勘違い

ninjin

勘違い

 クソ熱い八月のとある土曜日、午後三時。


「俺のクーリッシュ、達也、お前食っただろっ」

 俺は怒っていた。

 どれくらい怒っていたかというと、激昂、いや、烈火のごとく、いやいや、怒髪天を衝く・・・ん? そこまでではないか・・・。

 とにかく、激おこプンプン丸なのだった。


「いや、僕じゃねぇし、知らねぇし。大体、クーリッシュが有ったことすら知らねぇし」

 弟の達也が言い返すものだから、更に俺はヒートアップするしかない。


「てめぇ、この期に及んでシラばっくれるとは良い度胸じゃねぇか。親父とお袋と麻美(妹)は朝から居ねぇ。そして、つい昼過ぎまでは冷凍庫の中には、確かにクーリッシュは居たんだよ。俺は三時になったら、レポート書くのを中断して、クーリッシュ食おうって、楽しみにしてたんだ。そしたらお前、冷凍庫開けてみたら、居ないじゃねぇか。家には俺とお前しかいない、そして俺は食ってない。

 そしたら、食ったのは、達也、お前しかいないだろっ」


 これだけの状況証拠を突き付けたのだ。達也は白状する以外に他に手は無い筈なのだ。

 が、


「だからぁ、知らねって。それにさ、何で僕だって決めつけるんだよ。祖母ちゃんだって居るだろう。祖母ちゃんが食べたかもしれないじゃん」


 ほほう、どこまでもシラを切り、挙句、祖母ちゃんに罪を擦り付けようってか。この腐れ外道め。お前はいつからそんな人の道に外れる人間になっちまったんだ。

 ここは兄である俺が、例え実力行使に出てでも、嘘を吐かない真人間に戻してやらねば。


「お前なぁ、いい加減にしろよ。言うに事欠いて『祖母ちゃんが食べたかも』だぁ? んな訳ないだろ。祖母ちゃん、去年胆管炎で胆嚢切除ってから、冷たいもの食えないのは、お前だってよーく知ってんだろ。

 それを知った上で、祖母ちゃんのせいにしようってのか。

 お前はどんだけ人の道を踏み外してんだ・・・」


 どうだ、ぐうの音も出ないだろう。

 ひれ伏して謝ればいいのだよ。正直に『僕が食べました』って白状して、『嘘吐いてごめんなさい』って謝れば、優しい兄である俺は許してやらんでもないのだよ。

 但し、『今直ぐ、同じものを買って来い。ダッシュでな』と、炎天下の屋外に叩き出しはすると思うが・・・。


「別に僕は祖母ちゃんのせいにしてないだろ。兄貴が二人しか居ないって言ったから、祖母ちゃんも居るし、可能性の話をしてるだけだ。それにだ、今兄貴が言った通り、祖母ちゃんが、パウチのゼリー飲料だって、冷やさないで常温で飲んでるのも知ってるさ、僕だって」


 ぐぬぬぬ。

 ああ言えばこう言う。

 いつからこんなに生意気な口を利くようになったんだ、こいつは。


「じゃあ、誰が食ったって言うんだよ」

「知らないよ。ってか、兄貴の勘違いなんじゃないの?」

「いや、だからさ、楽しみにしてて、昼飯の後は我慢して、三時の休憩に食おうと思って、冷凍庫の中確認したから間違いないんだって」


 そうは言ったものの、少し不安になり、語気を弱めてしまう俺。

 兄としての威厳、とは・・・。


「なんだい、こんな暑い昼間に兄弟げんかかい? そんなもんは、もっと涼しくなってからにしな。ああ、暑い暑い」


 不意に現れた祖母ちゃんが、俺たち二人の間を通って、冷蔵庫の扉に手を掛けた。

 俺より先に、達也が祖母ちゃんに声を掛ける。


「ねぇ、祖母ちゃん。多分知らないと思うけどさ、冷凍庫に在った、兄貴のアイスクリームって、知ってる?」

「・・・・・・・・・」


 あれ? 何か知っているかのように、少し考える風をする祖母ちゃん。

 俺は息を飲んで、次の祖母ちゃんの言葉を、前のめりになりながら待つ。


「・・・アイスクリーム? それは知らないねぇ・・・」


 なんだ、知らないのかよ。


「あ、でもねぇ、そういえば、さっきあんたらのお母さんに言われてたお肉の解凍しようと思って、冷凍庫開けた時、どうしてだか、冷凍庫に入っていたから、冷蔵庫に移しておいたよ。あれは、見たことの無い柄だったから、誰のか知らないけど」


 そう言った祖母ちゃんは、冷蔵庫から麦茶を取り出し、それを半分ほどグラスに注ぐと、更にそれに水道水を足して薄くてぬるい麦茶を持って、何事も無かったように台所から出て行った。


 ・・・・・・・・・


 ?


 ‼


 俺と達也は慌てて冷蔵庫の扉を開ける。

 そして、そこで目にした、水滴だらけになった、クーリッシュバニラの青いパッケージ・・・。


 俺は、恐る恐る手を伸ばし、その汗をかいた物体に触れてみる。


 プニョ


 嗚呼―っ


「兄貴・・・、分かるよ・・・。その気持ち・・・」

「・・・いや、お前を疑って、悪かったな・・・」


 俺も達也も、最近少し痴呆が始った様子の祖母ちゃんに、強く文句を言うことは出来ない。


 俺も達也も、祖母ちゃんのことが好きだ。


「兄貴、僕、暇だから、コンビニまで買いに行って来ようか?」

「あ、いや、俺も一緒に行くよ・・・」


 コンビニからの帰り道、家まで我慢できずに封を切ったクーリッシュが、めちゃくちゃ冷たくって、甘くって、それでもちょっと酸っぱかったのは、バニラ味が売り切れで買った、カルピス味だったからなのか・・・。



        おしまい

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勘違い ninjin @airumika

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