エピソード27

開け放ったカーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。

その部屋で私は鏡を覗き込んでいた。

制服に身を包み、顔にはバイトの時みたいにじゃなく薄っすらとメイクを施した。

髪の毛を整えた私は手元にあった細いチえンを指に絡めるように取った。

チえンの先にはゴールドのシンプルなリング。

私はそれを首に着けた。

ひんやりと冷たい感触。

少し長いチえンは鎖骨の下辺りまで達している。

トップのリングは胸の谷間の近くで光を放っていた。

そのリングを掌で包み込んだ。

『まだ指には付けなくていい』

そう言って贈られた指輪。

まだ“その時”じゃない。

だから指には嵌めれない。

……だけど、いつもこの指輪を身に付けていたいと思った。

このリングがあれば、響さんの存在をいつも感じている事が出来るから。

……いつか、“その時”が来るまで……。

その指輪をギュっと握った私は瞼を閉じた。

瞼に映ったのは優しい笑みを浮かべた響さん。

私は、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた。

私は、開いていたブラウスのボタンを2個閉じた。

鎖骨の辺りまでボタンを閉めるとトップのリングはもちろんチえンもブラウスに隠れた。

「……よし」

私は立ち上がってテーブルの上にあったケイタイを手に取った。

そして、着信履歴から番号を選ぶと発信ボタンを押した。

深呼吸を1つ。

数回の呼び出し音の後、聞き慣れた声が聞こえた。

『どうした?』

“もしもし”でも“はい”でもない言葉が私の耳に届いた。

「……瑞貴?」

『あぁ』

「話があるの」

『……分かった。すぐに迎えに行く。今、家か?』

「うん」

『下に着いたら連絡する』

「うん」

ケイタイを閉じて10分もしないうちに私のケイタイは着信音を奏でた。

鳴りひびいた着信音は数秒で途絶えた。

液晶をみるとそこには瑞貴からの着信があった事を示す表示があった。

私は、そのケイタイをポケットに仕舞うとテーブルに置いてあった小さな箱を手に取り反対側のポケットに入れ部屋を後にした。

◆◆◆◆◆

えントランスを抜け外に出るとそこには、車が1台停まっていた。

私はその車に近付いた。

窓が開き顔を覗かせた瑞貴。

「おはよう」

「……おう」

「なんで車なの?」

「さっきまで溜まり場にいたんだ」

「そう」

「乗れ」

瑞貴に促された私は後部座席のドアを開け車に乗り込んだ。

運転席には、何度か溜まり場で見たことのある男の子がいた。

その男の子が後ろを振り返り私に小さく頭を下げた。

だから私も小さく頭を下げた。

車はゆっくりと動き出した。

さっきまで溜まり場にいたらしい瑞貴は制服姿じゃなくて私服姿だった。

「……また、寝てないの?」

「いや、2時間ぐらい寝た」

「……それって寝たうちに入るの?」

「充分だろ?」

「……」

充分だろ?って聞かれても、2時間寝たぐらいじゃ睡眠じゃなくって仮眠じゃないの?と思った私は何も答える事が出来なかった。

「一度、家に帰って着替えてもいいか?」

「着替えるって制服に?」

「あぁ」

……相変わらず、瑞貴は“皆勤賞”を狙っているらしい……。

授業には出ないくせに学校に行きたがるのはどうなんだろう?

……そう思ったけど……

「どうぞ」

今、それを口に出すのは危険だと悟った私は頷いた。

「家に行ってくれ」

私の隣でシートに踏ん反り返っている瑞貴が偉そうに運転席に向かって声を掛けた。

『はい』

運転席の男の子は“俺様”な瑞貴に反抗することもなく丁寧な返事を返した。

◆◆◆◆◆

早朝の繁華街を駆け抜けた車がマンションの前で停まった。

停まると同時に瑞貴はドアを開け車を降りた。

『お疲れ様です』

運転席の男の子が瑞貴を振り返り声を掛けた。

“俺様”な瑞貴は、男の子の言葉に反応することもお礼を口にする事もなくスタスタと自分のマンションへと歩いていく。

その後姿を唖然と見つめていた私に

『……あの……』

遠慮気味に掛けられる声。

「えっ?」

慌てて運転席に視線を移すと男の子が困ったような表情で私を見ていた。

『……瑞貴さん、行っちゃいますけど……』

その言葉に再び視線を動かすと瑞貴はあと数歩でマンションの中に消えようとしていた。

……!!

