第8話
畝りをあげた黒炎に咄嗟に目を閉じてしまったヴァンが次の瞬間に感じたのは、焼き焦げた筈の鼻から伝わった、顔の奥にこびり付くような灰の香りと肌を舐めるゾッとするように冷たい空気であった。
「な、え」
あまりの唐突さにヴァンは思わず目を開ける。その瞬間、視界に飛び込んできた光景によって、彼は混乱に更なる拍車を掛けることとなった。
どうやらヴァンは崖のような切り立った高い場所にいるらしい。しかしそれに驚いた訳ではない。
そこには、空があった。
その空は重い鉛の曇天に覆われ、そこから覗くように垣間見えるのは、血よりも薄く、肉よりも鮮明に紅い不気味な月。眩しさすら感じるほどに烈々な月光は、鉛色の合間を這い出るように空へ紅の柱を刻んでいる。
その先端、おどろおどろしい光の柱が差したその地には不気味で人気が一切感じられない、広大な街があった。ヴァンが知る限りかなり古風な木造が目立つその街は果てしない広さを持ち、遥か彼方、光が搔き消されるほどに遠いところまで果てしなく続いている。灯りは見えない。空から差し込む紅の月光のみがその街を微かに照らしている。
そして、街を上からの押しつぶすように、明らかな異物感を持ってそれは街のなかに在った。
巨大な城であった。
色は真白であろう。しかしそれは紅色の月光を浴びて牡丹色に染めあげられ、無機質な筈の城に生々しさを醸し出していた。傍らには幾つもの塔を連ならせ、それらは槍のように尖り鋭く、山形に円を描くよう段々と建てられた姿からは荘厳で美しいパイプオルガンを連想させる。
そしてその中央。美しき塔に守られるように囲まれたそこには、より巨大な、異質で奇妙で不気味な景色のなかでも一際目を惹く、歪に歪んだ城が悠然と聳えていた。恐らくは半ばで曇天に突き刺さるほど巨大な城には抉り抜かれたように欠けているような個所もあれば、捻じれ、千切れてしまいそうなまでにクビレを持った細い箇所もある。それらは丸を描いていたり、木の枝のように変形していたりと様々な物が入り乱るように歪められ、渾然一体を象るような様であるが、それでもヴァンが何処か整然とした美しさを感じてしまうのは、この地が見せる不可思議な雰囲気に包まれているからか。
ただ美しかった。身を焼く痛みも熱も、炎すらも忘れてしまうほどにヴァンはその光景に息すら止めて呑まれていた。それは、間違いなく魂に焼き付く感覚と似ていた。
「……ぁうぁ」
じり、と地面を擦る音と共に聞こえてきたのはゾフィーの呻き声。
呆然と景色に魅入っていたヴァンははっとして、身じろぎをする彼女へ急いで駆け寄った。
「ゾフィー!」
ゾフィーの体を起こしながら、ヴァンは必死に彼女の名前を呼んだ。
この時、ふとヴァンはあれほど炎に焼かれたのにも関わらず、自分の腕に火傷が一つもないことに気が付く。思えば、喉も鼻も目もなんら変わりなく、体の内側も傷付いている感覚は無い。同じくゾフィーの身体にも炎に焼かれた事実の欠片は見当たらなく、ヴァンはまるで明晰夢を見ていた感覚を覚えつつも、彼女の華奢な肩を揺さぶった。
「………ヴァン?ヴァンッ!」
そのすぐ後にゆっくりとゾフィーは瞼を開き始め、紫色の瞳を覗かせた。始めは寝惚け眼だったそれも、理解が追い付いたのか途端に見開いたかと思えばヴァンの名前を叫んで、押し倒しかねない勢いで彼を抱きしめた。
