第8話 家族もよう
§1
最近、タヌキ婆の元気がない。
以前のように、青年団を叱咤激励することが少なくなった。野菜の収穫に出てこない朝もある。
夫と息子夫婦の四頭家族だった。
嫁は隣の動物村から嫁いできた。大雑把な性格だったが、働くことを苦にしていなかった。むしろ、家事は苦手な方だった。外に出ているのが楽しかったのである。
嫁に家事のことで注意したところ、口論になった。夫も嫁を叱った。腹に据えかねているものがあったのだろう。
嫁は家を出て行くことになった。
「あんたが一緒に来ないのなら、あたしゃ一頭で出て行ってもええんや」
と息子に言い放った。息子は嫁に従った。
夫が倒れた時も嫁と息子は帰って来なかった。
「あんなやつらは家に入れるな」
夫の遺言だった。
以来、一頭で寂しく暮らしてきた。
「このままタヌキとしての一生を終えるのか」
と打ち沈んでいたが、過疎化バスターズが来て、目の前がパッと明るくなった。
「こんな婆でも必要としてくれとる!」
農作業を教えながら、無上の喜びを感じていた。
息子から連絡があったのは先週だった。
嫁が亡くなったのである。
「孫の世話もしてほしい。都会で一緒に棲まないか」
ということだった。
タヌキ婆は迷っている。孫の顔は見たいが、村を出るのは初めて。新しい環境になじめるか、まったく自信がなかった。
§2 婆はやはり故郷に
息子に連れられて、夜が明けきらぬうちに、タヌキ婆は村を出て行った。村の衆と顔を合わせるのがつらかったのだ。
孫の世話をするのは楽しかった。息子にそっくりであり、爺と三頭で暮らした奥根来時代が懐かしかった。
孫が学校に行くと、婆はマンションに一頭だった。
「都会には悪い人間がおるから、外には出たらいかん」
と、息子に言われていた。
孫にプレゼントを買おうと、コンビニに出かけた。帰り道が分からなくなった。息子が警察に引き取りに来て、こっぴどく叱られた。
生協(生活協助組合)の注文をよく忘れるようになった。調味料を間違え、料理を台無しにすることも相次いだ。
「奥根来に帰りたい」
息子に申し出た。
息子も母親の異変に気付いていた。翌日、息子は仕事を休み、奥根来に母親を送って来たのだった。
母親は畑仕事にいそしむ一団を発見するや
「ここでええわ。もう帰りな」
と言って、畑に入って行った。
§3 新参者
タヌキ婆が奥根来を留守にしている間に、住民が一頭増えていた。
キツネ爺の家に、都会から嫁が帰って来たのである。
キツネ爺は昨年、最愛の婆を亡くした。それだけでもショックだったが、さらに不幸が追い打ちをかけた。
都会に出ていた息子が病死したのである。親には隠していたが、長年ガンを患っていた。
息子は死に際に、嫁に言った。
「奥根来に帰って、オヤジの面倒を見てくれないか。オレはおふくろが呼んでいるみたいだから行く。オヤジを一頭だけにしておくのは忍びない」
嫁は都会の生まれだった。息子とは職場結婚した。子供たちはすでに独立している。夫婦で旅行などして楽しもう、と話していた矢先の死だった。
§4 村の一員として
「よろしゅお願いします」
嫁は村のあいさつ回りをした。
めっきり弱って来たキツネ爺の介護しながら、嫁は畑仕事にも精を出している。独身時代に事務員をやっており、町内会の経理などもテキパキとこなしている。
「よう
という話もあるが
「まあまあ、そんなこというたら、あかん。表彰なんて。私はキツネとして、当然のことしとるだけです」
と、取り合わない。ますます嫁の株はあがっている。
髪の乱れや日焼けを気にするのか、嫁は姉さんかぶりで作業をしている。これが唯一、土着の動物たちと見分けるポイントになっている。しかし、どうしても馴染めないものがある。
嫁が畑で草取りの作業をしていた。何をやっても一生懸命に取り組む。実に好ましい姿である。
「キャー」
動物たちはいっせいに声の主を見た。嫁が真っ青になって震えている。
指さす方向をみた。大きな青大将が足元で、日向ぼっこをしていた。
あんなにヘビを怖がるのは、人間とキツネの嫁くらいだ。大きな声を出して、当のヘビの心臓が止まったら、嫁はどう救命処置をするつもりだったのだろう。
「大丈夫か?」
タヌキ婆が声をかけた。
「ほんま言うたら、ワシもヘビだけは好きになれん。努力はしたけんどな。気にせんでええで」
新人へのフォローを忘れない。
「えらい、おおきに」
キツネ嫁が礼を言った。
「おまはん、見かけんキツネやけんど、関西から来たんか?」
自己紹介をしあった。
「ほな、息子さんのマンション、うちの近くの団地やったんや。お婆ちゃんも、えらい大変な思いしはったんやなあ。そういえば、よう迷いタヌキの防災無線放送しとったわ。徳島弁しゃべらはるタヌキって、お婆ちゃんのことやったん?」
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