第8話 パーティー④

「鞄を開けてもらえませんか?」

「どうして?」

「入っているんでしょ? 彼の上着が」

「……仮に入っていたとして、私はどうやって上着をここまで持ってきて、彼に着せたと?」


 あっ! そう言えばそうだ。

 大きい鞄を持って会いに行くというのもおかしいし。

 スーツだけ持って向かうのもおかしい。


「ショーが始まる前に男装して広間に入り、ショーが終わると同時に広間を出たのでしょう? 顔はマスクで隠すのでバレなかったのでしょうね」


 なるほど。男装すればショーの団員と思われるため広間を出入りしても疑われないということか。


「で?」

 セリーヌは続きを促す。


「そしてゲイル殿の部屋を訪れ、何か都合をつけてスーツを交換したのでしょう。その後は部屋に戻ってドレスに着替えたのでしょう」

「どうやって殺したの?」

「勿論、毒薬で」

「駄目ね。推理どころか憶測にもなってないわ。それはただの妄想よ。ここにいるのは部屋に入ってきた容疑者なんでしょ? だったらそれ以外の手段で殺すことも可能でしょ?」

「私の言葉が妄想かどうかは鞄のスーツを見せてもらえば分かります」


 セリーヌは目を閉じ、一息ついた後で鞄をテーブルの上に置き、開けた。


 なんと中にはレイモンド卿が言った男性用のスーツとシャツ、ネクタイ、ソックス、革靴が入っていた。


「な! 男物のスーツではないか!」

 ミカエルは驚き、セリーヌを犯人かのように指差す。


「別に持ってて悪い?」

「上着を確認しても?」

 レイモンド卿が伺う。


「どうぞ」

「執事さん、これはゲイル殿のもので?」

「お貸しください」


 老執事はスーツを広げたり、触ったりして調べる。


「はい。ぼっちゃまのスーツです」

「やっぱりお前が犯人か!」

 ミカエルが声を大にして言う。


「間違っただけでしょ? スーツを持ってるだけで犯人なの?」

 セリーヌはレイモンド卿に聞く。


「いえ、問題は薬用ケースです」

「薬用ケース?」


 レイモンド卿は老質からスーツを受け取り、内ポケットからケースを取り出した。

 その時、セリーヌは声こそ上げなかったが、明らかに動揺した。


 そのケースは先程の薬の入った箱とは違い、小さくて薄いものだった。

 レイモンド卿は先程の箱とケースを掲げる。


「この小さいケースは常に懐に入れておく携帯用の物で、箱の方は部屋に置いておく用のものです。つまり、箱の薬をケースに入れていたということです」

「だから何?」

「ケースは空です。そして箱の方はぎっしりと入っています」


 レイモンド卿はケースを振る。音はしなかったということは空なのだろう。次に箱の方を振るとガシャガシャと詰まっている音が鳴る。


「で、それが何なの? 問題は毒でしょ?」

「その毒薬はケース中にあります。執事さん、手袋をお貸し出来ませんか?」

「こちらをどうぞ」

 と老執事は予備の手袋を内ポケットが取り出し、それをレイモンド卿に渡す。


 レイモンド卿は手袋を嵌めて、ケースを開ける。

 何があるんだと皆、首を伸ばしてケースの中を窺う。


 そこには錠剤はない。

 ただ、粉が少し付着していた。


 レイモンド卿はケースの中をセリーヌに向ける。


「これが毒です」

「……」

「待った。何で毒がそのケースに? ケースはそちらの女性が持ってたんだろ? だとしたらゲイルが毒を盛られることはないだろ?」

 俺は疑問を投げた。


「ゲイル殿はケースに入っていた薬を箱へと移動させたんですよ。そしてケースは元の上着の内ポケットに入れておいた。もしくは間違えたのでしょうね」

「なぜ?」

「もし君が錠剤に粉が付着していたらどう思います? 勿論、毒が入っていないという仮定で」

「えー? んー、そうだな。薬を落として粉々にしちゃったとか?」

「そうです。そしてケースは?」

「壊れたかなと思う?」


 それにレイモンド卿は大きく頷いた。


「ケースが壊れた可能性も考慮して、中の薬を全て箱へと移したんです。そしてその時、粉もしくは粒状になった薬も入ってしまったのでしょう」

「なるほどな。粉にしたのは? いちいち粉にする必要あるか。同じ錠剤にするとかは?」


 レイモンド卿は首を振り、

「錠剤が皆、同じ形をしているわけではないんですよね。粉にしたのは錠剤を見て、違う薬とバレないためでもあるのでしょうね」


 そしてレイモンド卿はセリーヌに向き直り、

「どうです? 何か間違いでもありますか?」


 セリーヌは大きく息を吐いた。


「私の負けよ。まさか毒を入れたケースをこっちが持っていたなんて」

「なぜ息子を殺した!?」

 ミカエルが怒鳴る。


 それにセリーヌはめた目で見返す。


「そりゃあ、恨みに決まってるでしょ?」

「うっ、恨み?」

「そこの子が今日、被害に遭いそうになったみたいに今まで数多くの子が泣いていたのよ」

「なっ!」

「知ってたでしょ? 大事おおこどになったこともいくつかあったでしょうに。その時、貴方は何をした? ミカエル伯爵?」


 嫌味たっぷりにセリーヌは言葉を吐く。


「ぐっ」

「あなた! どういうこと? ゲイルは一体何を?」

 奥さんは知らないようでミカエルに聞く。


「知らないの? 貴女の息子さんは女を朦朧とさせて、抵抗がないのいいことに乱暴をしていたのよ」

「そ、そんな!?」


 衝撃の事実に奥さんは膝から崩れる。

 妹さんはどこか兄の狼藉について知っていたのか沈痛な面持ちだけだった。


「私も被害者なの?」

 セリーヌが告白する。


「な!? まさか!?」

 ミカエルが目を見開く。


「息子さんはね、いろーんな所で悪さをしているの。仲間もいて、被害者を脅迫までして」


 ミカエルはわなわなと震える。


「今回の男装の件も元はゲイルが指示したの。たぶんアリバイか何かだったのかな? まあ、どうでもいっか。で、私はそれに乗ったの。ここで復讐してやると」


 セリーヌは冷たい笑みを作る。そしてレイモンド卿に向き直り、

「……ねえ、どこで私だと疑ったの? それも悪魔の力とか?」

「違います。誰にもバレずにこっそり来るには女性の男装か男性の女装のはず。そこで来客の中にバッグを持参し、かつ特別に部屋をあてがわれた人を調べたら貴女がヒットしただけです」

「ショーの方々は?」

「彼らは全員、待合室と広間しか通っていないことが分かっておりましたので」

「残念。彼らも少しくらい馬鹿なことをして羽目を外しくれたら良かったのに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る