第20話 ラベルド復興
あれからザクロの湯は、復興によって疲弊した住民に開放され連日のように人が訪れる人気スポットとなった。
おかげで俺も薬草をすり潰す腕が上がったり、シルヴィ達も洗濯機の製造に取り掛かるなど大忙しだ。
街の復興はそれなりに進んで、公共施設から始まり、既に新築の家に引っ越した住民も出てきた。
とはいえ完全に元通りになるのはまだまだ先の話。住民のほとんどは未だにシェルターの中で寝泊まりしているのが現状だ。
太陽が真面目に仕事をしている真下で、俺は復興の指揮を執るフォードの愛人アリスの元にいた。
魔法に精通している騎士や住民が材料を加工していると聞いたので、練習ついでに手伝いに来たのだ。
アリスから直接魔法の指導を受けながら働いているのだが、今のところ何の成果も出せていない。
「あの、クロウさん。難しいようでしたら別の魔法で......」
「いや、いけます。あとちょっとなんです」
手の平に得体の知れない力を集約させる。肉体的な身体の使い方ならチートで完璧にマスターしているのだが、いざそれ以外の力となるとまるで理解できない。
クロアは天才肌らしくギュッとしてパッとやればできるらしい。
「くぅぅ、あと、ちょっとっ......」
「クロウさん!? 凄い......こんなに力んでるのに、まったく魔力が集まってない!?」
「『風よ、我が障害を切り裂く強き刃と化せ』!」
恥ずかしい詠唱の末、手の平から扇風機強並みの風が吹く。力み過ぎてこっちは汗だくだというのに、木材は涼しい顔をしていた。
「クロウさん! 風魔法に適正がないだけかもしれません! 大丈夫です、発動はしましたから!」
くそっ。アリスさんは気遣いの出来るいい人なのでダメダメでも必ず励ましてくれる。それが申し訳なくて辛い。
「すみません」
最低限任された仕事だけは完遂するため、チョップで木材を真っ二つにする。
「いえいえええ!? はえ? いまどうやって、ってええ!?」
この木材は主に家具として生まれ変わる。半端なものは薪として利用されるなど、ラベルドの復興に欠かせない素材の一つだ。
今は太陽が出ているが、夜になるとかなり冷え込む。ヨドンナ高原が近いこともあって、この地の標高はそれなりに高いらしい。
「アリスさん、次は火の魔法を教えてください」
「え? あっ......わ、わかりました」
その晩、俺達は猫耳メイドによって屋敷の中庭に集められていた。なんでもフォードから良い報せがあるというのだ。
フォードを待つ間、俺が日中に作った机で炊き出しを食べる。最終的に全て力技で完成させた不格好な出来だが、手作り感があっていいと思う。
せっかくなので思い出作りに全員の名前や落書きをしていると、何やら黒い物体と共にフォードがやってきた。
「待たせたな。これがお前らの欲しがっていた報酬だ」
それはタイヤもなければシートもない。車というより唯のエンジンだった。
「ガワは自分達で作ってくれ。ガーネットから聞いたぞ。そこの銀髪は俺より優秀だと。俺はまだまだ忙しい、完成したら挨拶いらないからいつでも街を出ていって構わない」
そう言い放ってフォードはすぐに屋敷の中へと引き返して行った。
言葉はトゲトゲしいが、その背中からは寂し気な雰囲気を感じる。
「カーー、フォードもケチだなぁ、エンジンだけって。しゃーない、このシルヴィ様が世界に一台だけの究極T型フォードを作ってやりますかっ」
シルヴィが袖を捲り髪を結って気合を入れる。
「T型フォードなんて資料でしか見たことありませんよ。随分マニアックですね」
「でも、フォードから貰ったエンジンなんだがらフォードにしてやらないとな」
うろ覚えだった記憶を出し合い、錬金術で小さな車の模型を作っていく。
こうじゃないあれじゃないと言い合う三人を、覚えたての小さな灯りで照らす。
俺はT型フォードなんて見たこともないので、こんなことでしか貢献できない。それでもシルヴィが笑顔で感謝してくれて、クロアにヘボいとからかわれて、それをオービスが笑う。
どうにも感情が薄い俺の心にだって、この温かさは染み渡った。
「兄さん、笑ってないで見てくださいよ。オービスがエンブレムは黄色の十字だって言うんです。違いますよね?」
その後も議論は白熱し、模型が完成した頃には気絶するようにみんな眠ってしまった。
全員に毛布を掛け、一人コーヒーを入れる。
「へへへ、こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」
「ガーネットこそ、もう引きこもりは辞めたのか?」
貴族用の上等なコートを羽織ったガーネットが横に座る。ほんのりと漂うハーブの香りから温泉帰りだということが分かった。
「毎日仕事仕事で大変でさ。前世で嫌というほど働いたのに、不思議とこっちでの仕事は苦じゃないんだ。へへ、変かな?」
「変じゃない、と思う。ガーネットが楽しみながら働けてる証拠だよ。やってるのか?」
「......へへへへ、へ、捗ってるよ」
