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金髪で細身のエルフのお姉さんに、筋肉ムキムキな豪快なエルフのお姉さん、それにドワーフとエルフのハーフだというお髭の女の子がごく普通の団地の居間にある、ごく普通のテーブルを囲んでいました。
三人とも最初はわたしのわかる言葉(つまり日本語です)で会話していましたが、だんだんと興が乗ってきたのか、聞いたことのない言語で会話をするようになっていました。
エルフの言語には鼻声での発声が必要な単語が多いようで、わたしは夏休みの宿題を黙々と解きながらへーこんな感じなんだと思います。鼻声になったコクゴさんの声はうっすら低くなります。なんかセクシーだなと思いました。わたしはコクゴさんの声が好きなんだなと気がつきました。
三人が「休憩」に等しい言葉をいったのがわたしにもわかりました。シュワイヤさんが窓を開け放ち、扇風機を使って換気します。豪快ですがとてもマメな人だということがその一連の動作でわかりました。
「あの、」わたしはおずおずといいました。「三人はどういった関係なんですか?」
「旅の仲間じゃ」オーリちゃんさんがいいました。もふっとした立派なお髭に麦茶の水滴がついています。「腐れ縁といってもよいな」
「会ったきっかけはドラゴン退治のときね。そのあともちょくちょく会合で会ったりして、そこからずっと、って感じです」
「もう30年ぐらいか?」
シュワイヤさんがいいました。オーリちゃんさんが頷きます。
「気になったんですけど、意外とこっちの世界とコクゴさんたちの世界って気軽に行き来できるものなんですか?」
三人はそろって「うん」と頷きました。
「この団地、というかニュータウンのとある公園に植わった大木の近くにはマンホールがあってね、そこは本当は水道か何かの点検用とからしいんだけど、そこがわたしたちの世界に繋がってるんですよ」
コクゴさんがいって、ほかのふたりもうんうんと頷きました。ニュータウンってすごいところだなあと改めてわたしは思います。
シュワイヤさんもオーリちゃんさんも、コクゴさんとエルフの会合? とかで話しているうちに興味を持ってこちらの世界にやってきたそうです。
南方エルフであるシュワイヤさんは漁村の出で、こちらの世界の魚を釣ったるぜと家を飛び出したそうですが、日本列島をぶらぶらしているうちに気がついたら山梨の空き家をリフォームして自分で畑をやったり近隣の人の畑を手伝ったりするようになっていて、趣味の筋トレを活かすためにオンラインパーソナルトレーナーとなったそうです。ちなみに副業の貿易業とは、コストコなどで買ったこちら側のプロテインをあちら側に売ることを指しているそうです。
オーリちゃんさんはこのなかで一番年下です(とはいっても40歳ぐらいだそうですが)。誇り高いドワーフのなんとか王家の血筋の母と、これまたエルフのなかでは先進的な考えを持つかんとか家の父のあいだに生まれた、両種族の期待を背負ったいわゆるお嬢さまだそうで、見聞を広めるためにこちらの世界に来たそうです。愛媛の高校に通っていて、もふもふのお髭は同級生たちからかわいいと好評だそうです。
そういうこともあるんだなあとわたしは思います。
「そうだツルハよ」
「なんですかオーリちゃんさん」
「オーリちゃんと呼ぶが良いぞ。儂は“ちゃん付け”が大好きじゃ」
「あっはい」
「遺品整理のようなことをしているといっていたが、弓は見なかったか?」
弓。弓は見たおぼえがありません。それこそ今朝、コクゴさんが屋上で練習していたときに使っていた弓以外は。
「うーん、というかプチ遺品整理なのでそんなにがっつり引っ掻き回してないんですよね……」
「今日もほとんどアルバム見てましたしね……」
コクゴさんがあずきバーをかじりながらいいます。本日二本目です。シュワイヤさんはあの硬いあずきバーをもりもりかじり取っていきます。オーリちゃんさんはお髭の周りがべとべとになっていました。わたしは表面を舐めながら、そういえば大おばさんの家といえばあずきバー、あずきバーといえば大おばさんの好きなもの、という記憶の仕方をしていたなと思い至ります。
そうやって大おばさんに関する記憶を思い出しているうちに、あるものを思い出しました。
「その弓って、白い羽飾りがついてるやつですか?」
コクゴさんは「うん、そう」と頷いてから「おぼえてたんですね」としみじみいいました。
「おぼえてたというか思い出しただけで……」
むかし、大おばさんから見せてもらった気がします。それはちゃんとしたケースに入っていたような気がします。大事な友達からもらったの、弓できないからしまったままだけどねアハハ、なんてことをいっていました。
数時間前のことを思い出します。お母さんが見つけた着物の入った桐の箱といっしょに黒いケースが出てきたおぼえがあります。そういえばそのとき、コクゴさんはおトイレに行っていたのでした。ケースはお母さんが軽く中身をたしかめてすぐしまっていた気がします。
わたしは記憶を頼りに襖を開けます。上の段には手が届きません。それを見たシュワイヤさんがひょいひょいといろんなものを取り出していき、奥から黒いケースを取り出しました。長方形で大きいです。
ぱちりと留具を外して開けると、なかには木製の弓がおさまっていました。素朴だけれど有無をいわせぬ曲線美がその弓にはありました。たしかに白い羽飾りがついています。
わたしの肩越しに背後から白い手がすっと伸びます。愛おしむように、弓の表面をコクゴさんは撫でました。
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