第21話 賢人の思考2



§


 照りつける日差しの中、ジェシカは汗を拭きとりながら大きく息を吐く。

村を出て、既に三週間。ようやく見えてきたラベルドの街並みに、背負籠の重さも忘れて足が前に前にと身体を急がせる。

泣き叫ぶ父ジェノスを説得するのに丸一日要したが、なんとかここまで来ることができた。行商人に同行したクロウがいるとしたら、このラベルド以外にあり得ない。


「ん? 嬢ちゃん。もしかして観光かい? 運がないねぇ」


「......」


お婆さんがすれ違うように森へと入っていく。


(運がない? もしかして、ラベルドで何かがあったのだろうか)


はやる気持ちを静めながら、父に用意してもらったふりふりの可愛いワンピースが汚れないようにゆっくりと進む。

焦りは禁物。体力はある程度付けてきたとはいえ、すべては付け焼き刃に過ぎないのだから。


 簡素な門を潜り、石造りの街並みが視界一杯に広がる。初めて見る光景に自然と口が開き、言葉にならない声が漏れた。


「あんた、見ない服装だな。もしかして他所から来たのか?」


「......」


初めて見る街の人間。動物の革で最低限の急所を守っているところから、村の警備隊のような人だとすぐに察した。


(あの、ここにクロウ君がいると思うのですが、黒髪の優しそうな男の人です!)


必死に声を出そうと口を開くが、何週間も喋っていなかったので声が出なかった。


「む。まさか、腹が減ってるのか? 仕方ないな、こっちにおいで。今ちょうど炊き出しをやってるから」


奇跡的に伝われっという願いは儚く消え、街で最も汚れた石塀に囲まれた大きな屋敷に案内される。そこではアルコールの匂いが充満して警備の者達や村人がぐったりと倒れていた。ジェシカの頭に浮かんでいた何通りもの可能性が一つに絞られていく。


(アルコールの匂いに、倒れている人達。間違いない。お婆さんが言っていた運が悪いっていうのは、争い事が起きてるってことなんだ)


ジェシカは自分の運の無さに舌打ちをしたくなった。そして同時に、もしもクロウが巻き込まれていたらと焦燥感に駆られる。目の前を先導する男の腕を引き、訴えた。


「............」


(あの! 負傷者を見せていただけませんか!)


「分かってるって。騎士用の炊き出しがあるんだ。そっちなら並ばなくていい。まったく、今回だけ特別だぞ」


自分がどんどん腹ペコキャラになっていくのを自覚しながら、必死に周囲を見渡す。

しかし、クロウや一緒のはずのシルヴィの姿はどこにもなかった。言い様のない不安に駆られながらも、渡されたスープを口に付ける。村では味わったことのない濃いスープが身体に染み渡った。


「あれ、その子どうしたの? そんな子ウチにいたっけ」


「あぁ、よかった。聞いてくださいよ、リンカさん。この子、他所から来たらしくって、腹が減ったってうるさいんですよ」


失礼な男に抗議するため、空っぽになった器を押し付けるように返す。


「......」


「ほらね?」


男は何を勘違いしたのか器一杯にスープを入れてくれた。


(違う、おかわりじゃない!)


しかし、食べ物を粗末にするわけにはいかないので、注がれたスープが零れないように慎重に口に運んだ。


「ふーん。私はリンカ。貴女は?」


「......ジェシカ............です」


長い槍を背負った彼女は、華奢な容姿からは想像できない程、力強い雰囲気を発していた。


(おそらくロマーニャさんと同等、もしくはそれ以上の強者つわもの


求められた握手に応じ、軽く魔力を流し込む。父から教わった相手の実力を知る方法を試したくなったのだ。自分の魔力がどれだけの速度で喰われるかで相手との実力差を測ることができる。


「おっと、ジェシカちゃんは、なかなかデンジャラスな人なのかな」


だが、すぐに手が離されたことで中断されてしまった。


(ち、違います! 興味本位で、つい......)


「ふむ、悪気はないようだね」


初めて気持ちが伝わったことに、ジェシカは思わず目を見開いた。

彼女が槍を背負っていなかったら、抱き着いていたかもしれない。


「リンカ、作戦会議を始めるぞ」


「はーい。じゃあごめんね。街の中は安全だから外に出ちゃダメだよ」


奥のテントから顔を覗かせた男に呼ばれて、リンカが行ってしまう。

始めて自分の気持ちを理解してくれた彼女が行ってしまい、ジェシカの中に寂しさが湧き上がる。


「もう腹ごなしは済んだろ? 悪いけどここは領主様の屋敷だから長居は出来ないんだ」


そうして、ジェシカは追い出されてしまったのだった。



 見知らぬ街で伝手のないジェシカだったが、父ジェノスから預かった銀貨があったので不安に思うことはなかった。通貨の価値も、その使い方もキチンと頭に叩き込んでいる。常に何通りもの事態を想定しているジェシカは焦ることなどありえないのだ。


まずは宿を取り、ご飯処を探して、今日のところは休む。それがジェシカが導き出した今日のプランである。

急いては事を仕損じる。ジェシカの座右の銘にしてもいい程、彼女にぴったりな言葉である。


「いらっしゃい。ん? あんた行商人じゃーないな。ハハッ旅人とは珍しい。何泊するつもりだい?」


ジェシカは黙って銀貨を一枚出した。父曰く、大体銀貨一枚で一泊できるらしい。


「ギ、銀貨!? あんた、ここに住むきかい!?」


(ちっ、やはりあの男は使えない)


