17-2(最終話)

 私と赤猫が駐車場に戻ると、刑事三人がコーヒー片手に散りかけの桜を見上げていた。岩亀さんと並んだ土田さんがいつも以上にフニャフニャして見える。


「どうだった?」


 忍野さんが真っ先に私にたずねる。「元気そうでした」と答えると、赤猫が含みのある言いかたで補足した。


「表面上は更生の意思がありそうでしたね」

「なるほど」


 忍野さんが苦笑いを浮かべて缶コーヒーを飲み干す。


「大人も子どもも、本人の意思がなければどうにもならない」


 人はそう簡単には変われない。忍野さんの言う通り、本人に意欲がなければ、まわりがいくら手を尽くしても上手く行かないのだと思う。


 でも、泥沼からは、自分の意志だけで這い出せるというものでもないはずだ。手を差し伸べてくれる人や、これ以上沈まないように、掴めるなら一縷いちるの糸でもいい。そういうものが必要なはずだ。


「赤井さん。このあとご予定は?」

「帰るだけです」

「それじゃあ、昼飯がてら花見でもどうですか。もう終わりかけだが、せっかくだから」

「いいですね。そんなひまもなかった」


 気を取り直した忍野さんに誘われて、赤猫が私に視線をよこす。ちょっと首をかしげて私の意見を確認しているようだった。


「岩亀さんが大丈夫なら」


 私は、打ち上げみたいなものかな、と思いながら運転手に振った。そもそもこの顔ぶれなら、私はおまけみたいなものだ。


「もちろん。そのくらいの息抜きは必要だからね」

「じゃあ、昼飯調達して公園で合流しましょう」


 土田さんがスマホの画面をパッとこちらに向ける。地図が表示されていた。


「その機敏さを仕事に活かしてほしいねぇ」

「へへへ」


 忍野さんの小言に土田さんがへらへらする。なんとも平和な光景だ。

 それぞれ車に向かって歩き出しながら、岩亀さんが私を振り返った。


「美沙緒ちゃん、なに食べたい?」

「……パフェですかね」

「コンビニにあるかな」


 今なら全部食べられそうな気がする、と思いながら無茶振りすると、岩亀さんがちょっと困った顔をした。と、赤猫が助け舟を出す。


「デザートを組み合わせればいいんじゃないか」

「なるほど」


 私と岩亀さんの声が重なる。その手があったか。


 四月上旬、今日は風も陽射しもあたたかい。ふわりと吹いた風に乗って白い花片が舞う。何気なく手を差し出すと、花びらが一片、手のひらに舞い込んだ。

 舞い散る桜の花びらをつかまえると、願いが叶うとか、幸せになれるとか、そんなジンクスを思い出した。


「ミケ子」


 足をとめた私に赤猫が呼びかける。

 私は駆け寄って、手のひらにのせた花びらを見せた。


「つかまえました」

「ああ。いいことあるみたいな、そういうジンクスがあったよね」


 岩亀さんが花弁をのぞき込んで言うと、今度は赤猫が「なるほど」とつぶやいた。

 赤猫が私の頭に手をのばして、ひょいとなにかをつまみあげる。桜の花びらだ。知らないうちに髪についていたらしい。


「これで俺はツイてると」

「えー。それはズルじゃないすか、先輩」

「じゃあこれ、岩亀さんにあげましょうか」

「えっ、いいよ。そんな。美沙緒ちゃんが幸せなら俺も幸せだよ。いや、あっ、変な意味じゃなくて」


 手にのせた花弁を差し出すと、岩亀さんが遠慮して焦り出す。おろおろした岩亀さんを見るのはちょっと久しぶりだった。ああ、日常に戻ったんだ、と感じて、口もとが自然とほころんだ。


「いいんです。私はもう、いいことあったから」


 私は背筋をのばして岩亀さんと、それから赤猫を見上げた。

 そう、いいことならもうあった。冷たい雨の日に差しのべられた手は、きっと一生で一番の幸運だ。


「いいことは何度あってもいい」


 言いながら、赤猫は指先でつまんだ花びらを私の手のひらに放り込んだ。



 ひとつの事件が終わって、でも、探偵と助手の物語はこれからはじまる。いいことがたくさんあるといいけど、恐らくそうも行かないだろう。


 これから助手の私がじるのは、探偵赤猫の「事件簿」なのだから。



〈完〉

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探偵赤猫 ストレイキャット・ブルース 霧嶌十四郎 @kirishima14

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