34 最強

 ピピッと非常音が鳴った。大きな音ではなかったが、事務室に緊張が走る。

「成瀬リーダーの言ったとおりです」福井がヴァーチャル・モニターを見て言った。「スペース・シップの出現ですよ。シップコードの解析には、まだ時間がかかります。あっ!」


非常音がピピッピピッという連続音に変わった。

「何か空間転送しています! 場所は警視庁前! カプセル状の物が次々と!」

「そうきたか。あの大きさから見て、おそらく戦闘用に特化した小型バイオビーストだ」

 成瀬は素早く指示を出す。

「本城さん、警視庁へ行って対応してくれ。俺は総理の警護に当たる。福井さん、至急、ミニドローンと小型クラウドゲート・ミサイルの準備をしてくれ」


 すぐさま、ひかるがまた成瀬に抱きついてきた。

「どうかご無事で・・・待ってます」

「うん、行ってきます」

 成瀬と本城は、それぞれの場所へ空間転送された。



 総理は防衛省付近を車で進行中だったので、あらかじめ同乗のSPと連絡を取れる態勢を取っていた成瀬は、ただちに防衛省に避難するよう指示し、自分も防衛省前に陣取った。


 ここには、まだ小型バイオビーストが送られていない。警視庁前の本城の援護に向かいたいところだが、そうもいかない。こちらが戦場になるのも、時間の問題だからだ。

(♯本城さん、そっちは大丈夫か?)

 成瀬が『超通信』で語りかけると、

(♯大丈夫です)

とだけ、短い返事が返ってきた。



 その頃本城は、カプセルから出てくる小型バイオビーストを、片っ端からレーザーバレットで撃ち倒していた。小型バイオビーストは虎のようなフォルムだが、表面は毛がなく硬質だった。


 しかし、次から次へと空間転送されるバイオビーストに、本城が手を焼き始めた頃、警視庁からも銃を持った刑事が駆けつけ、応戦し出した。ただ、ピストルの威力では一発では倒せず、すぐに銃弾が尽きてしまう。SAT(警視庁特殊部隊)の出動命令が下されるには、まだ時間がかかりそうだが、おそらく出動したところで同じことだ。


 その時、本城のかたわらをミニドローンが通過し、小型バイオビーストに向かってロックオン・マークを打ち込んだ。

 すると間髪おかずに小型クラウドゲート・ミサイルが亜空間から現れ、バイオビーストに命中、『クラウド』に送り込んだ。ミニドローンは次々に現れ、同様にバイオビーストを次々と『クラウド』に送り込んだ。


(♯福井さん、グッジョブ)

(♯どういたしまして)

 『超通信』での短いやりとりの後、本城は再び小型バイオビーストを殲滅すべく動き回った。


 そのとき、母親と男の子が本城の視界に入ってきた。戦場と化した大通りに呆然として座り込んでいる。そこへ一体の小型バイオビーストが、二人に襲いかかろうとしていた。

 それを間一髪レーザーバレットで撃ち仕留めると、本城はその親子のそばへ駆け寄り、

「私が援護しますから、建物の中へ避難してください。少年、立てる?」

男の子は、頷いた。

「お母さんと一緒に、建物の中へ走って。いい?」


 本城は、走る親子の後方を援護しながら、向かってくるバイオビーストの群れを連射で仕留めた。そして親子が無事に建物の中へ入るのを見届けると、今度は刑事達を援護するために走り去った。

 男の子はポツリと呟いた。

「お姉さん、かっこいい」



 成瀬のところにも、小型バイオビーストが空間転送され始めた。成瀬は防衛省前に陣取り、レーザーバレットで迎撃する。だが、分が悪いことに変わりはない。

 敵スペース・シップからミサイルが撃ち込まれたら、一巻の終わりだ。そうならないためには・・・。


 来た。我々のスペース・シップが上空にやって来た。ステルスシステムで見えないが、これで空中戦は五分と五分だ。敵スペース・シップが防衛省にミサイルを発射したら、我々のスペース・シップも敵を攻撃するからだ。そうなれば、お互い無傷ではいられない。頼むぞ、福井さん。