ジェシカは父の教えを脳内から削除することにした。慌てて銀貨を引っ込め銅貨を十枚出す。すると、店主はあからさまにホッとした。


「なんだ十日か。それでも長いが、まぁ行商人とは感覚が違うか」


銅貨一枚で一泊できる。つまり銀貨一枚だと百泊できるということだ。


(クロウ君を連れて村に帰ったら、まずはパパに常識を教えないといけないのかな)


十五歳にして父の介護に不安を抱いたジェシカは、部屋に荷物を置いてすぐに外に飛び出した。気分を上げるにはプチ贅沢な食事が一番である。ここまで野草や小動物の肉を軽く調理しただけだったので、豊富な栄養素を身体が求めていたのだ。


しかし、ジェシカは食事処の存在は知っていても、それがどんな見た目で、何が目印なのかは知らなかった。仕方ないのでそこら辺に立っている警備の人に話かける。


「ん? 声ちっさ、なんだって!? ふむふむ、食事処? あぁ、今はどこもやってないよ。屋敷で炊き出しやってるだろ。自分で料理できないならそこしかないな」


然しものジェシカもまさか食事処すらないとは想定していなかった。


(屋敷ってさっきお世話になった所だよね......仕方ない。もう一度行って、ついでに今度こそクロウ君のことを聞くんだ)



 覚悟を決めたジェシカは強かった。人混みを熟練の戦士のように捌き、騎士の兵舎らしきテントに潜入する。村でロマーニャに鍛えられた甲斐があったというものだ。


「あれ、ジェシカちゃん? びっくりしたー。ここは一様部外者以外立ち入り禁止なんだけど」


(よかった。リンカさんになら私の気持ちが届く。届け、この思い!)


ジェシカは銀貨数枚を力いっぱい握って差し出す。

実は、これも父の教えであった。父曰く、人は金で動く。金を出さないと誰も動くことはない。


「えっと。どういうことかな?」


ジェシカは薄々気づいていたのだ。金で人が動くのではなく、父は金でしか人を動かせないような人間だということを。


(それでも、今の私にはこの方法に頼るしか!) 


リンカに銀貨を握らせ、追加で銅貨も差し出した。


「ちょ、ちょっとまって。えーと、もしかして私を雇いたいってことかな?」


(きた! やはりこの人には私の気持ちが届くんだ)


必死に頷き、差し出した銅貨はちゃっかり引っ込めた。そして、喉が裂けそうな程大声で叫ぶ。


「ヒトッ......をさがして............います」


「人探しねぇ。なるほど、冒険者として貴重な依頼ではあるんだけど、ちょっと今はタイミングが悪いなぁ。今からラベルドの騎士と協力して野盗のアジトを探しに行くんだよねー」


(野盗、野盗? そういえば、ここに来る前にそれらしきアジトを見たような......)


「あのっ、てつだいます。いばしょ、しってる......かも」


「え! それなら話は別だよ! こっちきてっ」


リンカに銀貨を返され、ジェシカは手を引かれて奥のテントへと向かった。



 狭い簡易テントの中央に置かれた机を騎士達が囲んでいる。その代表のような男が、まるで品定めするかのような視線をジェシカへと送った。それがとても気持ち悪くて、ジェシカはリンカの後ろにそっと隠れた。


「こらこら、ジェシカちゃんをいやらしい目で見るな! まったく、フォードにはメリルちゃんやアリスちゃんがいるでしょ」


「ふんっ。そんな目で見てはいない。それより、部外者を連れて来てそういうつもりだ」


手作り感満載の不格好な机の上には、おそらくラベルド周辺の森の地図が置かれていた。その地図にジェシカ達の村が載っていたことがほんの少しだけ嬉しい。


しかし、ジェシカの視界に、地図で隠すように机に刻まれている魔法陣が入った瞬間、頭が警戒一色になる。少し見ただけでもジェシカにはそれが攻撃系の最上位魔法に匹敵する魔法陣だと理解できた。


(この人達、もしかして作戦が失敗したらここで自害するつもりなんじゃ......)


「ふふん。聞いて驚きなさい。なんとこのジェシカちゃんが野盗のアジトに心当たりがあるらしいの! こんなかわいい子が野盗のなわけないし、きっと神様が頑張ってる私へのご褒美に寄越してくれたんだよ!」


「ふんっ、くだらん。だが、事実野盗のアジトの発見には苦戦していたところだ。いいだろう。その女の意見を聞いてやる」


(スパイとはなんだろうか。もしかしたら魔法陣の魔法名? 神様からのご褒美ってもしかしてヤバイ宗教なんじゃ。今からでもこの人達から手を引いた方がいいでは? ううん。弱きになっちゃダメだよ私!)


念の為、ここから逃げるための案を三通り程考えておき、ジェシカは覚悟を決めた。



 ただクロウに会いたいだけの少女ジェシカは、こうして薙刀少女リンカと出会い、クロウを追う果て無き旅路のスタートラインに立ったのだった。


(なんだかよく分からない事になってるけど、絶対に追いついて見せる! クロウ君、私は絶対に、ぜーったいに諦めないから!)



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どいつもこいつも前世 読むの書く太郎 @Kantarou_123

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