「無事か!?大丈夫かヴァン!」
「ぼ、僕は大丈夫だよ!ゾフィーの方こそ大丈夫?」
瞳を細かに揺らして、不安一色に顔を染めたゾフィーが叫ぶように尋ねるとヴァンは気圧されたように言葉を僅かに詰まらせながら答え、同じ質問を彼女へと投げかげた。
するとゾフィーは、はたと徐に自分の体をぺたぺたと触り始め、最後に訝しげに首を傾けながら答えた。
「……なんとも、ないな」
「……やっぱり?」
こくり、と頷く彼女にヴァンは要領を得ないように眉を下げて、頭の中に渦巻く疑問へ没頭しかけたが、それどころではないと振り払う。
ゾフィーの無事を確認したホッと安堵の息を漏らしたヴァンは、努めて険しい顔を作って異界めいた景色を指さしながらゾフィーへ言った。
「僕達、おかしな場所に飛ばされたらしい」
「なに?」
ゾフィーはムっと口を結んで、ヴァンに差し出された手を借りて立ち上がると、眼下に広がる展望を睨み付けるように眺めた。
彼女は特に驚嘆などをした様子もなく、ひたすら情報を食らう為だけの無機質な瞳で眺め続けて、十秒も経たないうちにポツリとヴァンへ言葉を投げた。
「知ってるか、この場所」
「ごめん、知らない。見たことも聞いたこともない」
「……地上ではないよな」
「多分、バベルギの中、なんだろうけど」
互いの瞳を眼下へと向けながら続ける二人の会話。ゾフィーの無機質な相貌とは裏腹に、ヴァンの顔には微かに笑みが浮かんでいた。
ヴァンは知っている。人が神樹へ足を踏み入れて約百年。その間、およそ十四層までに人は到達したが、そこには一切の人工物が発見されていないことを。
故にヴァンは悟った。今自分達のいるこの場所は人が未だ到達していない、或いは到達できても、帰還できた者が居ない未開の暗黒階層であることを。
それは興奮であった。自分が冒険者のなかで最初にこの景色を眺めることが出来た優越感と、未知なるものに疼く探究心、それと少しの後ろめたさ。生み出された高揚感は溢れて登るようにヴァンの口を吊り上げた。
あまりに呑気が過ぎるのではないかと思われても仕方がない様だが、無論、臆病なほどに慎重なヴァンが考えもなしに未知に呆けているわけがない。
「帰還するぞ」
「痛い出費だけど、仕方ないよね」
はぁ、とヴァンが溜め息を吐いて、二人が腰のポーチから取り出したのは人差し指ほどの大きさを持つ、真白く細い木の根のような物であった。老人の小指のように心細く、容易くへし折れてしまいそうなその根っこは、食むと水面の花を擬似的に再現することができる『アカシの根』である。
と云っても、水面の花のように外とバベルギを自由に行き来できるわけでなく、使えるのはバベルギから外に出るときだけで、あくまで帰還専用。それも一回だけの使い切りであることと、それ自体が非常に高額なのも相待って緊急用として持つのが一般である。
「いいか?」
「うん。帰ろう」
二人はアカシの根をそれぞれ口に含んで、キャンディのように舌で押しつぶしながら包んだ。激しく主張してくる土の味を傍目に目を閉じ、頭の中で思い浮かべるのはバベルギを包む、大きな木陰に息づくユシルの情景である。
すると視界は純白に覆われて、手足がぼやけるような感覚がヴァンの神経を伝う。そして二人は狭間の空間を通り、外へと帰還を果たす、その筈だった。
(あれ……?)