(♯成瀬リーダー)

 福井が『超通信』で連絡してきた。

(♯敵のシップコードが割れました。XX星系の第三王子のスペース・シップです)


 考えられるほぼ最悪のシナリオだった。やはり横山の兄だったか。おそらく第三王子はA国と結託しているが、この侵略行為に関しては、王子の暴走だろう。A国が世界を敵に回して侵略戦争を仕掛けてくるとは、考えにくい。


 この戦闘にどう決着をつけるべきか。戦いながら考えていると、五十メートル程離れたところに、敵スペース・シップから何かが空間転送されてきた。それが完全に実体化したとき、成瀬はあっけにとられてしまった。


 第三王子だった。多分。全身にアイアンマンのような金属の鎧を纏い、手には手動ミサイル・ランチャーを持っている。


 おいおい、それは反則だぜ。おそらくスペース・シップのエネルギーで『シールド』を張っているはずだが、物理的な鎧まで身に纏う念の入れよう。これではレーザーバレットも小型クラウドゲート・ミサイルも役に立たない。加えて、武器は手動ミサイルときたもんだ。どうせいっちゅうねん。


「あんたは勘違いしている」

 成瀬は、レーザーバレット銃を相手に向けて構えたまま言った。

「あんたが付き合っている国は、こんなことを望んじゃいない。むしろ困っているぞ。世界中を敵に回すことになるんだからな。嘘だと思ったら、確認してみるといい」


 日本語がわからずとも、瞬時にAIが翻訳しているはずだ。成瀬が反応を待っていると、相手は無視するかのようにミサイルランチャーを構えた。成瀬は舌打ちすると、攻撃のために『シールド』を解除する一瞬を狙って、レーザーバレットを放った。


 だが、レーザーバレットは相手の『シールド』に跳ね返されてしまった。フェイントをかけられたのだ。すかさず相手がミサイルを撃つ。


 スペース・シップのエネルギーで『シールド』を張るには、防衛省の建物は大きすぎる。もはや成瀬にやれることは一つしかなかった。


 成瀬は、超能力で防衛省との中間地点にピンポイントで『シールド』を張り、ミサイルをそこへ強引に引っ張ってきて着弾させ、その瞬間に爆発したミサイルを『シールド』で包み込んで、爆発の威力を封じ込めた。


 それ自体は、これ以上ないくらいうまくいった。しかし、ミサイルの爆発の衝撃で『シールド』が壊れてしまった。それはすなわち、成瀬自身に深いダメージを刻み、超能力が枯渇してしまったことを意味する。


「言ったことがわからないのか?」成瀬は、表面上は平静に訴えた。「あんたの星系でも、他星系での侵略行為は問題視されるぞ。すぐに手を引け」


 だが、相手はまたも無視してランチャーにミサイルをセットする。次撃たれたら、もう防ぐ手立てはない。しかも、ヤツが今度狙っているのは防衛省ではない。ミサイルランチャーはまっすぐ成瀬の方を向いていた。まず、成瀬を殺さなければならないと悟ったのだろう。


 オレ、もうムリだから。お願いだから、防衛省を狙ってくんない?

 なんて言っても、無視されるんだろうな。追尾ミサイルだから、逃げても無駄だ。詰んだな・・・。


 成瀬の頭の中に走馬灯のように去来するのは、ひかるに会ってから後のことばかりだった。今まで生きてきた中で、彼女ほど愛おしいと思った人はいなかったからな・・・。

 思えば短い付き合いだったな。約束を守れずに、すまない。さよなら・・・。


 そしてついに、絶命に至るミサイルは発射された。



 前方に、何かが現れた。すると、向かってきたミサイルが闇に飲み込まれた。


 信じられない。このタイミングで現れたのは、アンドロイドのレンだった。レンが、ミサイルを『クラウド』に送り込んだのだ。


 横山だ! 彼はまだ姿を隠しているが、レンを使って成瀬を助けたのだ。敵に回るかと思われた横山が、まさか助けてくれるとは。


 レンだけではない。次に現れたのは、本城だった。

(♯遅くなってすみません)

本城は『超通信』で成瀬に言うと、敵に向かってレーザーバレット銃を構えて叫んだ。

「お前のやっていることは、星系連合法第三十七条に違反している。星系連合捜査局にも通報済みだ。ただちに違反行為を止めて撤退しろ。さもなくば」

 続いて多数のミニドローンが、空間転送で周囲に現れた。

「我ら、宇宙最強の部隊『グレイトヒーローズ』が相手をする!」


 えええええ~~!?