……ちょっと待ってよ!!

……あの男は人を待つって事を知らないの!?

「あ……ありがとうございましたっ!!」

運転席の男の子に深々と頭を下げて車を降りた私は、後部座席のドアを閉め小走り気味に瑞貴を追いかけた。

「……ちょっと!!」

「あ?」

私が瑞貴に追い着いたのはエレベーターの前だった。

両手をポケットに突っ込みダルそうに待っていた瑞貴。

その瑞貴に声を掛けると態度と同じくダルそうな声が返ってきた。

「待っててくれてもよくない!?」

「は?なんで?」

「なんでってなによ?」

「なんで待ってねえといけねえんだ?」

「はぁ!?」

「別にお前は俺の部屋が何階にあるかも、どの部屋かも知ってるじゃねえか」

「……確かに知ってるけど……」

瑞貴はなんでこいつこんな事を言ってんだ?って顔で私を見ていた。

……はぁ……。

そうだった。

瑞貴はこういう奴だったんだ。

きっと私がここでどんなに怒っても瑞貴には伝わらないはず……。

そう悟った私は諦める事にした。

「……もう、いい」

私は大きな溜息を吐いた。

「変な奴だな」

瑞貴は苦笑気味に呟いた。

……変な奴って……もしかして、私の事!?

私よりあんたの方が変でしょ!?

喉まで出かけた言葉を私は必死で飲み込んだ。

今、ここでキレちゃだめ!!