得も言われぬ違和感から漏れ出た声だった。馴染みのある感覚がいつまでたってもやってこない、物足りなさや寂寥感というには善意的すぎる感情を受けて、ヴァンは口からアカシの根を取り出した。
目を開いて辺りを見ても景色は変わらず、二人は崖の上に立っていた。
「ゾフィー」
「………ヴァンもか」
ちろりと蛇が鎌首をもたげるように焦燥が顔を見せ始めて、ヴァンは誤魔化すようにゾフィーの名前を呼んだ。そのあとすぐに彼女もアカシの根を口から取り出して、整った相貌をまるで苦虫を嚙み潰したように不愉快げに歪めながら、言外に自分もだ、と告げる。
背筋を熱い何かがなぶり、それはそのまま首筋を辿ってやがて脳を焼くように包み込んだ。掌は湿り気を帯び始め、喉は水を求めるように乾きの嚥下を繰り返す。それは焦燥と恐怖と不安の発露。
認めたくなかった。アカシの根が使えず、水面の花を探すしかない帰れないことを。人間未達の、何が潜むか分からない暗黒の階層を二人で探索していかなければならない、などと。
「…もう一回、試すよ」
「そうか」
硬い口調で告げて再びアカシの根を口に運ぶヴァンに対して、ゾフィーはそれをハンカチで包んで仕舞うとレイピアを握り、臨戦の態勢で周囲を鋭く睨み始めた。
瞳を僅かに拡大させながら唇を軽く舐めて、ゆっくりと口のなかに入れる。舌に乗ったアカシの根はその見た目に反してすべすべとした上質な舌触りで、まるで土の飴を舐めているよう。
ヴァンは目を閉じて先程よりも更に鮮明に、目尻に皺が寄るほどに集中してユシルを思い浮かべた。
(早く来い……!早く来い!)
或いはその必死な様は見たくない現実から目を背け、妄想に乞う狂人のようでもあった。
しかしいくら頭のなかにユシルを思い浮かべ待とうとも、乞い願おうとも、四肢がぼやける感覚も視界を覆いつくす真白の空間もやってはこない。
心臓の脈動は次第に早まり、加速する焦燥から思考へ、紙にインクが染み込んでいくようにクソ、くそ、と悪態が混じり始める。
それから幾分か経って。いつしかヴァンの額に汗が滾り、それの一つが頬を伝って地面に落ちたとき、彼はそっとアカシの根を吐き出した。
「……駄目だ、使えない」
「そうか」
そう言って俯くヴァンに、元より期待をしていないゾフィーは落胆などの色を見せずに小さく返事をした。
ヴァンの両肩は重く垂れ込み、彼自身もまた、内臓が何重にも捻られるような重い吐き気を鎮めるため、震える息で優しく深呼吸をした。体の息を全て入れ替えてしまいそうな程の回数を行って、ヴァンは自分が冷静である、と判断できるまでに脳みその熱を冷まさせた。
最後にバチン!と両頬を強く叩いて、冒険者として培われた適応力を存分に発揮させて恐怖心を飲み込んだヴァンは、双剣の一つの柄に手を当てながらゾフィーへ言った。
「ごめん、待たせたね。行こう」
「ああ。行き先は勿論——」
二人は眼下を見下ろす。そこには果てしなく広がる街が死んだように眠って、ヴァンとゾフィーを手招きするように待っている。
「——城だな」
「うん」
ヴァンはそんな無限の街を、そして、そこに悠然と佇む奇妙な城を睨み付けた。
死ぬものか。死なせるものか。必ず生きて帰ると決意を瞳に滾らせて、ヴァンは双剣の柄を強く握った。
§
二人が居た崖は剣のように切り立っていて、幾ら常人を超えた身体能力を持つヴァンとゾフィーでも飛び降りたらタダでは済まない、思わず眩暈がしてしまうほどの高さを持っていた。
故に二人は背後に広がる、空から見れば崖の上に広がっているであろう森へ下に降れる道を探しながら歩みを進めていた。
獣道すらない森は鬱蒼と緑が生い茂り、歩くだけでひどく体力を持っていかれる。ヴァンは双剣の片方を抜いて手に持ち、眼前の草木を薙ぎながら、時には枝を踏み締めて森を歩いていた。ゾフィーは彼の後ろでいざという時の体力を温存しつつ、周囲の警戒を行っている。
