分の身体を包む服が弾け、全く別の装いへと変貌を遂げていく。身を守るような厚手の服を脱ぎ捨てて、欲しいものを追いかけ掴み取る身軽さと自信に満ちた装いに。


「織りなす闇と光のめぐり! 『月』の魔法少女、ルクスフェアリー・コフューン!」


 なんちゃって、と舌を出したルナは、準備運動でもするように背筋を伸ばして、目の前にある醜い影に狙いを定める。


「見ててよトイフェル! 今のボクは、すっっっごく強いぞ!」

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魔法少女の兄が『理解』らせる ―失踪した妹たちが魔法少女だったことを今更伝えて泣きつくマスコットを締め上げながら、お兄ちゃんパワーで光も闇もボコして回る― 佐渡 @ninisakiro

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