今日は冷静に落ち着いて話をしないといけないんだから……。

……我慢……我慢……。

自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟いていると……。

「お前、なんかイライラしてねえか?あっ、あれだろ?カルシウムが足りてねえんだろ?あとでいりこかなんか買ってやるよ」

まったく筋違いな推理をした瑞貴は、鼻で笑ってドアの開いたエレベーターに乗り込んだ。

……この男……。

話が済んだら軽く殴ってしまおう……。

私はそう心に決めてエレベーターに乗り込んだ。

◆◆◆◆◆

何度も訪れたことのある部屋。

何度来ても同じシンプルな部屋。

家具や家電製品が増えることもなく、生活に必要最低限のものがいつもと同じ位置で私を出迎えてくれる。

寝る為だけの部屋。

生活感の全くない部屋は瑞貴が寝るだけの為に使っている事を容易に想像させる。

最近じゃこの部屋にいるよりも溜まり場にいる時間の方が長いのかもしれない。

「なに突っ立ってんだ?」

訝しげな声に視線を向けると、瑞貴は声と同じように怪訝そうに部屋の入り口に立つ私を見ていた。

「……別に……」

「間抜けな面を晒してないで座ってろよ」

瑞貴は涼しい顔で暴言を吐くと、顎で大きなベッドを指した。

この部屋での私の指定席。

「うん」

私は戸惑う事なくそこに腰を下ろした。

それを確認した瑞貴は「シャワーを浴びてくる」と言い残して出入り口の向こう側に消えていった。

そのドアを見つめながら私は頭を捻った。

……どうやって話を切り出そう……。

話をするチャンスは瑞貴がバスルームを出て来てからだ。

皆勤賞を狙っている瑞貴的には一度学校に行ってからあの空き教室で私の話を聞こうと思っているのかもしれない。

……だけど、私的には瑞貴と2人きりで話をしたかった。

学校の空き教室でも私が望めば瑞貴と2人になれるかもしれない。

でも、教室の外には瑞貴のチームの男の子がいるはずだ。

別にコソコソと隠すような話って訳じゃない。

そうは思ってもこういう話を第三者に聞かれるのは気持ちのいいものじゃない。

だから、ここに来れた事は私にとって想定外ではあったけど絶好のチャンスだった。

瑞貴がドアの向こうに消えて30分ほどして再びドアが開いた。

その瞬間なぜか私は緊張感に包まれた。

制服のズボンは履いているものの上半身は裸で肩に掛けてあるタオルが髪から伝い落ちる雫を吸い込んでいる。

瑞貴は迷う事なく慣れた足取りでまっすぐに小さな冷蔵庫の前に立つとそこにしゃがみ込んでドアを開けた。

取り出したのは、ペットボトルのミネラルウォーターで

「なんか飲むか?」

瑞貴が私に問い掛けた。

「うん」

頷きながら冷蔵庫の中に視線を向けると……。

……私は見てしまった。

ミネラルウォーターを持つ反対の手が既に缶を掴んでいるのを……。

その缶はジュースの缶じゃなくてビールの缶だったのを……。

「……それはいらない……」

「あ?」

小さな声に瑞貴は冷蔵庫の中から私に視線を向けた。

「……今から学校に行くんでしょ?」

「あぁ」

「……だったらビールなんていらない」

瑞貴は不思議そうに私の顔と手に握っている缶を交互に見つめた。

その視線が数回往復した後

「……あぁ……」

ようやく納得したように頷いた。

それから瑞貴は手に持っていた缶を再び冷蔵庫の中に戻すと私がいつも飲んでいる缶コーヒーを差し出してきた。

「……ありがとう」

私がその缶コーヒーを受け取ると瑞貴はフローリングの床にストンと直接腰を下ろした。

ペットボトルの蓋を開け、ミネラルウォーターを勢いよく喉へと流し込んだ。

一気に半分くらいの量を飲み干した瑞貴はテーブルにペットボトルを置くと傍にあったタバコの箱に手を伸ばした。

ジッポの小気味いい音が響き紅の火が点る。

その火にタバコを翳すと先端が紅に染まった。

「話ってなんだ?」

ぼんやりと紅に染まったタバコの先端を眺めていた私の耳に低い声が響いた。

大してその声は大きくはなかったけど私の身体は強張り微かに揺れた。

「……うん……」

話さないといけない。

……分かってはいるんだけど……。

私にはなんて切り出していいのかが分からなかった。

必死で適当な言葉を探していると

「もしかして、あの人の話か?」

……あの人?