バサ、バサ、と草根が刈られ宙を舞い、微かに音を立てて地面に落ちる。そんな微かな音ですら二人の耳に良く届いてしまうのは、この森が不気味なほど、耳が痛くなるほどの静寂に包まれているからだ。
息を一つ吐くことですら憚られる森のなかで、ゾフィーは頭上に視線を向けながら、無音のベールを破くように言葉をヴァンへ投げた。
「どうやら、あの紅い月は沈まないようだ」
「本当だ。ずっと同じ位置にある」
ヴァンも彼女の言葉に釣られて見上げてみれば、生い茂る緑の天井から紅の月がこちらを覗き見ているのが分かった。差し込む紅の光柱はその角度をかえていない。
辺りに光源が見当たらない今、眩い月光が常にあるという事実はヴァン達にとってせめてもの幸いであった。しかし同時に、もしかしたら地上なのでは、という仄かな期待も真向から否定されたが。
「水面の花を見逃さないようにしないと」
「ああ。しかし、この森は不気味なほど静かだな。動物の気配が全くしない」
「……この階層には、もしかしたら生き物が棲んでいないのかもしれない」
「そんなことがありえるのか?」
「わからない。昔、イリヤさんが言っていたんだ。バベルギの中は小さな世界が繋がって出来ているから、そういう階層ももしかしたらあるかもって」
剣を振るい、蜘蛛の巣のように垂れ下がった蔦を切り払う。栄養は満点なのだろう、飛び散った緑の汁がその度に剣や体に付着して、ヴァンは灰の香りの中に青々とした苦い香りが混じるのがわかった。
ヴァンの言葉にゾフィーは聞こえていなかったのでは、と彼が不安を過らせるほどに長い沈黙を作り、紅が照らし込む森の空気にポツリと染み込むように呟いた。
「バベルギとは、一体何だろうな」
「…何って…」
「私はこの一年、お前と共に他所から“神樹狂い”と呼ばれるほどバベルギへ赴き、遍く神樹生物の殺気を肌身で浴び、満ちる空気を体の中に入れてきた中で漠然とだが理解していた。理解していた気になっていた。今思えばそれは傲慢に違いなく、浅はかで愚かな考えだった」
剣を振るおうとした手を辞めて、ヴァンは思わず、背後を振り返った。それはゾフィーの声音から滲んだ、後悔のような苦々しさを咄嗟に彼女と結びつけることが出来なかったからだ。
少女らしい不安定さから生んだ不安でもなく、ヴァンの記憶にあるゾフィーにはとても似合わない、まるで老いた老人が長年染み付いている心の
「見ろ。ここには空があり、雲があり、紅に染まった月が我が物顔で夜空に居座っている。下には時代遅れの街が死気を漂わせながら果てしなく広がっていて、極め付けはあの城だ」
紅が照らしたゾフィーのアメジストのような瞳は、妖しげな月光を受けてなお鮮明に輝き、だからこそ、ヴァンは彼女の瞳が震えるように揺れているのが熱烈に分かった。
「私は今になって、この事態に陥ることで初めて、やっとバベルギを怖いと感じたのかもしれない」
ゾフィーは見上げることをやめて、ヴァンを見つめた。そうして、ほんの微かに喉を震わせながら言った。
「お前の姿が、悲しいほどに掛け替えのないものに見えてしまう」
か細い声で告げられた彼女の告白は、ヴァンに在りし日の幼きゾフィーを強く連想させた。森の静寂を支配した言葉は、ヴァンに沈黙の辛さを存分に教えてくる。
「ゾフィー…」
ヴァンが小さく彼女の名前を口にしたのは、ほとんど無意識であった。凡その人が聞き逃すであろうその声を、しかし冒険者であるゾフィーは聞き逃さない。
ヴァンが自分の名前を口にした瞬間、ハッと、ゾフィーは我に帰ったように慌ててその相貌から不安の色を消した。
「す、すまない、気が動転していた。唐突にこのような状況に陥ってしまったから、うまく情報が処理出来なかったんだ。忘れてくれ。そうだ、ヴァン、そろそろ交代をしよう。私も草を薙ぐ程度ならお前の剣を扱える」
