第9話 有害獣
§1 イノシシ捕獲
イノ爺と婆の体から力が抜けていった。
三年前に家出した息子が猟師のワナにかかったということだった。一緒に姿を消した、近所の遊び仲間からの報告だった。
農作物に被害を及ぼすとして、
市の調べによると、近年、イノシシとサルでそれぞれ約四百万円、シカで約百万円の被害が出ている。野菜や穀物、果樹を食い荒らす、というものだ。
被害防止対策として、主にくくりワナ、囲いオリによる捕獲、防護柵いわゆる「電柵(電気柵)」が用いられる。
このうち、電柵は柵に電流を流すもので、触れると感電する。好き好んで触れる動物はいない。一度経験すれば、もうたくさんなのである。
電柵に比べてワナ及びオリは動物の命を奪う。
不運にも捕獲された有害獣たちは、尻尾と両耳を切り取られ、胴体とともに写真に収められる。捕獲者は写真と所定の書類を提出し、イノシシとシカは各一万円以内、サルは二万円以内の報奨金が交付されることになっている。
イノ爺の道楽息子は、このうちのくくりワナにかかったのである。
仲間は右往左往するだけだった。そのうち猟師が見回りに来て、仕留められる。
「誰か、息子を助けてやってください」
母親のイノ婆は泣いて救出を嘆願した。しかし、動物村の住民には、これだけはどうしようもなかった。
§2 我が世の春
「ジキータ。どないかならんかなあ」
ドクは外見に似合わず、根は優しい。
「
ジキータは嫌なことを言う。死んで花実は咲かない。
「だけど、害獣仲間として、放っておけないよ。とにかく行ってみよう。後学のためにも」
イノ息子の仲間に案内され、ジキータ、ドク、モンキの桃太郎伝説三銃士は、事故現場に向かった。
典型的な限界集落だった。昔は人間臭がして近づくのさえためらわれた。ひとたび村里に足を踏み入れた動物は、群れに帰ると、シャワーを浴びるよう言われたものだった。
今では人間臭もほとんど消えた。人家に近づいても人影はまばらだ。
サルなどは土足で家に上がり込み、冷蔵庫からビールを出して飲んでいた、という密告さえあった。未成年が含まれていたことから議会で大問題になり、ボスザルは厳重注意を受けた。
§3 救出作戦
獣道は昔の道ではなくなっていた。大勢の動物が日夜通行するので、道幅は広くなり、しっかり踏み固められていた。そのうち「メインストリートだから、舗装しろ」という提案さえ、地元の動物村議会に提出されかねない。
安心しきっていたのだろう。イノ息子は後ろ足をワナにかかり、暴れていた。
「じっとしとかなあかんで。あんたの脚、切れるで」
ドクが注意する。
ジキータとモンキがワナを細かく観察する。
仕掛けは簡単だった。足を踏み込むと、丸いワイヤーロープが締まるものだ。昔、
モンキがワナをいじっている。
「これ、何だろう」
つまみがあったので、回してみた。
「ワイヤー、
イノ息子の声だった。
なるほど、人間の中には、他人が仕掛けたワナにかかってしまう者もいる。そんな場合、簡単に外れる仕組みにしておかないと、有害獣の二の舞になりかねない。どんな危険な仕掛けでも、安全装置はあるものだ。
イノ息子は仲間の肩を借り、奥根来に向かった。
「ジキータさん。これは何と書いてあるのでしょうね」
モンキに訊かれて、近くの木を見ると標識があった。人間が仲間に、ワナの存在を知らせるものに違いない。
「動物語の注意書きを作って、ワナの近くに掲示しておけばいいじゃないですか。犠牲者が減りますよ」
思わず、モンキの口を押えた。人間には聞かせられない話だった。
§4 モンキ、指名手配に
鍼灸師に写メを送った。
何日かして、鍼灸師から標識が届いた。「くくりワナきけん!」とあった。人間には、ヘビがのたくったような字にしか見えないだろう。標識をワナのそばに立てて歩いた。以来、動物たちはワナに近づかなくなった。
同じものがオリの近くにも立てられた。
モンキは有害獣の命を救った救世主として長く尊敬を集めることとなった。しかし、市ではモンキの指名手配書を村々に貼出した。賞金は数十万円と破格だった。
イノ息子は足首を切断した。
両親はあきらめていた息子が戻ったので、ジキータたちに頭が上がらなかった。奥三足村に足を向けて寝ないことを、誓った。
動物の親たちは子供がまわりの限界集落をうろつくようになると、イノ息子に体験談を依頼した。
九死に一生を得たイノ息子だけに、その説教は効いた。これも結果として、動物による農作物被害の減少につながった。しかしながら、市は事実を
また、イノ息子は奥根来動物小学校に呼ばれ、毎年、「有害獣捕獲の傾向と対策」をテーマに講演している。動物教育委員会では、県下の動物小学校でも講演してもらう計画を立てている。もちろん、県の有害鳥獣対策課は苦り切っている。
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