3

 コクゴさんにねえねえ学校ってどんな感じ、いま若者のあいだでは何はやってるのなどと質問責めにされたり、逆にこちらがコクゴさんを質問責めにしたりしているちに、コーラの炭酸はいい感じに抜け、お昼の時間になっていて、お母さんがわたしたちを呼びに来ました。


 お昼ごはんはタコスでした。なぜ?


「いや、なんか期限近そうだったし、ちょうど食材があったし、もったいないじゃない?」


 お母さんがカザミおばさんの家にやってきたのは、諸々の事務手続きやらプチ遺品整理をするためでした。カザミおばさんには子供がいません。なので、お母さん、そして後からやってくるお父さんが、そういうことを引き受けたというわけです。


 一応、二泊するつもりです。夏休み中でヒマですし、お手伝いにいってあげてもいいかな、あと今の東京ってどんなところか見たいなと思って、わたしは旅行気分でついてきました。お母さんもそんな感じで、合間にむかしの友人と会うつもりだそうです。


「冷蔵庫のなか、なんだったらわたしが引き受けてもいいですよ~」


 コクゴさんはフラワートルティーヤにレタスを乗せてタコミートを乗せてサルサソースを乗せてチーズをパラパラ振りかけると慣れた手つきでくるくる巻いてぱくりと食べました。エルフってタコスとか食べるんだ。


「ややや、食べますよそのくらい~。お肉も食べますってぇ。たまにしてたんですからカザミ氏と」


 カザミおばさんはとりあえず気になったら手を出してみる人だったらしいです。古今東西の食料や調味料がなんだかたくさんのこされているそうで、お母さんは、バナナの花の水煮缶なんてどう使うのかしらねと首を傾げています。わたしには見当もつきません。


「まあここらへんって都心からの避難民も多いですし、それにしたがってけっこういろんな国の人も住んでますからね。アジア系の人向けの食品店とか、中南米の人向けの食品店とかありますし、ドンキも品揃えいいんですよ」


「そいえばコクゴさんって最初こっち来たときのご飯とかどうしてたんですか?」


「あ~……」コクゴさんは目をさまよわせます。「小学生からもらった給食のあまりもののパンとか……あとあの薄~い牛乳みたいなやつとか……あとハクビシンを獲」


「あっ、ほら、でもおばさんのところに転がり込んでなんとかなったじゃないっ?」


 コクゴさんがいいかけていたのをお母さんが慌てて被せました。特に意味はないと思います。もうハクビシンって聞いちゃってます。


「そうそう、アミ氏のいうように、命の恩人なんですよカザミ氏は」


「へえー」わたしはタコスにかぶりつきました。弱冷房のややぬるい風を受けながら、夏にぴったりな食べ物だなあと思います。




 コクゴさんは魔術とか妖精学とかでそう悪くない素質を持っていたそうですが、ガチガチの環境の“学院”に行くのはちょっと違うかもなと思い、元いた世界ではいわゆるフリーターさんのような感じで、地元の森のお土産屋さんでこつこつと革製品の小物を作ったり、郷土料理であるところの鹿肉の塩漬けの缶詰を作ったり、観光客向けに森のツアーガイドをしたり、そこそこの腕前の弓矢を披露しては他種族から流石エルフやねと褒められたりしてそう悪くない日々をおくりつつ、趣味の異文明遺跡調査をしていたそうです。


「異文明遺跡?」


 わたしがたずねるとコクゴさんは炭酸の弱くなったコーラを口に含み、飲んでから


「そ、異文明の遺跡。われわれの文明とはまったく異なる――かといって古代のドワーフや巨人のものでもない、そういうやつで、ひらたくいうとこっちの世界から跳んできたやつですね」


 といって指で何かをさそうとして諦め、力なくぐにゃぐにゃとあちこちを指さして


「あー、こういう団地~、とか」


 といいました。


 わたしはと思います。


「え、うそ、反応薄い」


「だって、もうコクゴさんに会っちゃったから、そういうこともあるのかなあって」


「そっかあ、これ結構みんな食いつきいいんだけどな」


 コクゴさんはぶっとい眉毛をややしょんぼりさせました。


 わたしもお母さんもコクゴさんも、さっきまで普通にマスクして会話していたのに、今はノーマスクで昼食をともにしていることに食後やっと気がつきます。


 まあわたしあまりバイト以外だと外に出ませんからね、大丈夫じゃないですか、たぶんとコクゴさんはいいます。


「エルフだから免疫が強いとか」


「いやあ、とくに、ぜんぜん」


「ワクチンってもう打っ、ていうかそもそも打てるんですか?」


「それはまあ……ねえ……」


 コクゴさんは言葉を濁します。わたしは戸籍とか住民票とかの話になりかけている気がしてこれはグレーなこと訊いちゃったぞとまた軽率な自分の言動を反省します。


「コクゴさん、むかしインフルかかっちゃって大変なことになってからバカスカ打つようになったんだよ」お母さんがいいます。「まあ、子供の頃の私がうつしちゃったんだけど」


 そんなことが。


「いやぁも~、病気とか嫌すぎるんですけど、でもあの注射の針がすごい嫌で……」


 コクゴさんは苦い表情をします。


 大人なのに注射が嫌いなんだなとわたしはつい思います。92歳なのに。エルフなのに。わたしもお注射は苦手なので人のことはいえませんが……。


 なんか、案外普通の人だな……と、わたしは思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る