第7話 パーティー③
長男ゲイルが毒殺され、仮面舞踏会はお開きになるのかと思いきや、
「いいや、仮面舞踏会はあと少しで終わりだ。それまで黙っていてもらおう」
と屋敷の主人ことミカエルが言うのだ。
それに老執事が慌てて、
「待ってください。それだと犯人を逃すことになります!」
と待ったをかける。
「犯人? そんなものそこの女であろう」
ミカエルは鼻を鳴らしてジニーを指差す。
「はあ!? なんで私が!?」
犯人扱いされてジニーは怒る。
「そうですよ、旦那様。彼女の悲鳴で私と彼が部屋に入ったのですよ。もし犯人なら逃げるべきでしょ?」
「だが、お前以外にこの部屋には誰もいなかったんだぞ! 大方、逃げられなかったから被害者ぶってんだろ? あと、どうしてこの部屋にいた!? 怪しいではないか!」
ミカエルは鼻息荒く、捲し立てる。
「呼ばれたのよ。そこのゲイルってのに!」
ジニーは死体を指差す。
「何の用でだ?」
「ペネロペ……雇用の件でよ。それで部屋に入って……」
「で、殺したのか?」
「違うわよ!」
ジニーは大声を出したのか頭がふらつき、バランスを崩しかける。
「大丈夫か?」
危ないと思い、俺は肩を掴み支えてやる。
「ありがとう」
そこでドアが開かれ、レイモンド卿が現れた。そして開口一番、
「犯人は彼女ではないでしょうね」
「誰だ?」
そのミカエルの問いを無視してレイモンド卿は続ける。
「テーブルには二つのシャンパングラスがある。一つは貴女が、もう一つはゲイル殿のものでは?」
とジニーに聞く。
「ええ」
「もしかして女が飲んだのには睡眠薬が入っていて、そして息子のグラスには毒薬が入っていたとお前は言いたいのか?」
「いいえ。半分違います。ちなみに貴方はどのようにして毒がグラスに入っていたと?」
「そりゃあ、シャンパンの瓶に入っていて……あっ!」
「そうです。シャンパンに入れたのならジニーさんも毒で亡くなっていたでしょうね」
「ならどこで? というかお前は誰だ? おい、代理人! お前の連れとはいえ許さんぞ!」
「これは失礼」と言い、レイモンド卿は変装を解く。解くと言ってもマスク、そして髪型を変え、付け髭を取っただけ。だが、それだけで大きく
『なっ!』
ミカエルは口を開けて驚き、ジニーは口に手を当てて驚く。
「クロード・レイモンド!」
ミカエルが忌々しく、その名を口にする。
「なぜお前がここにいる?」
「普通に出席すると周りにも迷惑かと思い、変装させていただきました」
レイモンド卿はミカエルに
「で、悪魔憑きのお前は分かるのか?」
対してミカエルはどこか挑発的な笑みをレイモンド卿に向ける。
「ええ」
「本当か?」
「少々調べさせてもらっても?」
レイモンド卿はゲイルの遺体を指差す。
「構わん」
許可を得て、レイモンド卿は遺体に触れる。
ゲイルの遺体は発見時のままの状態で、遺体はソファに浅く座り、目をひん剥き、口を開け、喉に手を当てている。もがいていた時に外れたのかスーツのボタンが床に落ちていた。それと袖が少し下がっている。
そしてスーツの
そして蓋を開け、中身を見る。
「ゲイル殿は何か持病でも?」
レイモンド卿はミカエルと老執事に尋ねる。
ということはあれは薬なのか?
「いいえ」
老執事が首を振り、答える。
「まさか毒薬か?」
ミカエルが聞く。
「いいえ」
「睡眠薬?」
「違うでしょう」
「何だと言うのだ」
「覚醒剤です。エデンスでしょうね」
「まさか!?」
「この私が言うのですから」
「……」
ミカエルは俯き、押し黙った。
どういうこと?
エデンス?
それに私が言うのだからとは?