瑞貴はまっすぐに私を見つめていた。

「神宮組長とお前の話じゃねえのか?」

その瞳は全てを見透かしてしまいそうだった。

「……うん」

「なんだ?なにかあったのか?」

「……なにかって言うか……」

……どうしよう……。

ついさっきまでは正直に全てを話そうと思ってたけど……。

瑞貴の顔を見たら頭が真っ白になっちゃった……。

全くと言っていいほど私の頭は働かずただジッと瑞貴の顔を見つめる事しか出来ない。

「……綾?」

「……うん……」

「どうした?」

「……うん……」

「俺に話があるんだろ?」

「……うん……」

「言ってみろ」

「……うん……」

優しく促すような瑞貴の口調に胸にズキンと痛みが走った。

私が今から口にする言葉は瑞貴を傷付けてしまうかもしれない。

そう思うと口を開く事を躊躇ってしまう。

……でも、きちんと話さなければ瑞貴を傷付けてしまう事になる。

瑞貴は、私にとって大切な友達。

もし、私が話す事で瑞貴との関係が壊れてしまったとしてもそれは変わらない事実。

……過去も今も……そして未来も……。

ずっと私にとって瑞貴は大切な友達だ。

私は小さく息を吐き出すと、膝の上に置いていた掌をギュッと握った。

「……好きな人ができた」

「好きな人?」

「うん」

まっすぐに私を見つめる瑞貴。

そんな瑞貴を私もまっすぐに見つめ返していた。

だから見逃さなかった。

タバコを持つ瑞貴の指が微かに動いた事を……。

まっすぐに上っていた紫掛かった白い煙が少しだけ波打っていた。

「……そうか……」

瑞貴は表情を変える事なく手に持っていたタバコを口に銜えた。

流れる沈黙の時。

言わないといけない事はたくさんあるのに何も言えなかった。

何を言っても今更感があって、その言葉の全てが言い訳にしか聞こえないような気がした。

「付き合うのか?」

まだ長いタバコを灰皿でもみ消しながら瑞貴が尋ねた。

「……うん」

「そうか」

冷静な瑞貴にズルい私は焦りを感じた。

「……ねえ、瑞貴」

「ん?」

「私達ってこれから先もずっと友達でいられるよね?」

焦っていた私はその言葉がどんなに残酷かなんて考える余裕すらなくなっていた。

それに気付いたのは、瑞貴の笑顔を見た時だった。

……辛く

悲しそうな

寂しさを纏った笑顔……。

……あぁ、私ってバカだ。

あんなに瑞貴を傷付ける事を恐れていたクセに、結局はこんなにもいとも簡単に傷付けてしまった。

嫌悪感を感じてももう遅い。

一度、口にした言葉を取り消すことは出来ない。

「……じゃねーか……」

「……えっ?」

「なに、当たり前な事を言ってんだ?」

「当たり前?」

「あぁ、お前に男が出来たぐらいでなんで俺達の関係まで壊れるんだ?」

「……だって……」

「言ったはずだよな?」

「……?」

「俺がお前に持つ感情は俺の勝手な感情なんだ」

「……」

「別にその感情をお前と共有してた訳じゃねえ。だからお前に好きな奴が出来て、それが俺じゃなかったとしてもそれに対してお前が責任を感じる必要なんて全然ねえよ」

そう言ってくれた瑞貴の表情はいつもと全く変わらない感じで、さっき見た哀しそうな笑顔はもうどこにもなかった。

「それに、俺はそんなに小せえ男じゃねえよ」

拗ねた様な口調は瑞貴の不器用な優しさだと思う。

「……そうだね……」

だから、私も込み上げてくる涙を静かに飲み込んで笑顔を作った。

「良かったじゃねえか。これでお前も一人前の女子高生じゃん」

「一人前の女子高生!?」

「あぁ、女子高生が男に興味がねえとか勿体ねえだろ?」

「そ……そうなの?」

「クラスの女がいつも大騒ぎしてんじゃねえか」

「……確かに……」

「だろ?」

教室に滅多にいない瑞貴がクラスの女の子達がどんな話をしているのかという事を知っていたのには正直驚いてしまった。

なぜか得意気な表情の瑞貴に今度は作り笑いなんかじゃなくて自然と笑いが込み上げてきた。

「……もし、神宮さんに泣かされたらすぐに俺に言えよ?」

「えっ?」

「そん時は俺ががっつり文句言ってやる」

「も……文句!?響さんに!?」

「あぁ」

「文句なんて言えるの?」

「……」

「……」

「……今はまだ無理だけどな」

「……」

「でも、俺はいつか必ずあの人を越えてみせる」

「……そう。楽しみにしてるわ」

「おう、任せとけ」

自信に満ち溢れた瑞貴の瞳。

私は、この瞳を一生忘れないと思う。

さっき見た哀しそうな瞳も……。

瑞貴の不器用な優しさも……。

私は、絶対に忘れない。

……ううん、忘れちゃいけないんだ。

緊張感が解け穏やかな気持ちになった私はふと視線を落とした。

真上から見るとブラウスの隙間からキラキラと輝く指輪が見えた。

その指輪をブラウスの上から押さえた時、ある物の存在を思い出した。

……あっ……。

私は制服のポケットに手を突っ込んだ。

指先に当たったのは四角い小さな箱。

私はそれを取り出し

「……ねえ、瑞貴」

瑞貴の目の前に置いた。

「……」

瑞貴は黙ったままその箱を見つめていた。

「……これはもらえない」

「なんで?」

「……」

……なんでって聞かれても……。

もし、これがネックレスとかピアスだったら私は瑞貴の気持ちをありがたく受け取っていたかもしれない。

……だけど……。

これはあまりにも瑞貴の気持ちが込められているような気がする。

「指輪だからか?」

私の心境を読み取ったらしい瑞貴が淡々と口を開いた。

「……うん」

私が小さく頷くと瑞貴は鼻で笑った。

それは、私をバカにしたような笑いじゃなくて、私の言動を分かっていたかのような笑いだった。

……?

その笑いにどんな意味が込められているのかが分からない私は首を傾げた。

そんな私を見て瑞貴はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「……お前が神宮組長に惹かれてるのは分かっていた」

「えっ?」

「一緒にいて本当にお前が想ってるのが自分じゃないことくらい分かってた」

「……」

「今までどんな男が目の前にいても興味を持たなかったお前が神宮組長には珍しく興味を持ったんだ」

「……」

「それに気付かない方がおかしいだろ?」

「……」

「……まぁ、当の本人は自分の事なのに全然気付いてなかったみてえだけどな」

「……」

「その変化に気付いてて……いや、気付いたからこそ俺はそれを選んだんだ」

「……?」

「お前、それを指に付けたか?」

「……ううん?」

「だろうな」

……なに?

……どういう意味?

なんで瑞貴がこんなに勝ち誇ったような顔をしてるのかが分からないんですけど……。

「それ」

瑞貴が小さな箱を顎で指した。

「これ?」

「あぁ、お前はそれをどの指に付けるもんだと思ってんだ?」

「は?普通、指輪をもらったら薬指に付けたりするんじゃ……」

「バカか?お前は……」

私の言葉を遮り瑞貴は呆れ果てたように大きな溜息を吐いた。

「……はい?」

……バカって……。

もしかして私の事!?