何をやっているのかというと、簡単に言ってしまえば覗きである。ガーネットとはそういう転生者なのだ。
「あれ、エンジン? もしかしてもうラベルドを出るの?」
「完成次第かな。復興も順調そうだし、フォードからも許しは貰ったからさ」
「そっか......なら送別会するから、絶対教えて!」
「ガーネット様!? そんなところに居ては風邪を引いてしまいますよ!」
給仕が二階の窓から顔を出して叫ぶ。こっちへ向かってくるのが窓のおかげで外からでもよく見えた。
「あちゃーメイド長に見つかっちゃった。ここだけの話、あの人、実は愚弟の愛人なんだよ」
爆弾を投下したガーネットがメイド長に連れられて屋敷へ戻っていく。
知りたくもない情報だったが、娯楽の少ない異世界なら普通のことなのかもしれない。クロアやシルヴィに虫がつかないよう、俺も袖を捲って気合を入れ直すのだった。
ラベルドに訪れてから一ヶ月と少し。遂に俺達のT型フォードが完成し、屋敷ではガーネット主催の送別会が行われていた。賑わいが戻りつつある街を眺めながら酒を飲む。まだ太陽は空高いが、今日は特別な日なので昼間から酒を飲んでも良いのだ。
屋敷のバルコニーに用意された食事は、今のラベルドで出せる最も豪華なメニューなだけ合って高級感はない。しかし、住民が汗水たらして働いているのを見ながら
飲む酒とセットならどんな飯でも旨いのだ。
「もしかして酔ってますか?」
「ぜんぜん」
「はぁ。水持って来ます」
俺は全く酔ってなどいない。足元に瓶が三本転がっているが、きっとこれは俺のじゃない。
この街を出たら、まずは南東にある中規模の村を目指す。そこで物資を補給し、東へと道なりに進めば王都につくらしい。かなりの距離があるため、途中で村や街に寄って何度か休むことになるとフォードは言っていた。
「はい、兄さん」
「クロア、王都に付いたら何かしたい事とかある?」
「したい事、ですか? そうですね......学園には興味があります。転生者が絶対に何かやらかすと思うので」
王都には有名な学園がある。行商人のアーシーさんから聞いた話だ。
オービスも絶対学園に行きたいと言い出すだろう。チヤホヤされたいオービスには天国のような場所かもしれない。
「兄さんは何かありますか?」
「あるっちゃある。王族に会ってみたい。どれくらい偉そうなのかこの身で体感したい」
「......そういうのが好きなんですか?」
別にSMの趣味はない。ただ、もし自分が異世界に召喚されて王様に偉そうな態度取られてたら協力できるのか気になるのだ。
「召喚物の主人公ってメンタルが強いことが前提な気がするんだよね」
「むしろ弱いと思いますよ。だって召喚されるのは基本的に高校生ですよね。高校生が見知らぬ地で一人生きていくのは難しいです。だからどれだけ偉そうでも王様は命綱なんですよ」
なるほど、そういう考えも一理ある。要するに、異世界召喚物の主人公は大変だということだ。
「おーい、クロアー、クロウ―。ガーネットがお土産持ってきてくれたぞー」
下の中庭にいるオービスとシルヴィが手を振ってくる。その後ろには豪華な服を持ったガーネットがいた。
下に降りてみるとさっそく着替えた二人が自慢してくる。
フォードがよく着ているタキシードのような上着を羽織ったオービス。
シルヴィのドレスは白を基調としており、綺麗な銀髪とよく似合っていた。
「じゃーん! 貴族の正装だってさ。これがあれば貴族のパーティーとかにも参加できるらしいよ!」
クロアに渡されたのはダークブルーのドレス。クロアの黒髪に合うように仕立ててくれたのだろう。きっとよく似合うに違いない。
「ありがとうございます。大事にとっておきますね」
「えー、今着ようよ! そんで写真撮ろ!」
「汚れたら勿体無いじゃないですか! 後カメラなんてこの世界にはありません!」
小さな舞台に登ったガーネットが中庭に集まった者に挨拶を行う。彼女と出会ったのはつい最近のことだが、すっかり見違えていた。元々彼女は恥ずかしがり屋でも引っ込み思案でもなかったのだろう。
屋敷の外から入って来た住民もその挨拶を聞いていた。俺達と出会ったこと、一緒に温泉を作ったこと、これからも大親友であり続けるということ。
「今日はいっぱい催しを用意したから、皆、最後まで楽しんで!」
最後にそう締めくくってガーネットは舞台から降りた。どんどんやってくる住民にも明るい笑顔で料理を勧めている。もうガーネットが引きこもりに戻ることはないだろう。
「兄さん、あれ」
クロアが屋敷に目配せしたので視線を向けると、そこにはムッとした様子のフォードがいた。その視線はガーネットに向けられている。
「ちょっと行ってくるよ。挨拶入らないって言われてるけど、一様な」
「私もいきましょうか?」
「大丈夫。クロアはシルヴィ達が羽目を外しすぎないように見張ってて」
「......そうですか。わかりました」
