第10話 後日談
「大変だったよねー」
テーブルに頬杖をついて答える。
あの事件から一週間後。
俺とジニーは今、客の少ない居酒屋にいる。
「大変ですむ話かよ」
「じゃあ、何て言えばいいのよ?」
「……」
「ないじゃん」
と言って、ジニーはビールを飲む。
「でも、色々あったじゃん。やっぱ大変という言葉だけではないと思うな」
事件は解決した。そしてこれにより、覚醒剤の所持やら購入やらで数多くの貴族が捕まった。その中にペネロペもいた。子爵クラスは罰金を払って済ませたが、ペネロペは男爵の爵位が剥奪され元の市民に戻った。ざまあみろだ。
ジニーも元の職場に復帰してめでたしだ。
「でも悪魔憑きってのはマジモンなんだな」
俺が感慨深く言うとジニーが、
「は? 何言ってるの?」
「お前、知らないのか。レイモンド卿は悪魔憑きって言われてるんだぜ。なんでも悪魔に取り憑かれたとか。それで妙な力を持って事件を解決してるんだぜ」
「馬鹿じゃないの」
なぜが馬鹿にされた。え? なんで?
「何だよ、バカって。本当だぜ。聖職者が直に調べたんだぜ」
「悪魔憑きってのはさ、貴族を守るためのものよ」
「は?」
「今回、ミカエル伯爵はどうなった?」
「息子が亡くなったので罪は問われなかったんだろ。あと、被害者の女性に多額の慰謝料払ったとか。あと性被害にあった女性を援助している団体に多額の寄付をしたとか」
「セリーヌは?」
「被害者でもあり貴族ということで少し減封されるんだっけ?」
減封とは領地を一部没収されるということ。
「そうよ。今回はいらない土地を没収されたらしいわよ」
「へえ」
「分かる? 貴族っていうのはね、罪を軽くすることができるの。でも、どうしても慰謝料や減封でも無理な場合は爵位の剥奪。でも伯爵以上の爵位には特例があるのよ。その特例は加害者でもあり被害者でもあるケースや情状酌量の余地があるケースの場合は加害者を悪魔憑きにすることよ」
「それって悪魔憑きってのは嘘っぱちってことか?」
「そうよ。悪魔に憑かれたからこんなことをしましたっていう明文ね」
◯
夜。満月の明かりがベランダに通じるガラス戸を通り、暗い書斎の机を照らしている。
椅子には誰も座っていない。ただ、机に男が座っている。
端正な顔立ちに黒髪で長身な男。身のこなしはどこかふわついたもの。
その男は笑っていた。いや、顔が笑っていた。
「面白くなかったかい?」
書斎の主人であるレイモンド卿は男に聞く。
男はふわりと腰を上げ、ふわりと男のもとへ足を動かさずに進む。まるで亡霊のように。
「面白かったけど。これじゃあ、飽きは満たされない」
そして男はソファに座る。
「せっかくの悪魔憑きなんだから。もっとド派手に、もっと大勢を苦しめさせれば面白いのに」
「あまり目立つと本物の悪魔祓いに狙われるよ」
そう。この男はレイモンド卿に取り憑いた本物の悪魔。
悪魔憑き──世間では罪を軽くするための明文とされているが、実はレイモンド卿は本当に悪魔に取り憑かれている。
ただ、この悪魔。普通の悪魔ではない。
悪魔は取引きをする。それは毒のような取引き。人を堕落と破滅へと向かわせるもの。
その過程を悪魔は楽しみ、時には得た幸福を掠め取るようにして不幸に導き。悪魔は平気で嘘をつき、約束を反故にしたり、詭弁、屁理屈で身を固める。
しかし、この悪魔は──。
「でも、もっと人が圧迫された怒りを爆発したとこを見たいんだよ。あの狂気に駆られたくせに、どこか冷静で理知的かつ計画的に活動する意気揚々とした姿を!」
悪魔は両手を上げる。その顔はやはり笑みである。悪魔は常に笑みを貼る。だが、ほんの少しだけ違いがある。それを機微に悟るのが相棒であるレイモンド卿の務め。
「今度は楽しめるといいですね」
「ああ。次も楽しみにしてるよ」
悪魔はそう言って姿を消した。
書斎に残るのは月の明かりとレイモンド卿のみであった。
[了]
悪魔探偵 赤城ハル @akagi-haru
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