「ここの使用人は広間を出た客のことを覚えていますか?」
レイモンド卿は老執事に聞く。
「全員とはいきませんが、トイレやバルコニー、待合室以外に向かうお客様には声をかけています」
「覚えているの? マスクもしているのに?」
俺は驚いて尋ねた。
「……ええ、まあ」
なぜか老執事は言い淀んだ。
レイモンド卿は、
「では、ショーの後から一人でトイレやバルコニー、待合室、そしてこの部屋もといゲイル殿に会いにきた客をお呼びください」
老執事は一度、主人に顔を向ける。その主人ことミカエルが頷いたので、「わかりました」と言い、部屋を出ようとする。
レイモンド卿は何か言い忘れていたのか、部屋を出る老執事を追い、何か耳打ちをしている。
そして、
「すみません。それではミカエル様は広間に向かって構いません」
「ん? いいのか?」
「はい。容疑者はちゃんとこの部屋で待たせておきますので」
「ちょっと待て、まさかさっきのが容疑者なのか?」
俺はレイモンド卿に聞いた。
「あれだとかなりの数になるのではないか?」
「いいえ。少数で済むでしょう」
◯
少数で済むと言っていた通り、本当に部屋に連れてこられたのは3名だった。
「初めてこの屋敷に来た人なら間違ってゲイル殿のいる部屋、もしくは廊下を通りますが、何度もパーティーにお呼ばれしている客は通りませんよ」
聞いていないのに、俺の心を読んだようにレイモンド卿が答える。
「さすが悪魔憑きで」
「いえいえ、今のは表情を読んだだけです」
「私もわかったよ。バーナードは顔に出やすいよね」
と言って、ジニーがくすりと笑う。
呼ばれた3人は部屋の惨状を見て驚き、レイモンド卿を見てさらに驚いたり、納得したりする。
納得した男が、
「もしかして推理ショーでも始まるのかな?」
「いえいえ、皆様には少しお伺いしたいことがあり、来てもらった次第です」
「ということは僕達は疑われたってことかな?」
その質問にレイモンド卿は笑みで返す。
「わ、私は殺してないわよ!」
女が声を大にして言う。
「俺もだ」
と3人目も答える。
この3人目は俺が広間で声をかけた相手であった。
相手は俺の視線に気づくと、顔を背ける。
「では、まずは事件ことについてお話しましょう」
レイモンド卿は事件の発見当時のことを語り、そして一人一人に自己紹介とアリバイを聞いた。
3人目のアリバイが終わったところで、ミカエルと奥さん、ゲイルの妹君が現れた。
「ゲイル!」、「兄さん!」
奥さんと妹さんは口に手を当て、ゲイルに近づく。
「どうしてこんなことが」、「……そ、そんな」
ミカエルは二人がわなわな震えているのを無視して、
「で、犯人は分かったのか? どいつだ?」
3人に疑わしき視線を向ける。
「僕ではありませんよ」、「私だって!」、「……俺もだ」
「ミカエル様、もう少しお待ちを。執事さんがあるお方をお呼びに向かっている……」
そこでノックがされ、老執事と女性が入室した。
ショートカットの女性で手には大きめの鞄を持っていた。
「何かしら? 帰ろうとしたところで呼び止められたのだけど?」
そしてゲイルの遺体を見て、3人と同じく目を見開いて驚く。
「お名前をお聞きしても?」
「貴方……クロード・レイモンドね」
「どこかでお会いに?」
「いいえ。私はセリーヌ・ヒルトンよ」
「ではセリーヌ様、お持ちの鞄は大きいようですが?」
そう。セリーヌの持つ鞄はパーティーに持って行くには大きいものだった。
「ま、少々」
「当てましょうか? 男性服でしょ」
レイモンド卿の言葉にセリーヌは眉をぴくりと動かした。
「執事さんに待合室のような部屋をあてがわれ、かつショーの前に一人で出た来賓者を連れてきてもらうよう頼んだのです」
「ん? ショーの前?」
俺は疑問の声を上げた。
すると皆の視線を集めてしまい、
「その……3人はショーの後って聞いたからさ」
「本当ね。どういうこと?」
ジニーも口を挟む。
「ゲイル殿のスーツを見て下さい。袖が下がっていますよね」
「そうなのか?」
ミカエルが遺体の腕を横に伸ばす。
「本当だ。少し小さいな」
「ということはそのスーツは彼のものではありません」
「間違って小さいスーツを着たとか?」
俺が聞く。欠伸をしてたんだ。間違ったという可能性もなくはない。
「何よ。小さいスーツって?」
ジニーが呆れたように言う。
「ええ! 捨てきれずに小さいスーツを持ってたとかさ」
「ないない」
レイモンド卿は咳払いして、
「そもそも挨拶で会った時、彼はきちんとしたスーツを着ていました」
「はい。挨拶時のお召し物ではございません」
老執事も違うと言う。
レイモンド卿は3人に向かい、
「ショーの後、貴方達が彼と会った時はこのスーツだったのでは?」
「……よく覚えてないけど」、「たぶん? 会った時はそのスーツだったのかな?」、「すまない」
3人は渋い顔をして言う。自信はないのだろう。
そりゃあ相手のスーツなんてよっぽど異変がない限り見ないもんな。
「残念。私はショーの後でお見かけになったので覚えていたのですが、皆さんは覚えてないようで。では、次にこの部屋に他のスーツをお見かけになりましたか?」
「いや、それはなかった」、「うんうん」、「スーツは見ていない」
この部屋にスーツはない。ということは彼らに会う前に別のスーツに着替えたというこか。
「あれ? それじゃあ、前に着ていたスーツは……」
どこと聞こうとして、俺はピンと来た。
それは皆も同じで、ある一点に視線を向ける。
視線を集めたそれはセリーヌの持つ鞄だった。
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