恥じるように目を逸らして、矢継ぎ早に言葉を発したかと思えば、ゾフィーはヴァンの腰に納められた双剣の片方を握ろうと腕を伸ばす。
咄嗟に、ヴァンは腰に向かってくる彼女の腕を掴んだ。少しでも冷静さを取り戻せるように、自分の気持ちが僅かでも流れてたらいい、と優しく握り、彼女と目線を合わせた。
「ゾフィー、僕もとても怖い」
「ヴァン……」
「正直、チビっちゃうくらいに怖いんだ。だけど多分、冒険者をしてきたなかで、そしてこれからのなかで間違いなく僕らは一番、未知に怯える状況にいると思う。自分の力がこれ以上ないくらいちっぽけに感じる。だけど、同じくらい、ううん、それ以上に君の心強さを感じるんだ」
だから。
とヴァンはゾフィーの手を強く握りしめて力強く、腹の底から出した芯ある声で彼女へ言った。
「絶対に、帰ろう。僕たち二人なら、どんな獣だって必ず倒せる。心を屈しては駄目だよ、ゾフィー」
「…ああ、そうだ。そうだな。私は、私達は何にも負けない。どうやら、本当に動揺していたみたいだ。そんな当たり前のことですら、私は忘れていた」
心折れた者から死んでいく。
それがバベルギの常である。
脆弱な冒険者であろうと、屈強な冒険者であろうとも等しくその理から逃れることは出来ず、足を踏み外せば例外なく死が訪れる。
故に練達の冒険者は、心を律する術を何かしらの形で身に付けていくのだ。ある者は己の武器を、ある者は過去の思い出を、ある者は甘美な快楽を。
ヴァンとゾフィーが活動を始めて一年。未だ練達とは言えずとも、しかし成りかけである二人の術とは何か。
それは仲間である。僅かばかりに未熟だが、互いが互いを支え律する形が二人にはあった。
ゾフィーはそんな自分が情けない、と苦い息を吐き切って体から力を抜いた。
「必ず、帰るぞ」
「うん…!」
その瞬間、二人の中に安堵が生まれた。
心のよりべを再確認できた安堵。
彼女の心に冷静さを取り戻せた安堵。
ヴァンとゾフィーの心を律する術は僅かばかりに未熟である。何故なら、そもそもとして二人がバベルギ内で心を乱しかけたことがごく僅かであるから。
どんな神樹生物も、二人ならば差はあれど、ある程度余裕を持って倒せてしまう才能があったから。
その安堵は酒のようだった。苦い喉越しを越せば、やがて心地の良い酩酊感を与えてくれる酒のようだった。
舌に馴染むほどの酒好きであれば自制できるそれを、熱さにも似た苦味に咽せてしまう飲み慣れない者ならば、ぬるま湯に浸かるような悦に無防備で浸ってしまうような心地よさ。
このような状況で、間違いなくそれは隙であった。
音もなく、匂いもなく、影もなく。
それは月の光すらも暈し、滲んだ紅の息を吐いていた。
ヴァンが辛うじて見えたのは、
「ッ!?ゾフィー!」
ヴァンが名前を叫ぶ前から、既に彼の切羽詰まった顔を見た時からゾフィーは動いていた。
腰のレイピアを抜き取り、ゾフィーは振り返る。幾百、幾千と繰り返してきた抜剣の動作はもはや思考よりも速い。
その速度は、彼女へ迫る真っ黒な刃よりもまた速かった。真っ黒の刃が自身に届くよりも先に、己のレイピアを突き刺さそうとゾフィーは振り返る腰の力を加えて、半ば相手を視認せずとも突きを繰り出す。
当然、ゾフィーの方が早い。筈であった。
ヴァンは見た。振り下ろされる真っ黒な刃が、突き出されるレイピアを前に不自然なほど加速したのを。まるで自分達が重い水の中にいて、その刃だけが軽い空気に包まれた地上にあるようだった。
刃は、この場の何よりも速かった。
黒い刃がゾフィーの体を正面に大きく縦に撫でて、ほんの少しあとに大量の血が彼女の体から噴き出した。
「ゾフィーッ!!」
両手に双剣を持ったヴァンは、喉が張り裂けんばかりに声を上げた。
空に散ったゾフィーの血は、浮かぶ月よりも紅かった。
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