第4話
天井の隙間から覗ける宮森は暴れる素振りをするがその座標は変わりそうにない。パイロット以外気付くはずのない一人席で虚しい努力を続けている。
「あたし実は宇宙人なんだわ」
目線を下ろした先のメイラは今度は冗談としか思えない告白をした。しかし事実として人が宙を漂う光景がある以上否定するにも労力が掛かる。
「アイツが浮いているのは……?」
「あたし達は自他共に重力を自在に操れる。他にも能力は色々あるけど」言うとバレない程度に彼女は空中浮遊し、実例が一つ追加されてしまった。もしやわたし達が校舎の暴力から回避出来たのは彼女の能力によるものだろうか。
「それならこの地震を起こしたのもメイラ?」これだけ異常現象が発生すれば宇宙人の責任にした方が頭は楽になるのだが。
「いや、これは宇宙史に記録される事象の一つだから。大した規模ではないけど用事序でに来てみた」彼女は奥の深そうな単語を出してそれらしく振る舞う。もし本当に宇宙人だとすれば、空想に留まっていたSFの夢を叶えるわたしはなんて幸運なのだろう。思わず両手を広げてみた。
「…………という、遊びもありかもしれないわね」
「ははは、下らねーな」緩んだメイラの表情にわたしも同調する。隠していた事実を晴らして踵一つ分浮いてみた。
「わたしも宇宙人だからな」
そう、わたしとメイラは同じ銀河系出身の同期だ。わたし達の地域では星の間の行き来が極一般的に行われているのだが、定期刊行誌『全宇宙』によれば太陽系では滅多に無いことらしい。つまり地球人は宇宙人を知らないらしいからその気持ちに成り代わってみたけど、馬鹿の演技は疲れるわ。
「長期の潜入調査お疲れ様だわね」何故わたし達が辺境の地球に訪れたかと言えば、現地の生態系や行動文化のレポートに加えて、一体以上のサンプルを採取するよう上官に命令されたからだ。深い説明はされなかったけど恐らくこのサンプルの研究を基に、次は地球を征服しに向かうのだろう。わたし達の銀河の最終目標は全宇宙を等しい生命意識で統一すること。秩序と発展を共に決定付ける極めて健全な意思母体なのだ。
何故この国のこの災害を選んだかと言えば、治安が良くわたし達の最大の弱点である銃の少ない日本が人攫いには最適だから。ある程度大きな武器は常時周りの斥力を緊迫させることで対策出来るが、小型で高速の弾丸は油断していれば身体を貫かれるのだ。今回の地震を選んだのは、それなりに強く広範囲なのでパニックに乗じて誘拐出来ると思ったから。久し振りに見る津波は昔の方が迫力はあったなと辛口のコメントを与えよう。新学期からこの日を待っていた訳だが、よく分からない意地の衝突に絡まれて弱者を演じるのも一苦労だった。身内で争う場合ではなかったのだよ、視野の狭い地球人にはお似合いの発想だけど。実際わたしは地球人とはレベルが違うから見下された気にもなれなかったけど。
「ではそろそろホームに帰りましょうか、エリカ」メイラに合わせて宙を蹴り、長寿のわたし達に時間の価値は薄いけれど、三カ月過ごした土地に別れの挨拶を告げる。どうせ数千万年は来ないから最後に目立つのは構わないだろう。傍から見れば超能力者の宮森は本日頻発される大量の涙を流し、服には嘔吐したような跡が付いていた。今は口唇を操って発言権を奪っているのでんーんー喘ぐだけだけど、地元に着いたら解放してあげようか。御仲間の二人と違って生きているだけ幸せに思うといい。これからは実験室で首に鎖を繋がれて四つん這いに躾けられて上官の靴を舐めて、いつか解剖される明るい未来が待っているから。
「君はゴミでクズで底辺の何の価値も無い女だけど、わたしが拾ってあげた」最後にその事実を理解させて、道端の亀に手を振りながら飛翔する。わたしから見れば君達が宇宙人なのだけど。
約三十日後、地表に顔を出せばそこは荒れ果てた土地のままだった。至る場所で工事用のクレーンやユンボが文明の再起を望み、作業は短くともあと一ヶ月、完全復旧は二十五年掛かると見積もられた。調査結果によると死者、行方不明者は合わせて十四万人、直接の経済被害は百二十兆円等と甚大な影響が地表から上に降り注いだ。
「あぁ可哀想に」私は地底人、名をラミーと言う。日頃地球を下から眺めているけど、ここまで絶望臭の蔓延する様子は初めて見るかもしれない。地表に生きていて私達より幸せそうな人を久しく見ていない。
私は今年の春、地下から感じる何か嫌な予感を見下ろす為に学校に通い始めた。胸騒ぎが消えればまた潜ろうと存在感を薄めていたら、斉藤達のグループに強制参加させられた。前の席の子を虐めるものだから止めようと良心は疼いたけど、面倒事が嫌いなので距離を取ってしまった。それが死の手前まで同伴することになるとは奇妙な運命だ。私は津波が来る直前、体質的に溺れはしないけれど倒壊が怖い為に地面に潜った。
しかし全く、あいつらもロクなもんじゃない。
周りを見渡せば、全てを失った人々が花を抱えて泣いている。人はどうしようもない不幸と相対した時、宗教だろうと陰謀論だろうと何かのせいにしようとする。救われない議論を続ける中で人類はまたこの経験を忘れるのであろう。だから次は私が思い出させてみせると、青い空に向かって誓いを捧げた。
ではまた、百年後に。
地震で死んだ宇宙人 沈黙静寂 @cookingmama
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