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わたしは愕然とした表情でお母さんを見ました。お母さんは、たはは……といいながら頬に手を当てて恥ずかしがっています。
「えじゃあなんですか、昨日いってた一緒にドラゴン倒した云々って本当だったんですか!?」
「そうですよ~。中学生のころのアミ氏がいろいろあってわたしの世界に来ちゃってというか行っちゃって、カザミ氏も来ちゃって、わたしも心配だからついてって、なんやかんやあって一緒に冒険してあのごうつくば……ドラゴン倒したんです」
その“いろいろあって”と“なんやかんや”が気になりすぎます。
「っていうかなんでこんな楽しそうなこと今まで教えてくれなかったんですかお母さんっ」
「え~、お母さんお話ししたよ~? 5歳ぐらいまでにお話ししたでしょ~? 勇者ツルハの冒険っていうふうに主人公をツルハに置き換えて設定も多少は変えて」
そういえばそんなお話を聞いたおぼえがありますが、そんなの小さい子には実際にあったことを元にしたってわからないしそもそも創作だって思うじゃないですか。
「でもツーちゃん、いやっ、もっと別のお話しがいいのっ、っていってお気に入りの絵本とか渡してくるようになったじゃない? 図書館で借りたのとか。そこからはあまりしないようにしてたの。まあすきをみてたまにはいったりしてたけど……」
「……ん? あれ、じゃああれですか? お母さんが急に魔法使いの知り合いから聞いたんだけど~とかいったり、ファンタジーものとか異世界転生もののアニメとか見てそうそうよく出来てるとかなんか感心してたりそうじゃないんだよなとかぶつくさいってたのって、そういう……、えっ、そういうことだったんですか……?」
お母さんは「うん。そう」と断言しました。
わたしは口をぽかんと開けました。
「ちなみにこれがカザミ氏ね」
コクゴさんが指さした若かりし頃の大おばさんは柔和に微笑んでいました。全体的にカチコチと凝り固まった集合写真のなかで、彼女だけが、いえ、カザミおばさんの肩に腕を回してるコクゴさんとのふたりだけが、楽しそうに微笑んでいます。
カザミおばさんはウェーブがかった黒髪をひとまとめにし、肩からゆったりと垂らしていました。わたしの記憶では思いきってプラチナブロンドのベリーショートにしていたおぼえがあるので新鮮です。彼女はオレンジ色のエプロンを着けています。エプロンにはもちろん、勲章が輝いています。足元に置いてある大きなボストンバッグからは包帯と松葉杖がはみ出ていました。片手には女性が扱うには大きすぎる槍を持ち、首からはオカリナをぶら下げていました。空いた手は、お母さんの大きすぎる肩当てに添えられています。
コクゴさん、カザミおばさん、お母さんの部分だけ写真館で撮った家族写真じみた雰囲気でちょっとおもしろいです。
「このパーティ、前衛というかアタッカーが多すぎませんか?」
わたしは疑問を口にします。
「そうですか?」
「だって、魔法使いの人はたぶん後衛でしょ。カザミさんも後衛の弓矢ですよね。あと盾の人抜いたら斧斧斧槍勇者で……これ回復役とかいないんですか?」
「わたしがやってましたよ。わたしが妖精学でなんとかして、軽い手当はカザミ氏にやってもらってました」
「この魔法使いの人は?」わたしは青白いイケオジを指さします。「俳優のあのマッツなんとかみたいな顔の」
「系統が攻撃寄りで補助と癒やしちょっとかじったぐらいだったのでそんなにって感じでしたね」
「カザミおばさんはあとオカリナがあったからね」
「オカリナ?」
「魔法のオカリナで、これ吹くとやる気が出たりするのよ。ゲームっぽくいうならバフがかかるってやつね」
便利すぎます。
「えじゃあ大おばさんは槍と医療と吟遊詩人のみっつをかけもちしてたんですか?」
「吟遊詩人じゃないけど、まあそうなりますね」
「大変すぎません?」
「そこはまあ、盾の人がヘイト溜めてタンクやるの上手かったんで……」
コクゴさんもゲームっぽく喩えはじめました。
「あとドワーフのおじさんたちも強かったからね」
「そうそう、そういえば写真には写ってないんですけど、トールで多腕の僧侶さんもいたので、その人もいろいろやってくれましたね~」
「あの人写真嫌いだったからな~」
話が弾んでいます。ふたりが互いに思い出を語る感じになりつつあるので、わたしはさっきまで興味津々だったのですが、話に入れずちょっと興味が薄れてきてしまいました。
それを察したのかコクゴさんは「おっといけない、片付けが進みませんね」とかいって、雑談しつつアルバムの整理に戻ります。
その気遣いが嬉しいと同時に、わたしはちょっと申し訳ない気持ちになります。
お母さんが中学1年生だった1990年代の前半、その頃はスーパーファミコンが大流行り。ドラクエの4とか5が発売されたり、ファイナルファンタジーも5とかが出ていたり、ほかにも聖剣伝説とかサガなどといったRPGがたくさん発売されていたそうです。ほかにもゲームブックだとか小説だとかもあったそうです。
そんななか、実際にエルフやドワーフといった多種族と交流しつつ冒険を繰り広げていたのがお母さんというわけです。
わたしって何も知らないし、知らされてなかったんだなあと思います。
なんかちょっとムカつきます。
しかし、別に知らなくてもいいこと、わざわざ知らせるまでもないこともあるんだろうとも思います。
休憩がてらひとりでお仏壇のまえに座り、お線香をあげているときのことでした。
よく見ると、位牌がふたつあることに気がつきました。
「んん……?」
大おばさんの位牌は一旦、長野にある母方のおじいちゃんとおばあちゃんの家のお仏壇に置いてあるはずです。
わたしは目を盗んで、おそるおそる位牌の裏側を見てみます。
ひとつめは、享年から考えて40歳にならずに亡くなってしまった、大おばさんの旦那さんのものでした。
もうひとつの位牌に手を伸ばしているとき、気がつきました。
その位牌は大おじさんのものよりじゃっかん古く、そして頻繁に手にしたような、そんな印象を与える痕跡がありました。戒名に「水子」という単語がふくまれています。
わたしは伸ばしていた手をとめ、もう片方の手で掴んでゆっくりとおろしました。
掴んだ手の甲を見ます。ちょっと薄れた赤いスタンプが残っています。
大おばさんには子供がいないという、話を思い出します。
ふうと小さく息を吐き、姿勢を正し、あらためて手を合わせます。
深く深く目を閉じます。
そうすると、さっきまで見ていた若い頃の大おばさんの写真や、ぴかぴかの団地に引っ越してきたばかりのころの写真や、姪っ子とエルフの友人と一緒に異世界で冒険を繰り広げた大おばさんや、わたしの知っているちょっとぶっきらぼうだけどとっても優しい大おばさんのことや、お棺のなかでお花に囲まれて眠っている大おばさんのことを、意図せず思い出したり、想像してしまいます。
わたしはそれをかなしいしかわいそうと思いますが、でもそれはなんだかわたしの身勝手な、その場でこしらえた薄いかなしみのような気もします。
大おばさんはそう思われることを望んではいないでしょう。きっと。
それでも、かなしいと思います。
そう思うことをやめられなくて、ちょっと情けないです。
わたしはぎゅっと目をつむり、涙が引くまで形だけのお祈りをつづけました。
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