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「盗品とかじゃないよー。ちょっと傷はついてるし、まあぐじゅぐじゅになってるのもあるけど山梨のいい桃だよー」


 シュワイヤさんはてきぱきと桃を捌いていきます。この場のだれよりも背が高く、声も大きいです。


 わたしは桃の相場はわかりませんが、近隣のおばあちゃんがこんな立派な桃いいのかいと驚いたふうにいいます。


「いーのいーの! 余ってももったいないからね」


 どこかから集まった人たちはやがて散っていきました。桃はあっという間になくなりました。


 シュワイヤさんはずんずんとこちらに近づいてきました。わたしとコクゴさんの目の前に立ちどまります。


「でっか……」


 身長は2メートルはありそうです。


「でっか……!」


 肩と二の腕の筋肉がぱつんぱつんでした。首も立派です。


「でっっっか……!!」


 筋肉だけじゃなく、大きなおっぱいもオーバーオールのなかで窮屈そうにしています。


「わはは! 素直ー!」


 シュワイヤさんはそういうと、大きな手でわたしの頭をくしゃくしゃと撫でました。


「シュワイヤこちらツルハちゃんカザミ氏の姪であるアミ氏の長子。ツルハ氏こちらシュワイヤわたしの古い友人旅の仲間」


 コクゴさんは洋画でしか見ないような簡潔な紹介の仕方をしました。


「はじめまして木津弦羽キヅ ツルハです。な、長野から来ました。えー、中学一年生ですっ」


「これはこれははじめまして、おれはシュワイヤ。誇り高きズ・ワイヤの娘。いまは山梨でオンラインパーソナルトレーナーと貿易業をやってるぞ」


 お互いペコリと一礼します。


 シュワイヤさんは軽トラの中から大きなバックパックと段ボール箱を取り出しました。わたしたちは大おばさんの部屋に戻ります。


 段ボール箱のなかはやっぱり桃でした。


「これラスイチね。あんたんとことアミちゃんとこ用ね」


 荷物をおろすとシュワイヤさんは軽トラを駐車するためにまた外へ出ていきました。


 そのすきにコクゴさんは自室に戻ります。


 ベランダに置いてあるソーラーパネルやら何やらから伸びたケーブルが大きくて重たいむかしのiPadに繋がってました。メッセージアプリには《いろいろ仕入れたいしリハもちゃんとやりたいから明日もう行っていいよな?》《っていうか弓見つかったのか?》《おーい》《昼ごろつく》といったメッセージが届いていました。


「いや〜……」コクゴさんは手で顔を覆いました。「明後日だと思ってた」


「何がですか?」


「えっと……〈儀〉」


「ギ?」


「あ、儀式のことです」


「儀式、ですか。お祭りみたいなものですか?」


 うんこ座りでiPadを見下ろしていたコクゴさんはわたしを見上げました。その表情は真面目でした。


「端的にいうと、お別れ会……お葬、じゃないか、告別式みたいな」


 誰の。


「カザミ氏の」




 戻ってきたシュワイヤさんは長細い麻袋を肩にかけていました。背が高いのでドアの前でかがみ込み、そうすると肩にかけた麻袋が引っかかります。


 わたしとコクゴさんとでずっしり重い麻袋を抱えて大おばさんの部屋に運び込みます。なかには立派な槍とオールが入っていました。


「いやおめえ〈儀〉の準備が一時間とかで終わるわけねえだろ。段取りもちゃんと確認してほぼおれたちだけで飾り付けしないとなんだから普通に一日はいるよ。リモートだとわかんないこともあるじゃんか」


 シュワイヤさんは麦茶を飲んでマスクを引き上げるといいました。やや強めの語気ですが、そこまで厳しい感じはありません。


「おっしゃるとおりでございます」コクゴさんは平謝りしました。


 コクゴがいいだしっぺなんだからなーとシュワイヤさんがぶつぶついってる最中に、ぴんぽーんとチャイムが鳴りました。


 扉を開けると、わたしよりすこし小柄な女の子が立っていました。後ろには大きなスーツケースを持ったスポーツウェア姿のさっぱりした女の子が立っています。


 小柄な女の子はストライプのシャツワンピースを着ていて涼しげですが、口元を覆った不織布マスクからは毛のようなものがはみでていました。お髭のようです。お髭でしょうか。本当に?


「コクゴ・ソーントーンデイルはおるかねっ!?」


 お髭の女の子はかわいらしい声でがなります。巨大どんぐりみたいです。その声は狭い階段に反響して、後ろのさっぱりさんは顔をしかめて空いた手で耳を抑え、小さく「ぅっせー……」と漏らしました。


 はいはいはい、といってコクゴさんが現れました。


「あはは……遠路はるばるお疲れさま、オーリちゃん」


「あのなっ、シュワイヤがなっ、コクゴはどうせうっかりしてるだろうからってなっ、いうんでなっ、早めに来たのじゃっ」


 小柄な女の子――オーリちゃんさんの声がうわんうわんと反響します。耳がきーんとします。


「オーリちゃんちょっと声声」


「おっとすま! ……んな」


 スニーカーを脱いでオーリちゃんさんは家に上がっていきました。居間から「シュワイヤァ!」「オーリー!」「でかくなったなあ!」「そっちこそなあ!」という豪快な声が聞こえてきます。ワーッハッハッハ! という笑い声も。


「あのお……」スポーツウェアを着たさっぱりさんがいいました。「このスーツケース、あの女の子に頼まれたんですけどどこ置いたらいいですか?」


「きりんちゃん、手伝ってくれたのね」


 コクゴさんの口ぶりから察するに、顔見知りのようです。


「駅前でヒィヒィいってたんで。大変そうだったので、まあ……」


「ありがとう。オーリの代わりにお礼をいいます。そのスーツケースなんですけど、とりあえずそこ置いておいていいですから、わたしのほうでやります」


「わかりました」きりんちゃんさんは会釈すると、立ち去るまえにこちらを振り返っていいました。「明日のやつ、わたしも手伝い行きますから」

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