「指輪をもらって薬指に嵌めんのはその相手が好きな男だった時だろーが」

「……うっ……」

「違うか?」

「そ……そうだけど……」

「先に言っとくけどその指輪は薬指用じゃねえぞ?」

「えっ!?そうなの?」

「……当たり前だ。もし、俺が薬指用の指輪をお前にやったらそれはプレゼントじゃなくて嫌がらせだろーが」

「……」

「……まぁ、お前の事だ、どうせ箱を開けてすぐに蓋を閉めたんだろうけどな」

……。

……図星過ぎてなにも言えない。

「じゃあ、この指輪は……」

「開けて見てみろよ」

瑞貴に促された私は、四角い箱に手を伸ばした。

蓋を開けてみると昨日の朝見た指輪が光を放っていた。

私はその指輪を指で摘んで取り出してみた。

……あれ?

「お前の薬指はそんなに細いのか?」

苦笑気味の瑞貴。

「……こんなに細くない……」

「だろ?」

昨日は、箱から出さなかったから気付かなかったけど……。

瑞貴が言う通りその指輪は私の薬指のサイズよりもかなり小さいものだった。

「……これって……」

「小指用だ」

瑞貴の言葉通り、その指輪は私の小指にピッタリだった。

「なんで、小指なの?」

別に意味はないかもしれない。

瑞貴は私が蝶々のTATTOOを彫っていることを知っているからこの指輪を選んでくれたのかもしれない。

聞いてはみたけど『別に意味はねえよ』という瑞貴の言葉を想像していた。

だけど、瑞貴が発した言葉は私が予想していたものとは全く違うものだった。

「……指輪を嵌める指にはそれぞれ意味があるらしい」

「意味?」

「あぁ」

「じゃあ、小指に嵌める指輪にはどんな意味があるの?」

「……」

「……?」

なぜかとてつもなく落ち着かない様子の瑞貴。

そんな瑞貴を眺めていると……。

「……恋愛成就……」

「は!?」

私は瑞貴の言葉に心底驚いた。

「……お前が自分の気持ちに気付くのはもう少し先の事だと思ってたんだよ」

「……そうなの?」

「だからその指輪は、なんて言うか……まぁお守りみたいなもんだ」

「……お守り……」

「お前が一番好きな奴と一緒にいられるように」

瑞貴のその言葉に私は胸が熱くなった。

私は自分が思う以上に愚かで小さな人間なのかもしれない。

どんなに悩んだとしても結局それは自分の事ばかりで……。

人の気持ちなんてほんの少しさえも理解できない。

瑞貴は、この指輪をどんな気持ちで選んでくれたんだろう?

それは決して楽な気持ちだけだったはずじゃないと思う。

もし、私が瑞貴と逆の立場だったらこんな事が出来たのだろうか?

単純に自分の好きな人の幸せだけを願い、自分の本当の気持ちを押し殺して……。

「……瑞貴……」

「うん?」

「……ありがとう。大切にする」

「あぁ、そうしてくれ」

瑞貴はとても嬉しそうに笑っていた。

「……てか……」

だけどその笑顔はすぐに消え眉間に深い皺を寄せた。

「……?」

「……泣いてんじゃねえよ」

「えっ?」

「この状況でお前が泣いてたらまるで俺が泣かせたみてえじゃねえか」

「は?全然、泣いてなんかないし!!」

私は慌てて掌で頬を拭った。

「だよな?お前が人前で泣く訳ねえもんな?」

「当たり前でしょ!!」

そう答えた私に瑞貴はフッと笑みを零し、肩に掛けていたタオルを掴むと私に向かって投げ付けた。

「俺、準備してくるからちょっと待ってろよ」

瑞貴は立ち上がった。

「うん」

瑞貴が投げたタオルに顔を埋めたまま私は頷いた。

瑞貴の気配が遠ざかりドアの向こうに消えいく。

ドアが閉まる音が聞こえた瞬間、私の瞳からは止める事が出来なくなった涙が止め処なく溢れた。

顔を覆うタオルからは瑞貴の髪と同じ香りが漂っていた。

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R.B~Red Butterfly~ 桜蓮 @ouren-ouren

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