第9話 運び屋

 男は焦っていた。


 荒くれ者のつどう町に戻り、身を隠している部屋に帰るや、バッグに荷物を詰め込んだ。


 ──クソが! どうしてこうなった?


 今回はいつも通りに薬を届けるだけだった。


 ゲイルは常連で前もって代金は支払われていた。しかも今回は急を要するとかでパーティーで受け渡しということになった。勿論その分、割り増しで金額を要求した。


 伯爵家ということもあってか、ふっかけても嫌な顔せず金を払ってくれる。

 こんな上者の客、取りこぼしてはいけない。


 だから男はわざわざパーティーにも出席して薬を手渡した。


 それで済むはずだった。

 だが、へまをした。


 へましたのはゲイルだが、結果的は男もまたへまをしたことになるのだろう。


 ──だが、まだ間に合う。あいつらは今、事件についてどうするかで頭がいっぱいで薬については後回しにしている。その隙に。


 急いで必要な物だけをバッグに詰め込んで、男は部屋を出ようとした。


 そこでドアが開け放たれ、1人の男が立っているのに気づいた。


「レイモンド卿」

 男は忌々しく言う。


「どこかへお出かけかな?」


 ここは温室育ちのボンボンが簡単に踏み入っていい町ではない。

 だが悪魔憑きは例外なのだろう。


 男は懐からナイフを取り出した。


 そしてレイモンド卿へと攻撃的な目を向ける。レイモンド卿との間は歩いて3歩。飛びかかればすぐの距離。

 けれどレイモンド卿は至って冷静で怖がる様子はなかった。


 むしろナイフを取り出した男を卑下している。

 それに男は苛立ち、一気にレイモンド卿へと飛びかかる。


  ◯


「こいつが売人か?」

 強面顔の警察官が仏の顔を見つつ聞く。


「運び屋でもあります」

 レイモンド卿が答える。


「そうかい」

「では、私はこれで」

「いいのか?」


 部屋を去ろうとするレイモンド卿を警察官が呼び止める。


「何がです?」

「鞄の中身、知りたくないのか?」

 警察官が顎で鞄を指す。


「中身に重要な書類──売人のリストや客とのやり取りの証拠があつたとしても、そこからは貴方がた警察のお仕事でしょう」

「……」


 レイモンド卿は部屋を出た。


 その後で若い警察官が強面警察官に聞く。


「先輩、いいんですか? こいつを殺したのはあいつでしょ? たぶん」


 仏は無惨にも首や腕、腰、足が変な方向に折れ曲がっている。まるで壊れた人形だ。


「どうやって殺した?」

「どう……やって……それは」


 この場合、人の体を折って折って、へし折ったというのが正しいだろう。


 しかし、ナイフを持った男を1人の男が傷を負うこともなく惨たらしく殺したのだろうか。


 特に腰の折れ具合は異常だ。相手が軟体生物でないと無理なくらい反対方向に折れ曲がっている。


 それに犯人はナイフを。握ったまま。これだけの目にあったら痛みでナイフを落としているはずだ。

 勿論、後で握らせたという可能性もなくはない。


「……例え犯行を認めさせても、正当防衛になるかもしれない。それにあいつは悪魔憑きだ。全部悪魔のせいになるさ」

「だからって……」

「いいじゃねえか、ゴミが死んだだけだ。そして芋蔓いもづる式でゴミが釣れるかもしれねえんだ」


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