 ハッタリを吹っかけちゃったよ。本城さん、それはちょっとやり過ぎじゃあ・・・。


 次の瞬間、ミニドローンの群れが、敵に向かって一斉にロックオン・マークを打ち込み、敵前面の『シールド』は、あっという間にロックオン・マークでいっぱいになった。

 こうなると、次にやることはただ一つ。多数の小型クラウドゲート・ミサイルを次々に撃ち込むことだ。


「待て」

 成瀬がミサイル発射の停止命令を発した瞬間、敵は空間転送して消えた。敵スペース・シップに戻ったのだ。


 これでスペース・シップ対スペース・シップの戦いに戦場が変わった、と思った途端、福井から『超通信』で連絡が入った。


(♯敵スペース・シップが、成層圏の外へ退却して行きます)

 何だって?・・・じゃあ、俺たちは勝ったのか? 勝ったんだよな?


 そう、これが『グレイトヒーローズ』の戦闘における初戦であり、初勝利だった。


 本城が成瀬に歩み寄って言った。

「お疲れさまでした」

 成瀬は、本城と堅い握手を交わした。


「横山」成瀬は、どこにともなく言った。「君は兄さんが嫌いだったのか? いずれにせよ、ありがとうな。おかげで命拾いしたよ」

 防衛省の玄関から横山が現れ、無表情のまま、手を上げて合図した。するとレンは、球形の青い異空間に消えた。



 空間転送で成瀬と本城が事務室に戻ると、恒例のひかるのハグが成瀬を待っていた。

「ただいま」

「お帰りなさい!」

成瀬の故郷には、こういう挨拶はない。心のこもった挨拶だな、と成瀬はつくづく思った。


 スペース・シップを格納して、福井が空間転送で事務室に戻ってきた。本城と福井が、互いに右手の肘を会わせて健闘をたたえ合う。

「福井さん、よくやってくれた」

 成瀬が礼を言うと、福井は、

「いやいや、焦りましたよ。まさか王子が降りてくるとは思わなかったもので、戦闘地域も二つに分かれていたし、とっさの判断ができずに手動ミサイルを撃たせてしまいました。どうもすみません」

「ああ、あの場面では横山に助けられたよ。その後すぐに、本城さんと福井さんのミニドローンが来てくれて、心強かった。でも」

成瀬は苦笑いして言った。

「本城さんのハッタリにはびっくりさせられたよ」

「えっ、何がですか?」

 本城はキョトンとしていた。


「何がって、『宇宙最強の部隊グレイトヒーローズ』ってやつだよ。でも結局、あれで敵が退却したんだから、ハッタリが効いたのかな」

「えっ、どこがハッタリなんですか? 本当のことじゃないですか。宇宙最強のエスパーの成瀬リーダーが率いる部隊なんですから」

「えっ?」

 思わぬ言葉に、成瀬の頭は混乱した。


「知らないんですか? 成瀬リーダーは、歴史カリキュラムにも必ず出てくる偉人なんですよ? ミサイルを超能力で退けることができるエスパーなんて、宇宙中探してもほかにいません」

「・・・そうなの?」

 成瀬が福井に尋ねると、福井も頷いて言った。

「それで私も志願してきたんです。伝説の人物の指導を受けたくて」


 そういえば、地球派遣が決まる前に、成瀬は故郷の星系でいくつかの紛争を収めていた。おそらくそのことが評価されていたのであろうが、まさかそんなに英雄扱いされていたとは。



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