クロアがムスっとして背を向ける。前門のムスっと後門のムッと。どうせなら可愛いムスッとの方に行きたいなんて、くだらない事を考えながら屋敷へと向かった。
階段を上がってすぐの踊り場で、ムッとしたフォードが窓から庭を見下ろしていた。その隣にはあまり会いたくない女性が壁に背を預けて目を閉じていた。久しぶりの薙刀少女である。
「クロウ、お前は以前、ラベルドに居ても危険なのは変わらないと言ったな」
振り向くことなくフォードが話始めた。
「もしも、ガーネットを連れて行けと言ったら、お前はどうする?」
まるで意図が分からない質問だ。だが、俺の答えは決まっていた。
「それはできない。シルヴィ達を守るので手一杯なんだ」
「ふんっ、だろうな」
フォードはそれっきり話し出すことはなかった。
薙刀少女も目を瞑ってジッとしている。まるで何かに警戒しているように。
「フォードは送別会に来ないのか? ガーネットが良い酒を用意してくれてるぞ」
「俺はいい。こう見えて忙しいんだ。お前達の路銀は明日までに用意しておいてやる」
最後にもう一度鼻を鳴らし、フォードは二階へと消えていった。
残った薙刀少女はどうするのか気になって視線を向けると、ちょうど目が合った。
「クロウ。ここ最近、ジェフェス帝国の残党が、野盗共と手を組んで活動しているのは知ってる? 腕の立つ騎士やフォードはその対応に追われてる。ただでさえ食料が底を尽きそうな状況で、住民に被害が出ないように先回りして野盗を始末するのは大変なのよ」
それは暗に、ラベルドを見捨てて旅に出ようとしている俺を責めているように聞こえた。同時に、まだ復興が完了していないのにフォードがラベルドを早く出るよう急かしてきた理由を知る。やはりフォードはツンデレなだけで良い奴なのだ。
「そっか」
「......本当は私も、もうすぐラベルドを発つ予定だった。でも、野盗のアジトを潰すまで残ることにしたんだ」
その目ははっきりと、お前は協力しないのか、と訴えていた。
協力したくないわけじゃない。いや、言い訳はよそう。
「俺達は協力できない。最近命の危機にあって、大切な友達を失うところだった。だから、もう厄介事はごめんだ」
「ノブレス・オブリージュっていう言葉が前世にはあった。今のフォードはまさしくそれだけど、貴族じゃない私達にも少し意味は変わるけど、適当されるんじゃないかなって思うんだ。チートっていうこの世界の住民にはない強い力を持っているなら、それを皆のために使わないといけない。でしょ?」
彼女の気持ちを理解するのは容易だった。俺だって前世の記憶があると知った瞬間、勧善懲悪を成す正義の味方を妄想した。でも、この世界にだって現実はあるのだ。
一人の人間ができることなど、高が知れている。
「誰もが君のような正義の味方じゃいられない。それに、正義の味方はいつだって貧乏くじを引く運命だ。君がその理想を追い求めるなら、いつか転生者に支配された憐れなジェフェス帝国に乗り込まなければならない。その時、君は理想と共に仲間を失うことになる。もちろん、君自身も」
この世界は前世で夢見た、華やかで光り輝く冒険譚なんかじゃない。
「困ったな。クロウとは考え方が違いすぎる。私は天に手を伸ばしたいわけじゃない。だた、目の前の人を救いたいだけなんだ」
俺にも守りたい人達がいる。それと同時に、その人達と面白可笑しく笑っていたい未来がある。そこに戦いなんて物騒な言葉はいらないのだ。
「応援するよ。でも、手伝うことはできない」
「......そっか」
それっきり話し出すことはなく窓の外に見える月を少女はただ黙って見つめていた。
給仕が通りかかったのを見送って、俺も歩き出す。
もしかしたら、彼女は主人公になれるかもしれない。オズのような独りよがりな主人公ではなく、この世界の主人公に。
俺はその期待を胸に秘め、彼女の活躍を月に願った。
送別会は朝日が顔を出すまで続いた。何人もの住民が酒に潰れ、騎士が地面に寝っ転がり、まさにドンちゃん騒ぎな一夜となった。俺も酒豪に戦いを挑んだ名残で、まだアルコールが身体に悪さをしている。
ラベルドの門にて、少し眠たそうなガーネットに見送られて車に乗り込む。
給仕に渡された麻袋はずっしりと重く、中には銅やら銀やらのコインがギッシリと詰まっていた。まさにファンタジーである。
「それじゃ、またいつでも帰ってきてよ。もうラベルドはシルヴィ達の第二の
「うん! 王都満喫して飽きたら、絶対帰ってくるから!!」
運転席に座ったシルヴィが、窓から顔を覗かせ手を振りながらエンジンをかけた。
魔力により魔導コアが唸りを上げ、タイヤがゆっくりと回転し始める。
窓から窓に吹き抜ける風が心地良くて、瞼が重みを増した。
後部座席に座ったクロアとオービスが地図を取り合って揉め始めて、それをシルヴィが笑っている。
これで良い。俺達の異世界は、これで良いのだ。そう自分に言い聞かせるように俺はゆっくりと眠りについた。
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