11・笙子→未来へ(最終章)④

 楡井君はお墓の前まで来ると、そのまま固まったように動かなくなってしまった。


「あの……楡井君」

「あ、ごめん。お墓が思っていたより、凄く可愛いんで。……感動したっていうか」

 楡井君はそう言うと、他のお宅の墓石を見た。

「うん。うちは、まだ姉しかいないし」

 だから、低めでごつくない可愛いデザインのものにしたのだそうだ。


 軽く掃除をしたあと、向日葵の花の水を替え、少しだけわたしが持ってきた花も仲間に入れた。

 家から持って来た線香をたき、手を合わせた。

 大学生活や、両親のことを話す。

 楡井君も、わたしの隣に立つと手を合わせてくれた。

 そんな姿にちょっと、緊張する。


 わたしが目を開けても、まだ楡井君は手を合わせていた。


「朝倉」


 楡井君に呼ばれる。

 隣に立つ彼を見た。

 楡井君の瞳にわたしが映る。


「俺、朝倉が好きだ」


 頭の中が、真っ白になった。


「中学の時から、気になっていた。高校に入って、いろいろとあったけど。朝倉の真面目で努力していく姿を尊敬している。返事は、急がないから。っていうか、朝倉とは大学も一緒だし、長期戦のつもりで――」

「好きです。わたしも」


 楡井君の腕を掴んで言う。

 楡井君の顔が真っ赤になる。


「……よかった。嬉しい。ここで言えて。なんか、ごめん。泣ける」

 楡井君の目が潤んでくる。

「楡井君。ありがとう」

「なんだよ。こちらこそ、だよ」


 楡井君はそう言うと、ぺこりと頭を下げてきたので、わたしも頭を下げた。

 ゆっくり顔をあげながらお互いの顔を覗き込む。

 そのくすぐったい距離に、二人で笑ってしまった。




「あのさ、ちょっといいかな」

 楡井君がホームセンターで買ったものを袋から出した。

 それは、水鉄砲を大きくして複雑にしたような品で、横にはカラフルなハンドルがついていた。


「朝倉、少し離れて」

「なにをするの?」

「まぁ、見てなさいって」


 へっへっへ、と楡井君は笑うと、そこに透明な液体を入れた。

「では、行くよ」

 楡井君が、ハンドルを回した。


 ふわふわふわ。

 たくさんのしゃぼん玉が飛び出した。


「わぁ、綺麗」


 小さなしゃぼん玉は、風に乗って、空いっぱいに飛んでいく。

 光に向かってしゃぼん玉が飛ぶ。

 そのしゃぼん玉の中に、虹の模様が見えた。


「……干渉だね」

「え?」

 わたしの言葉に楡井君の手が止まる。

「しゃぼん玉の虹色のこと。物理の光の干渉のところで、わたし、楡井君に教えてもらったよね」


 それは、わたしが記憶がないときに既に授業で終わっていたところだった。

 それを、改めて、補習の中で楡井君に教えてもらったのだ。


 楡井君が、再びグルグルとハンドルを回す。

「そう、俺が、俺が朝倉に教えた」


 再びふわふわとしゃぼん玉が空に浮かびだす。


「……しゃぼん玉、見たいって。1つだけもいいから、お願いって」

 楡井君が小さな声でそう言った

 空に浮かぶ、しゃぼん玉。


 浮かんでは消える。

 虹の泡。


 それは楡井君に託された、誰かのたった1つのお願い。






 わたしには、秘密がある。

 誰にも話していない、ことがある。




 わたしは、知っていた。

 誰が、わたしの体を守ってくれていたのかを。

 わたしにはあの間の記憶もないし、そう思う根拠もないのだけど。


 でも、わたしは、知っているのだ。

 それは、なんとなくわかるのだ。

 なんとなく。

 言葉にしなくても。

 なんとなく。




 空を見上げた。

 高い、広い、青い空。



 手を伸ばす。

 途端に、涙がこぼれた。




 悲しい。

 淋しい。

 恋しい。 

 愛しい。


 ――会いたい。





「朝倉もやってみる?」

 楡井君の声がした。

 たくさんのしゃぼん玉の中に立つ楡井君。

「うん!」

 わたしは大きな声で答えると、楡井君へ向かって歩き出した。






 そこは、わたしがいる場所。

 わたしが、これから生きてく場所。



 そして、姉が守ってくれた









 ――わたしの未来が宿る場所。



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ごめんね、もう少し 仲町鹿乃子 @nakamachikanoko

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