最終話 ロード・キル


 §1 行方不明

 山が色づきはじめた。

 野焼きの煙が奥根来村に漂い、秋本番を告げている。

 ジキータたちも冬ごもりの準備にとりかかったか、最近、奥根来であまり姿を見かけなくなった。


 奥根来村にまた帰村者が増えた。

 タヌキ婆の息子が、孫を連れて帰って来たのだ。

「タヌ男の教育、就職を考えたら、奥根来の方がいいのでは。自分も趣味のハンドクラフトやりながら、田舎でのんびり暮らしたい」

 と、以前、母親を奥根来に送って来た後、考えるようになっていた。


 婆の孫、タヌ男は九月から村の小学校に転校した。

 タヌ男はやんちゃだった。都会の学校では騒ぐと怒られたが、奥根来ではネコ先生も校長先生も微笑ほほえましそうに見ている。

「つけあがったらいかん」

 怒るのは婆くらいだった。


 終業のベルが鳴った。生徒たちは帰り支度を始めている。

 ネコ先生は、タヌ男の姿がないことに気付いた。

「給食は食べていたから。また、合同庁舎あたりでロック・クライミングでもやってるのかな」

 程度に考えていた。子供たちを帰し、教室で日誌をつけていたが、タヌ男の戻る気配はなかった。


 §2 不明者発見

 タヌキ婆の家に行ってみた。やはり、いなかった。

 学校に戻り、校長に報告した。

「私が探しに行こう。ネコ先生は学校に待機していてください」

 校長が探しに出かけた時は、つるべ落としの秋の日が暮れかかっていた。

 

 校長は村外れまで来たが、手がかりはなかった。

 ロレックス・カーが、古民家の庭を掃いていた。

「その子なら、根来村の方へ降りて行きましたよ。ゴミ箱を庭にぶちまけられて、この有様です」

 やっと目撃者に出会えた。校長は詫びもそこそこに、獣道を急いだ。


 根来村に着いたころには、かなり日が暮れていた。

 国道をクルマが疾駆してくる。小動物が前方に飛び出した。少し距離があったので、校長は「走り抜けるだろう」と思ってみていた。

 ヘッドライトが小動物を照らした瞬間、小動物は道路に横たわってしまった。

 校長は思わず駆けだしていた。小動物はタヌ男だった。


 §3 校長受難

「タヌキ寝入り」という言葉がある。タヌキは元来、気が小さい。驚くと気を失う。それが眠っているように見えるのである。

 タヌ男の場合もヘッドライトの光に動転し、気を失ってしまったのである。


 動物たちがクルマの事故に遭うことを「ロード・キル」という。

 人口減少・過疎化で動物の生活圏が広がった。また、道路網が日本中に張り巡らされ、いやがうえにも動物とクルマの接触機会は増えた。結果、おびただしい数の動物たちが落命している。

 その習性からして、タヌキがロード・キルの犠牲者のトップに数えられるのは、当然すぎる話だった。


 校長はタヌ男をくわえて、力の限りジャンプした。クルマは校長の腰に激突した。校長は前方に飛ばされる。その瞬間、タヌ男を口から離した。

 タヌ男は走り去って行く。その姿が次第に小さくなるのに合わせるかのように、校長の意識も遠のいていった。


 §4 飛翔

 元過疎化バスターズは、最近また、昼酒の機会が増えた。

 ほかにやることが、ないのである。ドヤ街の三密酒場の話に、花を咲かせる。遠い昔、遠い所の思い出である。BGMにスキータ・デイヴィスの「この世の果てまで」(The End Of The World)が流れている。


「ごめんください」

 玄関で声がしている。

 ドクがトイレに立ったついでに見ると、奥根来の青年団のイヌと、その母親だった。

 二頭は中に通された。


「大変でしたね。お気の毒なことをしました」

 ジキータたちはお悔やみを述べた。

「その節はお世話になりまして。また、ジキータさんには丁寧ていねいな弔辞、痛み入ります。主人もさぞかし喜んでいることでしょう。一度、ゆっくり、お酒をご一緒したいと、申しておりましたのですが」

 奥さんは目頭を押さえた。

「お母さんを大事にしてあげてね」

 ジキータたちは、息子に声をかけた。

 息子は黙ってうなずいていた。


 奥根来動物村では、校長職を空席のままにしておくわけにいかず、公募することになった。


 村の広報誌に発表したところ、履歴書がいくつか送られてきた。その中に、亡き校長の息子のものがあった。

 イヌ息子は父親の遺志を継いだのだった。


 小学校の中庭に銅像が建った。イヌが小さな動物を咥えて、今まさにジャンプしようとしているものだった。


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過疎化バスターズ 山谷麻也 @mk1624

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